第1話 志麻海斗

『国立中央図書館』


「はぁ・・理系の問題集はと・・・、3階のCエリアか」

 入り口の電子案内所デジタルサイネージを見ながら志麻海斗は一人こぼした。


 大学受験を控え足を踏み入れたこの図書館は、海斗にとってはどちらかというと苦手な場所であった。


 本を開けば眠気に襲われ、机に向かえば頭痛に襲われる。高校に進学できたことも奇跡だと先生に言われたくらいだ。


 そんな海斗がなぜ就職ではなく大学受験を選んだのか。

 そもそも選択肢はなかったのだ。


 海斗の家系は代々医師の家系で、両親や祖父母、叔父叔母までもが医師。三つ上の兄は某有名大学の医学部に首席で合格。将来は父の病院を継ぐだろうと期待されていた。


 だが海斗は自分が所謂いわゆる〈おちこぼれ〉と言われる部類に入ることを理解していた。

 勉強したところで志望の大学に合格できるとは思ってもいないし、両親も自分に期待していないことにだいぶ前から気がついていた。


 とにかくどこでもいいから医学部に入れて、世間体を守りたいという考えが丸見えだった。


 受験して落ちたという事実があれば、医師にならない理由の一つにできる。

 海斗にとってはただそれだけのための受験。


 今日は念のため、形だけでも勉強をしているとみえるように、開きもしない問題集を探しにここ『国立中央図書館』来たのだった。


 館内のエレベーターに乗りこみ③と書かれたボタンを押す。ゆっくり上昇する箱の中、スマホを操作しながら海斗は今日の昼食について考えていた。


「(昨日は牛丼、一昨日はカレー、今日はハンバーガーかな)」


 慣れた手つきでスマホを操作して予約注文を済ましたところで、エレベーターが3階に到着した。


ーチンー


 扉が開くとそこは、日本No.1と言われるに相応しい光景が広がっていた。


 壁には一面天井まで本が並び、正面には綺麗に並列された本棚がいくつも見える。

 見慣れないロボットのような機械は、おそらく手の届かないところの本を取るためのものだろう。あちらこちらで稼働しているのが目に入る。


「うわぁー、今すぐ帰りたい」


 当初の目的を忘れ、海斗は思わず降りたばかりのエレベーターに逆戻りしそうになった。


 なんとか平静を取り戻し、他の本には見向きもせず、目的の〈C〉と書かれたエリアにたどり着いた。


「いや、この中からどうやって探すんだ・・」


 海斗の前には1000を越えるだろう理系に関する参考書や問題集。


「どうせ使わないし、んーっと・・・これでいいや」


 目を瞑って適当に手に触れた本を取り、貸し出しカウンターへと歩き出した。





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