第4話 一つ目のセカイ

 四つ目のセカイを離れる時、カーマは必ず笑顔をくれる。初めは、その意味がわからなかった。

 

 異端を探しても、保護すら出来ない。仮に保護が出来ても仲間を失う。何度も失敗を繰り返し、何度も考える。どうすれば上手く行くのか?


 でも、アレを出し抜く事は容易ではない。

 

 あの時、私達がアレを足止めしていたら、状況は違っていた。クロア様なら、もっと上手くやれる。今頃は再びアレに立ち向かえる戦力を、整えられた。


 カーマは心を持っていたから、クロア様の思いを理解していた。カーマは優秀だから、クロア様の代わりに私達を指揮した。


 私は違う。二対で生まれても、片割れは心の無い兵器、アレを滅ぼす為に生み出された怪物。カーマが見ているのは、鏡映しの自分であって私じゃない。


 でも、それは間違いだった。あの子達から、私にも心が有る事を教えられた。今なら少しはわかる。

 私はあの子達と離れ難く、失いたくないと思っている。同じ様にクロア様は、機会より私達を優先して下さった。


 カーマの笑顔も同じ。憂色を含みながらも、心を殺し私の背を押そうとする。

 仲間を失う辛さを飲み込み、多くの責任を背負い、戦場に赴く私を案じる。

 カーマはずっと、笑顔を通じて教えてくれた。だから、今回はカーマに笑顔で応えた。上手く出来たかな?


 私は人知れずセカイに降り立つ。見通しの良い平原には、心地良い風が吹く。暖かな日差しが作り物の体を温め、鼻孔をくすぐる花の香りが私の心を穏やかにする。


 平原の先には、疎らに立つ建物が見える。私達が暮らした僻地と違い、この辺りには街道が有る。少し歩けば、人の行き交いも見えてくる。流石に都市機能が集中する場所だけあって、こんな端でも人は多い。


 歩みを進めると、少しずつ建物が増えていく。住宅が並び、店が増えていく。人々は活気に溢れ、中心に向かうにつれて賑わいが増す。


 もしカナが見たら『すっご〜い! ねぇミサ、凄いね! 村とは違うね!』なんて言うかも知れない。


 木組みの家々、石造りの道、整っているのは景観を意識した訳じゃない。それしか、許されてないから。

 私は、この風景を懐かしいと感じない。この街は三百年も同じまま。他の街も同じ。ここで生活する人達は、それが当然だと思ってる。


 ここがこんな風景になる前は、全く違う街だった。文化や生活様式も違った。

 天まで届く様な高い建物が立ち並び、人間は疲れた顔をして忙しそうにしてた。その前は、建物が空に有り、人間は空を飛んで移動してた。


 何も知らなければ、生きている間だけは幸せでいられる。


 私があの子達と僻地で暮らしていたのは、何もアレに気付かれない様にする為だけじゃない。

 いつだってアレは、気まぐれに創り変える。飽きれば壊すを繰り返す。どんな建物も文化でさえも、ここには人が望んで創った物は何もない。

 だから私はこの風景が嫌い。私はこれを、カナとミサには見せたくなかった。しかし私は、旅立たせてしまった。 


 いずれあの子達は、この忌々しい風景を知るでしょう。今は、あの子達に頼るしかないのだから。

 何よりも歯痒く、また腹立たしいけれど。


「愚痴ってても仕方ないし。さて、行きますか」 


 ☆ ☆ ☆


 ねぇエレクラ。あなたと離れる度に、私は昔を思い出す。


 知らなきゃいけない。知ってからじゃ遅い。死ぬ間際に理解して、後悔した所で何も出来ない。何も変えられない。しかし、本当にそれでいいのか? 私は疑問に感じていた。


 物言わぬ機械に、お前は不幸だと告げても意味がない。それはクロア様に作られた、人形である私達も同じ。


 しかしクロア様は、『カーマ、君には心が有る。他の子達もだよ。その証拠に、君は疑問を持った』と仰った。

 そしてこうも仰った、『心を持つのは、俺だけじゃない。人間は皆、心を持ってセカイから産まれた』と。


「俺はね。友人が欲しかったんだよ。勝手だよな、ごめんな。でも君達が良ければ、俺と友達になってくれないか?」


 クロア様は、このセカイでたった一人、アレに支配されない。忌避されるならまだ良い。存在を認識されないのは、孤独以外の何物でもない。

 だから私達は、クロア様と共にあろうとした。クロア様は事ある毎に『人が可哀想だ』と仰った。


「本当はね。皆にも自由であって欲しいんだ。認め合う、いがみ合う、競い合う、そんな事を自らの意思で行って欲しい。それは、願ったら駄目なのかな?」


 アレの支配下に無い私達は、自ら望んで判断をする。同じセカイから産まれたにも関わらず、他の人間はそれを許されない。クロア様はそれを憂いた。

 しかし、アレはその願いを拒んだ。対話を求めたクロア様の消滅を望んだ。それもアレ自らではなく、同じ人間の手で成そうとした。


 クロア様は、一度足りとも私達に戦いを強要しなかった。一人で全てを抱えて、終わらせようとした。

 そして私達は、何も出来なかった! アレは強大で、私達では太刀打ち出来なかった! 友人だと仰って下さったのに!

