第3話 帰還
ある時、セカイが作られた。セカイには、色々なものが増えた。海が生まれ、そこには生命が生まれた。大地が誕生し、そこには海から生命が移った。大地には森が、そこには動物が生まれた。
時に淘汰され、時に混ざり合い、生命は進化する。多様化する中で、知性の高い物が生まれる。
様々な生物の中で、人間は一際知能が高く、集団で暮らし、社会を作り上げた。文化を生み出した。
偶発的な、極めて確率の低い『進化』で有ったなら、セカイは幸せだったのかもしれない。
生命は自ら判断をしない。意思を持ちながらも、選択はしない。生命とは、一つの存在を楽しませるだけに、作られた玩具なのだから。
故にセカイは願う、悲しい友を救って欲しいと。そして異端は産まれる、セカイの願いを叶える為に。
☆ ☆ ☆
「カーマ」
呼びかけられ振り向くと、彼女は昔と変わらぬ姿でそこに居た。彼女は真っ先に祭壇へ向かうと、膝を突き瞳を閉じる。祭壇は彼女の祈りに応え、淡く優しい光を放つ。
我が主クロア様が、彼女を祝福している。エレクラ、あなたは我々の誇りだ。一つの役目を果たし、帰還も果たした。それは、多くの同胞が成し得なかった偉業だ。
私は少しばかりの羨望と、それ以上の大きな喜びを感じ、笑顔になっていた。そして、立ち上がった彼女に声をかける。
「おかえりなさい、エレクラ」
「ただいま」
たった十年程だけど、カーマの柔らかな笑顔が、とても懐かしく感じる。それだけ、あの子達との生活が濃厚な時間だったのかもね。
今はその笑顔に救われる、一時でもあの子達と別れるのは、思った以上に辛いから。
カーマが指を弾くと、テーブルと椅子が現れる。さも当然の様に行うが、私達の中でこんな事が出来るのはカーマだけ。
もう一度指を弾くと、お茶が注がれたカップが現れる。ゆっくりしていけって事ね。あの子達は旅立ったばかりだし、少し位は良いかもね。
「無事で良かった」
「ありがとうカーマ。それに、幻影と創造の魔法は、とても助かったわ」
「良かった」
エレクラは、元気そうに努めていても、憂いを帯びた様な表情は隠せない。あの子達との別れは辛かったろう。
あの幸せな光景を、私は見ていた。だからわかる。あの光景こそが、クロア様と我々が夢に見た在り方だ。
「カナの料理は、美味しそうだったわね」
「美味しいわよ。あなたも食べる時が来ると良いわね」
「そうね、楽しみにしてる」
「ミサは器用ね」
「あなたが書いた本のおかげよ」
「盾になるから?」
「あのねぇ。あの子達は、そんな事をしないわ」
「わかってるわよ。あぁ、私もあの子達を抱き締めたいわ」
「とっても良い香りがするのよ」
「へぇ〜、どんな?」
「幸せの香り」
「エレクラ。あなたが羨ましい」
「いつか来るわよ。いや、その日は絶対に来る」
ここまでは上手く行った。私はカナとミサに出会い、幸せな時間を過ごす事が出来た。このまま順調に行く事を願っている。しかし問題は山積みだ。恐らく一番の問題は、あのセカイで暮らす中で、ずっと感じていた違和感だ。
恐らくアレは、あの子達の存在を認識している。
もしカナとミサが、強い力を持って産まれていたら、間違いなく私達の力だけでは、守り切れなかった。
何も持たずに産まれたから、アレはあの子達を見過ごした。
「アレは?」
「何も。ただ傍観しているわ」
「もう、私達は脅威では無いと? 流石は神ね」
「アレを神だなんて呼ばないで! 命を弄ぶ存在が神であっていい筈が無い!」
「向こうに行くと実感するの。私達は、駒でしか無いって事にね」
「わかっていたつもりだけど、腹立たしいわね」
かつて私達は敗北した。数万を超える同胞が、百に満たない数となった。クロア様をして、アレには敵わなかった。
死に瀕したクロア様は、セカイを四つに割り、その一つに我々を逃して鍵をかけた。
