第2話 旅立とうか
夕食の後、ばあちゃんがお部屋に籠っちゃったので、私達もお部屋に戻りました。支度もしなきゃだし、お風呂はその後でいいかな。
「支度って言ってもね」
「ん?」
「何を持ってけば良いのかな?」
「おパン。それとおパン」
「何枚も必要? 魔法で洗えちゃうし、乾かせちゃうよ」
「下着は重要」
「後はなに?」
「着替え」
「どの位?」
「いっぱい」
「ひゃ〜! って、いっか。ぎうってすればいいし」
「圧縮」
「そう、必殺の圧縮!」
「カナ。下着を殺しちゃ駄目」
「アハハ、しないよ〜」
ミサが少し元気が無い様に見えるけど、寂しいのかな? 私も寂しいもん。だってばあちゃんは、ずっと一緒に居てくれたんだもん。
朝から晩まで畑仕事をしてるみたいで、私達はお父さんとお母さんの記憶が無いの。その代わり、ばあちゃんが私達を育ててくれたの。
お漏らしした時は、すっごく叱られたの。いたずらすると、すっごく叱られたの。お勉強をサボると、すっごく叱られたの。
あれ? 私って叱られてばっか?
「大丈夫。ちゃんと褒められてる」
「そう……。そうだね!」
魔法が上手く出来た時は、頭を撫でてくれたよ。初めて料理をした時も、頭を撫でてくれたよ。少しずつ家事が出来る様になって、魔法も上手くなって、それは全部ばあちゃんが褒めてくれたからなんだよ。
ミサはあんまり魔法が上手くならなかったけど、代わりに包丁の達人になったよ。色々と粉々に出来るんだよ。包丁の基本は、ばあちゃんに教えて貰ったの。ミサは凄く頑張って偉いけど、ばあちゃんも凄いの。
ずっと一緒に居たいけど、そういう訳には行かないんだって。ばあちゃんにも、やる事があるんだって。だから、私達は旅に出なきゃ行けないの。
ばあちゃんは、私達を心配してくれてる。同じくらい私達も、ばあちゃんが心配だよ。
お互いに離れたくないと思ってる。でもね、決意したんだ。泣いちゃいそうだけど、頑張るってミサと決めたんだ。
「カナ……」
「大丈夫。ありがとう、ミサ」
「ん。それより、袋出して」
「そりゃいけねぇ! アタイの最高傑作がご登場ってねぇ!」
「カナ。うるさい」
「ばあちゃん秘伝の凄い袋! その二十!」
「二十? 改良した?」
「そうなの。軽くなったし、容量が増えたよ!」
「どの位?」
「お家が一軒、すっぽり入っちゃう!」
「おぉ!」
見るが良い! これは、ただの袋じゃ無いの。二つのベルトがついてるから、手で持たずに背負えるの。荷物を入れて長く歩くには、丁度良いの。
「人はそれを、リュックと呼ぶ。カーマの錬金書より」
「うわぁ〜、それは私が言いたかった!」
「それより、他の改良は?」
「声に反応して、取り出せる様にしたよ」
「流石カナ?」
「うん。ん? 何か馬鹿にされた?」
「してない」
「所で、おやつはどうする?」
「カナのポッケは、魔法のポッケ」
「そうそう。叩くとおやつが増えるの!」
「増えてない、砕けただけ」
「おぅ、叩くの禁止だね」
「うん。無難」
「って違うよ! 荷物を詰めようよ!」
「ふいふい」
「ふいふい?」
「はいを二回言うと、呪われる」
「そうなの?」
「嘘」
「もう!」
準備が直前になったのは、お別れが近付いてるみたいで、嫌だったからなの。
ミサと話しをしてると、少しは忘れるよ。でも、実感しちゃうんだ。ばあちゃんとの生活は、もう終わりなんだってね。いくら決意しても、こればっかりはどうしようもないよね。
「ミサ、ちゃんと包丁持った?」
「明日使う、台所に有る」
「そうだね。明日は忘れないでね」
「うん。包丁は料理人の命」
「そこにある、大っきめのは?」
「これは採取用。草でも木でもバッサリ」
「凄いね」
「盗賊もバッサリ!」
「おぉ、物騒だね」
「カナのアホ毛もバッサリ」
「それはだめぇ〜、って良いか。ただの癖毛だし」
「カナのは?」
「特に無いよ」
「魔法のは?」
「ふふふ。私ほどになると、触媒なんて必要ないのさ!」
「カナは天才」
「えへへ、そうかな〜」
「さり気ない駄洒落も天才」
結局、ミサが言うのを詰めるだけ詰めて、お風呂に入って、くっついて寝ました。起きて朝食を作ったら、ばあちゃんを起こします。
