第21話 嫌な予感
遡ること数時間前
エリックの店を出た渡瀬は再び『ラプレーサス』に来ていた。
「すみません、杏奈さんはいらっしゃいますか?」
受付カウンターの職員に尋ねると今日は休みということだった。
「そうですか。ありがとうございます」
職員にお礼を言って『ラプレーサス』を出た渡瀬は市場に向かった。
「すみません、ちょっとお話よろしいですか?」
「なんだいお嬢さん」
「最近この辺りで変わったことや気になることはなかったですか?」
「変わったこと?特にないねぇ。何かあったのかい?」
「いえ、何もないのでしたら大丈夫です。ありがとうございました」
その後も何軒か話を聞いてみたが、答えは同じで変わりはないとのことだった。
「まだ動いていないだけなのか、警戒して様子を伺っているのか、なんとも言えないですね」
渡瀬は市場を離れ、南側の居住区に向かった。先ほどのエリックの店や花屋の裏路地にはたくさんの住宅が建ち並んでいる。その中には店舗兼住宅の建物や、少し奥に入ると所謂貴族と呼ばれる者たちの邸宅がある。
「確かここでしたね」
一軒の住宅の前で立ち止まり扉をノックした。
ーコン コンー
暫くすると中から声がして扉が開かれた。
「はーい、お待たせしました。どちら様?」
「こんにちは杏奈さん。お久しぶりです」
「渡瀬さん?わぁーお久しぶりです!『
杏奈は長い黒髪に紅色のメッシュが入っており、30代前半だが童顔のため20代に間違われることがしばしばある。身長も渡瀬より低く150㎝弱なのも要因だろう。
「はい、また暫くいますので顔出しますね」
「じゃあ今度ランチ一緒にしましょうよ」
「是非。杏奈さん、最近魔獣や裏の動向はどうですか?変わったことはないですか?」
「んー、特に『
「そうですか。ありがとうございます。もし何か異変があったら教えてください」
「了解。じゃあまたね」
杏奈の家を後にした渡瀬はその足で『ロンドデスモース魔獣学校』に向かった。
「いつ見ても立派な建物ですね」
学校の校舎を見上げて呟くと、正門の守衛室の前に立つ守衛に話しかけた。
「すみません、クレメンス・デ・フロート先生はいらっしゃいますか?渡瀬と伝えて頂ければ分かると思います」
「渡瀬様ですね。少々お待ちください。クロノス。」
守衛が呼ぶと烏が現れた。その烏は普通の烏に見えたが、よく見ると足が3本ある聖獣『八咫烏』のようだった。その八咫烏の足に紙を括り付けて「クレメンス先生に」と言うと八咫烏は勢いよく飛び立って行った。
「すぐにいらっしゃるかと思いますので、もう暫くお待ちください」
「ありがとうございます。今のは守衛さんの聖獣ですか?」
「はい。聖獣の八咫烏です。クロノスといいます。主に伝達や運搬などを任せています。とても頭が良いので助かります」
小包くらいなら1羽で運べるし、大きい荷物も2羽、3羽と増やせば運べるので任せているそうだ。また遠征に行った騎士団の隊士たちに薬や食糧など不足分を届けることもあり、何羽か契約していると教えてくれた。
「おっ戻って来たな。ありがとうクロノス」
クロノスが飛んできた方からクレメンスが歩いて来るのが見えた。碧色ショートの髪に長めの前髪を無造作に流したクレメンスは、180以上ある身長のわりに体は細くモデル並みの体型をしている。一見弱そうに見えるが、実はかなりの実力者でゼノンも認める逸材なのだ。
しかし本人はそんなことは興味がないらしく、ゼノンの勧誘を断りこの学校で教鞭を執っているのだ。ちなみに第2部隊隊長のキッドと同級生だとか。
「やぁ待たせたね繋さん」
「いえ、お忙しいところすみません。お久しぶりですクレメンスさん」
「久しぶりだね。とりあえず応接室に案内するね」
「はい。守衛さんありがとうございました」
守衛にお礼を言ってクレメンスの後を付いて行くと、立派なソファとテーブルのある部屋に着いた。
「どうぞ座ってください」
「失礼します」
フカフカなソファに腰をかけると向かいにクレメンスが座った。
「それで?僕に何か聞きたいことがあるのかな?」
「はい。4年前のアスマさんの件覚えていますか?」
渡瀬の言葉にクレメンスは一度目を伏せた後に答えた。
「もちろん忘れるわけがないよ。僕もゼノンと一緒に教えていたからね」
「そうでしたね。クレメンスさんはあれはただの事故だと思いますか?」
「ーーそれはどういう意味?」
クレメンスの表情が険しいものに変わり、室内の空気が一瞬にしてピリピリとしたものとなった。
「故意に起こされた可能性はないでしょうか」
「誰かが人為的に起こしたと言うのかい?」
「まだ確証はありません。ですが私はそう考えています」
「繋さんがそう考える理由は?」
「まだエリックさんにしか話していないので他言無用でお願いします」
「あぁあの子か。もちろん約束するよ」
「実は・・・」
ーーー
「長々とすみませんでした。よろしくお願いします」
「うん、こっちこそありがとう。気をつけてね」
クレメンスに見送られて渡瀬は学校を出た。
「長居しすぎましたね。終礼には間に合わないでしょうしゆっくり帰りましょうか」
ーヴッ ヴッー
のんびり歩く渡瀬の胸ポケットが震えた。内容を確認するため近くのベンチに座りタブレットを開いた。
「・・やはりそうですか」
タブレットをしまい再び歩き出す渡瀬。演習場に着くと既に終礼は終わったようだった。
「あら?あれは・・・」
渡瀬の視線の先には演習場の隅にある小屋に入って行く3人の姿。
「お邪魔しては悪いですし、外で待ちましょうか」
小屋の外にあったちょうどいい大きさの丸太に腰かけて、先ほどの通知に返事を送る。
暫くして3人が出てきた。
「お話は終わりましたか?」
「渡瀬さん。戻っていたんですね」
「えぇ、途中で入ってお邪魔をしてはいけないと思って」
「今から海斗のステータスを測りに行くが、繋も来るか?」
「ご一緒します」
ゼノンの後に続く渡瀬。その胸ポケットにしまったタブレットから通知を知らせる音が立て続けに聞こえた。
渡瀬は嫌な予感を感じながら、それを悟られないよう足を動かした。
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