ここは四つ目のセカイ。ここには、クロア様の欠片を安置する祭壇以外は何も無い。私達は千年の間、ここで他の三つを見続けてきた。
そして新たな異端の誕生と、クロア様が力を取り戻すのを待った。
この千年で、幾度も異端は産まれた。そして尽く、アレの手で消された。私達も多くの同胞を失った。
どんな力を持っても、アレには敵わない。だからセカイは、力を持った存在を欲した。しかし、クロア様よりも強い力を持つ存在を、アレは許さない。
これでは、同じ事を繰り返すだけ。故に私達はセカイへ願った。力を持たない異端を産み出して欲しいと。それは賭けだった。
クロア様は、未だ力を取り戻していない。それでは、戦いにすらならない。そして永遠は無い。最早、数える程しか同胞は居ない。
例え異端が産まれても、導く者が居なければ、決してアレに勝てない。
だから、少しばかりのさざ波でいい。それがきっかけとなり歪みが出来る、人形達に変化を齎す、アレの足を掬う鍵となる。それを確実にする為にエレクラは危険を冒して、一つ目のセカイに多くのきっかけを残して来た。
「それにしても、カナは予想外の成長をしたわね」
「カナは本質を理解してる。だから、独自の方法で魔法を行使するの」
「あのセカイには、あの程度なら使えるのが居るしね」
「アレも影響が無いと、高を括ってるはずよ」
「それに比べて、ミサは少し危険ね」
「アレに気付かれたかもって、かなり焦ったわよ」
「見てたわよ、大変だったわね」
「ミサは、以前の異端に近いと思う。だから、少し力を封じさせて貰ったわ。今のミサに出来るのは、身体能力を向上させる事だけよ」
「そう。可哀想だけど、正しい判断ね」
「今の所、あなたの策は上手く行ってる。アレがちょっかいかけてくるのは、事態が動き出してからね」
「私がもっと上手く出来ていたら」
「カーマ。あなたは充分頑張ってる。ここからは任せて」
「頼りにしてる、エレクラ」
今までも、これからも、私達は大手を振ってあのセカイを歩く事は出来ない。もしアレが私達を目障りだと感じたら、真っ先に消しにかかるはず。
私達は未だアレの遊戯の中、抜け出すには未だ力が足りない。全てを操る者に対抗するには、理から外れた力と策が必要だから。
カナとミサだけでは無い。カーマの存在もアレへの対抗手段の一つだ。仲間が倒れていく中、涙を堪え、唇を噛み締め、アレの力さえも模倣して、カーマは対抗手段を模索してきた。
少なくとも村を造った力は、カーマが考案した魔法の一端でしかない。それだけカーマの魔法は優秀だ。
「所でエレクラ、これからどうするつもり?」
「カナとミサが向かった国へ行くわ。私は内部から崩す」
「派手な事をして、目を付けられ無い様にね」
「わかってる。それに私とあの子達には、あなたの魔法が有る」
「それでも、過信したら駄目よ」
「えぇ。慎重に、その上でアレの思惑を上回る」
「ケイロンもだけど、あなたも無茶をするわね」
「カーマの執念に比べたら、可愛いもんでしょ?」
エレクラは執念と言うけれど、そんな大仰ではない。誰でもない、私はエレクラを失いたくない。
私とエレクラは二対で作られた存在。そういう意味では、あの子達と似てるかもしれない。
「さて、そろそろ行こうかしら」
「もう?」
「あの子達が到着する前に、下準備をしないとね」
「エレクラ。予言してあげる」
「突然なに?」
「あの子達が国に入るまで、かなり時間がかかるわよ」
「ふふ、確かにね」
エレクラは、微笑むと一つ目のセカイへ向かった。この先は見守るしかない。だから無事を祈ろう。
クロア様、セカイよ、我が分身をお守り下さい。
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