知ってるんだよ、寝てる時ミサがちょっと泣いてたのを。それを見て、私も少し泣いちゃった。
朝ご飯は、いっぱい作らないとね。ばあちゃんは、すっごく食べるし。そんで、食材を眺めてると、またまたミサがやって来ます。
「うんうん、卵ね」
「朝はスクラン」
「とっておきのスクランさんを作るよ」
「ばあちゃんは、シルバーエッグの煮込みハンバーグライスに黒ワシの肉詰め寄せを添えて」
「長いね」
「お肉、盛り盛り」
「ばあちゃんは流石だね」
ばあちゃんの注文は、予想以上だったよ。作るのに一時間はかかるよ。頑張って作らないと、腹ぺこのばあちゃんに、おやつを全部食べられちゃう。私達が持って行くはずなのに。
「本気を見せるよ、ミサ!」
「うん。めった斬り」
ミサの包丁さばきは、とっても役に立つね。お肉が一瞬で挽き肉になるの。野菜も粉に。
「野菜は、っていいや。お肉に混ぜちゃお」
「もっといる?」
「じゅうぶんだよ。お肉にはスパイス混ぜてね」
「クサクサ草?」
「それと、トマトマ草にくしゃみ花!」
「わかった」
シルバーエッグのお肉は、形を整えてジュッ。その後、つくりのスープで煮るの。黒ワシのお肉は、赤と緑のピーさんに詰めてジュっ。
ばあちゃん直伝の、鍋だけ時間を進める魔法のおかげで、半分の時間で完成だよ! でもね、テーブルでは事件が起きてたの。おやつ入れが、空っぽになってたの。
「ばあちゃん……、おやつ全部食べちゃった?」
「ん? 何の事だい?」
「持って行こうと思ってたんだよ」
「カナ。私に任せる」
「何するの?」
「ばあちゃんのお腹をバッサリ!」
「するな!」
「そうだよ、痛いよ!」
「痛いどころで済むか!」
「そうだよ、おやつは我慢するよ」
「馬鹿だね。おやつなら、あんたのカバンに沢山入れといたよ」
「わ〜い、流石ばあちゃん!」
「私は知ってた」
「それなら、物騒な事を言うんじゃないよ!」
「ばあちゃん、それより食べよ」
「はぁ、仕方無いね」
やっぱりばあちゃんは、ばあちゃんなんです。いたずらをするけど、優しいんです。
私の作った料理を、美味しそうに食べてくれます。たまに私を見て、ニコッとしてくれます。でも、こんな時間も終わりだね。
いつまでも、ばあちゃんの顔を見ていたいよ。
ばあちゃんと離れたくないよ。
ばあちゃん、時間が来ちゃったよ。
「気をつけてお行き」
「うん、ばあちゃんも。元気にしててね」
「ばあちゃん。カナは私が守る」
「ミサ。あんたは良い子だ」
「ばあちゃん。行ってくるね」
「あぁ。大好きだよ、カナ」
「ばあちゃん……」
「ミサ、大好きだよ」
駄目だね。言いたい事は沢山有って、掛けてやりたい言葉は数え切れなくて、それでもいざとなったら、凡庸な事しか言えない、抱き締める事しか出来ない。
カナはいつも前向きだ、それにとても優しい。カナの料理が美味しいのは、私の事を気遣ってくれるからだ。
ミサは要領が良い。とても賢く、色々な事が見えている。だから、私の想いを理解している。
二人共、私には勿体無い子達だ。もっと一緒に居てやりたい。でも、それは叶わぬ夢だ。
だからせめて、愛しい娘達の幸せを願おう。
愛しい娘達よ。
その道に、先の未来に、幸せが訪れん事を。
運命の子よ、希望の光よ。
そのくびきから解き放たれん事を。
切に願う。
私の姿が見えなくなるまで、娘達は手を振る。段々と手が届かなくなる。
やがて、娘達が地と空の間に吸い込まれ、私の視界が滲む。あの温もりが残っている内に、私は魔法を使う。
娘達の為に作った景色を、一つ一つ消していく。思い出を胸に仕舞う様に、家々も畑も働く村人達も、幻影を全てを消していく。
最後に、一番思い出の詰まる我が家を消す、辺り一面が野原になる。そういえば最初はこんな光景だったね。
そして私は、もう一度だけ指を弾く。
一瞬の眩い光、それが消えると私は元の姿になる。娘達が知らない元の姿に。
「じゃあ、旅立とうかね」
私はセカイを後にする、成長した娘達と再び会う為に。
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