第52話 ターコイズの御守り

『王宮』


ーザワザワー


「避難場所はこの部屋と向かいの部屋になりまーす。まずはこちらでピンズの確認をさせてくださーい。ご案内しまーす」


 王宮に避難してきた住民を誘導する声が響く。想定した3日後が明日に迫るなか住民たちの避難が始まっていた。

 居住区を3つに分けて王宮・学校・図書館に避難場所を振り分け、ピンズで避難した住民を確認していく。


「おい、ベネットさんとこの爺さん見てないけど大丈夫か?」


「そういえば・・奥さん亡くなって独り身だし最近足が思うように動かないって言ってたのよ。大丈夫かしら?あなた様子を見てきてよ」


「そうだな。心配だし行ってくる」


 そんな夫婦の会話がゼノンにも聞こえてきた。


「失礼。ベネットさんというのは南門の手前の家のですか?」


「あぁゼノンさん。そうです。そのベネットさんです」


「確かにまだ確認できていないみたいだな。こちらで様子を見てきますので大丈夫ですよ」


「よかった。よろしくお願いします」


 ゼノンはその場を離れて王宮内の指揮を執るシルバの元に向かった。


「門番は平常より1人多く配置する。王宮内には決して踏み込ませないよう気を引き締めて頼む」


「ハッフルパフ公、ちょっといいですか?」


「なんだゼノン。何かあったか?」


「『狛犬』のカニスかキーオンを借りたいのですが大丈夫ですか?南門の近くのお爺さんが足が悪くてまだ避難できてないようで、今から様子を見てきます」


「それならカニスの方がいいな。背中に乗せても問題ないし、人間が好きな珍しいヤツだ」


「ではカニスをお借りします」


「わかった。カニス出てきてくれるか?」


「ガゥッ」


 灰色の体に紅色のたてがみをした聖獣『狛犬』が立っていた。大人2人が乗っても余裕があるくらいの大きさをしている。


「カニス、ゼノンに付いていってくれるか?」


「ガゥッ」


「よろしくな」


 シルバはカニスの頭を撫でるとゼノンにカニスを預けた。




『ベネット宅』


ーコンコンー


「ベネットさんいらっしゃいますか?騎士団団長のゼノン・ヴァンクドクレスです」


「・・・はいはい。今開けます」


ーガチャー


「騎士団の団長さんがわざわざどうしたんだい?」


「ベネットさんが避難してないと心配したご夫婦がいらしたので私が代わりにお伺いしました」


「それは悪いことをしたね。この通り足が悪くてね。王宮そちらに行っても迷惑かけるだろうからワシはここに残るよ」


「明日この辺りに危険が及ぶ可能性があります。避難はしていただきます。大丈夫です、迷惑と思っている者は誰もいません」


 暫く渋っていたベネットだったが、ゼノンが根気よく説得し王宮へ避難することになった。


カニスこの子に乗ってください。王宮まで乗せていってくれます」


 カニスはベネットの前に体を低くして伏せた。ゼノンの手を借りて背に乗ったベネットは、ゆっくり歩くカニスの背に揺られ王宮へと向かった。


「ベネットさん!よかった、無事だったんですね」


「こちらにどうぞ。出入り口の近くの方がいいですよね?私たちは隣りになりますから何かあったら遠慮なく言ってくださいね」


「悪いね。迷惑かけて申し訳ない」


「迷惑だなんてとんでもない!ベネットさんのおかげで俺は今の商売を続けられているんです」


「そうですよ。それに亡くなった奥さまにはよくしてもらいました。これくらいさせてください」


 その様子を少し離れて見ていたゼノンは安心してその場を離れた。



「ゼノン!」


「ん?」


 シルバのところに戻る途中、自分のことを呼ぶ聞き慣れた声にゼノンは振り返った。

 そこには妻のソフィアが少し息を切らして立っていた。


「これ持っていて」


「ソフィア。どうしたんだコレ」


「御守りみたいなもの。きっとあなたを守ってくれるわ」


「有り難くもらっておく。ソフィアも気をつけろよ」


 黒革の小さな巾着袋に入ったターコイズを首から下げて胸元にしまうと、ゼノンはソフィアをそっと抱き寄せて頭にキスをした。




「ハッフルパフ公、ありがとうございました。カニスをお返しします」


「大丈夫だったか?」


「はい。無事避難完了しました」


「そうか。カニスご苦労だったな」


「王宮への避難はほぼ終わりました。念のため出入り口には隊員を配置します」


「ああ、明日は俺も前線に立つ」


「久しぶりですね」


「足を引っ張らないようにしないとな」


 互いに顔を見合わせるとフッと笑い合った。

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