第10話 誰にだって言えないことはあります

「ここがお前の部屋だ。風呂とトイレはそこの扉だ。あとは適当に使ってくれ。1階に共同スペースやトレーニングルーム、食堂もある」


「ありがとうございます。あの、ちゃんとご挨拶してなくてすみません!俺は志麻海斗といいます。今日からよろしくお願いします!」


 海斗は姿勢を正し挨拶をすると、勢いよく頭を下げた。


「おう!海斗、よろしくな。もうすぐ終礼がはじまるから1時間後に宿舎の前に来てくれ」


「はい!」


 海斗の返事を聞くと、ゼノンは海斗の頭を一度グシャっと撫でてから去って行った。


 頭を撫でられることに慣れていない海斗は戸惑っていた。出来が悪かった海斗は、両親に褒められた記憶がほぼない。頭を撫でられたのも幼い頃に数回あったかどうかだ。

 乱暴に撫でるゼノンの手は、温かく優しさに溢れていた。


「こんなにたくさん撫でられたの初めてだ」


 嬉しさと照れ臭さと入り混じる感じたことのない感情に、海斗はどう反応をしたらいいのかわからず暫く佇んでいた。


「1人の世界に入っているところすみませんが、私がいること忘れてませんか?」


「っつ☆◎△○◆〰︎!!!」


 突然後ろから声をかけられて、海斗は声にならない声を発した。


「私にもわかる言語でお願いします」


「〜心臓止まるかと思った、、」


「残念でしたね」


「いや残ね「私は用事を済ませてきますので、一度出ます。終礼には戻りますので志麻さんは休んでいてください」


「最後まで言わせてよ。はぁ、確かにいろいろありすぎて疲れたから休んでるよ」


 渡瀬は海斗が部屋に入るのを見届けてその場を後にした。


「ゼノンさん」


「ん?おぉつなぐ、どうした?」


「下の名前で呼ばないでください」


「いいじゃねーか、って呼びずれーんだ」


「まったく・・私は少し出てきます。終礼には戻って来ます」


 渡瀬は諦めたように溜息を吐いて要件を言うと、西門に足を向けた。


「アイツのところか?」


ーピクっー


 ゼノンの言葉に渡瀬は足を止めた。


「『モロノーフこっち』に来るといつも行ってるな。他の奴のところも行っているのか?」


「ゼノンさんには関係のないことです」


 渡瀬はゼノンの方を見ることなく答えると、今度こそ西門に向かって歩き出した。

 陽の光に照らされたその顔に、表情はなかった。


ーザク ザク ザクー


「お久しぶりですアスマさん。また新しい人が渡って来ましたよ」


 1つの石の前で渡瀬は、買ってきた花を手向けた。


「ゼノンさんが気に入ったみたいで、預かってくれました」


 返事のないことはわかっていても、渡瀬は暫くそこから動かなかった。


ーカランカランー


「いらっしゃーい、って繋ちゃん!久しぶりー!」


「だから下の名前で呼ばないでください」


「いいじゃん♪の方が可愛いでしょ?」


「エリックさんは相変わらずみたいですね」


 ブロンドの長い髪をゆるくひとつに結んだ男、エリックは、黙っていればイケメン部類に入る美形な青年だ。


「相変わらずカッコイイって?ありがとー♪」


「一言も言ってないですけどね」


 だが。


「久しぶりに会えたのに冷たいなぁ」


「ただの生存確認です」


「ふふっ、ありがとねー。なんだかんだ毎回会いに来てくれて。アスマのところはもう行ってきたの?」


 エリックは先ほどのふざけた雰囲気から一転して、優しい口調で渡瀬に聞いた。


ーピクっー


エリックの言葉に渡瀬は一瞬体を固くした。


「ええ、新しい人が渡って来たと報告してきました」


「そっか」


「期間中はゼノンさんが預かってくれます」


「そう、なら安心だね。俺も会ってみたいなぁ」


「明日買い出しついでに王都を案内してもらう予定なので、こちらにも来るかと思いますよ」


「えー楽しみぃ♪はりきっちゃおうかな」


 いつもの調子に戻ったエリックはウキウキとした様子で手を動かしはじめた。


「また増えましたか?」


「そうなのー。新しい薬草を見つけてねぇ。それが解毒と解熱に効くみたいで、いろいろ調合してみたのー☆」


 店の中には様々な薬草や薬が並んでいて、一画に調合スペースが設けられてらいる。

 エリックはここの薬屋の店主をしており、今までいくつも新薬を作り出していた。


「薬に関して尊敬します」


「えー、好きになってもいいよー?♡」


「・・・そろそろ戻ります。失礼します」


 渡瀬はエリックに冷たい視線を送った後、店の扉に向かった。


「つれないなぁ。・・ねぇ繋ちゃん、あまり自分を責めないでね」


「・・本当にですね、エリックさんは。私は私の仕事をしているだけです。ではまた」


ーカランカランー


「うそつき。俺は繋ちゃんのことも心配だよ」


 閉まる扉の向こう側、きっと何事もなかったかのように、海斗のところへ戻るだろう渡瀬に、エリックの本音こえは届くことはなかった。

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