 滅びの瞬間に、魂の欠片を回収出来たのは、奇跡としか言いようがない。


「カーマ。俺はこれから、セカイを四つに分ける。君達は、その一つへ逃げるんだ。そして、俺と同じ境遇の者を、救ってあげて欲しい。最後まで勝手でごめんな」


 ねぇエレクラ。いずれ、セカイを分けた力の残渣は消える。その時が本当の最後、私達ではアレには抗えない。

 悲しいけど、悔しいけど、私達は縋るしかない。エレクラ、カナ、ミサ、あなた達にだけ辛い思いをさせる。


 ごめんなさい。


 ☆ ☆ ☆


 街の中心まで来ると、更に人が多くなる。話し声や乗り物の音が、風の音を消していく。この街に、どの位の人が暮しているんだろう。

 

 立ち並ぶ建物には、慌しく人が出入りを繰り返す。広場には、緑が鮮やかな木々や、色とりどりの花が咲く。母娘の笑顔で花々が映える。据え付けられた椅子に、年老いた人達が座り、談笑をしている。


 色んな事に目を潰れば、決して悪くない光景で、返って寂しくなる。


「あ〜全くね。早く手続きをしよ」


 時々、カナの呑気な感じが、羨ましくなる。あの子の笑顔は、嫌な事を忘れさせてくれる。

 ただ、あのクリっとした目で見つめられると、つい甘やかしたくなる。仕方ない、あんなに可愛いだし。でも甘やかせない。同じ顔のミサが、駄目だと目で訴えて来るから。

 

 あの子達の事を想像するだけで、ムカムカしたのが晴れてくる。不思議ね。


「お嬢さん、どうしたかな?」

「へっ? い、いえ。私、この街に来たばかりで、少し迷っちゃって」

「そうか。手続きって聞こえてきたよ。役所を探してるのかな?」

「はい、そうです」

「それなら、広場沿いに有る。右側に向かって歩くと良いよ」

「ありがとうございます」

「いいよ。好きでやってるからね」


 あの子達の事を考えて、少しぼうっとしてたから、唐突に話しかけられて驚いた。そろそろ私も慣れなきゃね。とっくに納得してる筈なんだし。


 道を教えてくれた人は、とても良い人なんでしょうね。アレの支配から解き放たれても、変わらずに良い人で在り続けるんでしょう。


 だから悲しくなる、救われて欲しいと願う。


 私は教えて貰った通りに歩き、役所へ向かった。窓口には何人か並んでいて、受け付けまで少し時間がかかった。


「移転の届けですね」

「はい」

「書類を確認致しますので、椅子にかけてお待ち下さい」


 街に入るだけなら簡単で、一時的な滞在や買い物も問題なく出来る。しかし、住むとなれば話は別で、住民になる届けが必要になる。


 辺境なら兎も角、街には多くの人が集まるから、管理の上で登録をしなければならない。

 言い換えるなら、アレの管理下で有る事を証明しなければ、一つ目のセカイでは暮らせない。


 元々、一つ目のセカイで産まれていない私は、どの国にも登録が無い。だから、カーマに書類を作って貰った。

 かけた魔法は、虚構と擬態。これで私は、他の国から移り住む予定の人になる。

 役所の人が書類を受け取ると、偽の元住所に私の存在が遡及して登録される。


「シルビアさん? 移転届けでお待ちの、シルビアさん?」

「はい」

「確認出来ましたので、証明書を発行します。尚、証明書は大切に保管して下さい。住居の購入や金銭の借り入れ等、各種契約の際には必ず必要になります。再発行には時間がかかりますので、お気をつけ下さい」

「はい。ありがとうございます」

「次にお待ちの方どうぞ」


 証明書を受け取った私は、直ぐに役所を後にする。そして、人影が少ない場所へ移動する。

 もし、魔法が発動しなかった場合、私を殺しに何かが現れる。五分、十分と時間は過ぎる。引き続き、街から外れた平原移動し、私は時間が過ぎるのを待った。


 恐らく大丈夫。アレが敢えて見逃す可能性も否めないが、一応は書類上で管理下に入った。

 ここからが本当の始まり。あの子達を必ず守る為に、私は一歩を踏み出す。

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