36話 真髄

 真髄。

 武の真髄。

 それは武道の本質である。


 類まれなる武術の才能を持った者が過酷な修行の果てに悟りを開くことで、武道を通して世界の真理を垣間見る。

 この現象は覚醒と呼ばれ、神域へ至る切符の一つとも言われている。


 覚醒者の放つ技には、その者が歩んでいる武道に応じた特殊効果が現れる。

 スキルを使用しなくとも、スキルに似た効力が発揮されるという、一種の超常現象だ。

 先程のイカルドの指が黒く硬化したのは、彼の真髄の力の一端だ。


 覚醒者は、そうでない者と比べると隔絶した戦闘力を持つ。

 それというのも、スキルというのは基本的には同時発動できないのである。

 それは集中力の問題もあるし、何よりスキル同士の魔力経路の干渉が妨げとなる。

 一方で真髄というのはスキルのような効力を持ってはいても、実際にはスキルではないためそういう問題は起きず、その制限はない。


 この特徴がどれほどのの利点をもたらすかは、私とコールスの試合からも分かる通りである。

 彼はレベルも剣術も私に劣らず、筋力においては有利すら取れていたのに、私の軽業と真髄の同時発動の前では成すすべもなく、戦心を折られるほどの大敗を喫した。

 生死をかけた決闘であれば、数合のうちに彼の首を落とせただろう。


 イカルドの言葉で、私のこの力が真髄だということが確定した。

 覚醒者である彼が真髄の力の波動を見誤ることはないからだ。


 私は首を傾げて尋ねた。


「真髄ですか。

 話に聞いたものとは随分と違う感じですが……」


 真髄の力の発動時には、さっきイカルドがしてみせたのと同じ様に、目に見える変化があるはずだ。

 それも空中に水流を発生させたり、ドラゴンの幻影を纏ったりなど、かなり派手な変化だ。

 イカルドも本気で真髄を発動させた場合は、派手なエフェクトを纏うはずだ。


 一方で私の力は、全力で発動しても見た目には何も現れなかった。

 力を行使した時の精神力の消費も原作では描写されなかったものだし、覚醒に必要だと言われている、悟りを開くということに似た体験もした記憶がない。

 これらが私がこの力が真髄だと確信を持てなかった理由である。


 私の言葉にドレアルは少し驚いているようだった


「お前、真髄を知っているのか?」


 覚醒者は特別だ。

 その希少さは原作の主要キャラたちの中ですら限られた人物しか、真髄を会得出来なかったことからも分かることだ。

 教授の中でも覚醒者はイカルドだけである。


 あまりに珍しいが故に、真髄の力も覚醒者の存在も一般には知られていない。

 前世の記憶が覚醒する前のイルクもその存在を知らなかったので、私の真髄に対する知識は全て原作から来ている。


 私の代わりにイカルドがドレアルの疑問に答えた。


「伯爵家の倅だ。

 そういう情報を知っていてもおかしくはない」


 頭の良い人間との会話は楽で助かる。

 向こうが勝手に理由付けて納得してくれる。


 イカルドは続けて言った。


「真髄にはまだ解明されていない謎が多い。

 お前の真髄は確かに少し変だが、レベル50以下の戦士が覚醒した前例もない。

 その弱々しさといい、低レベル帯での覚醒は真髄の力を完全には発揮できない、と考えるのが自然だろう」


 イカルドは私の真髄を弱々しいと形容しているが、レベル60の彼から見れば取るに足らない弱々しい力でも、レベル20代の、それもスキルの鍛錬よりもレベル上げに時間を費やしている若者たちの中では、私の真髄はかなり強力な力であるのは間違いないことだ。

 それに今は不完全だとしても、これからレベルが上がるにつれて強力なものになっていくであろう。

 それに加え、十傑戦を控えていたがためにまだ移植が出来ていない、ドランから奪った魔人の目も入れると、原作のインフレにもついていく算段は十分にあった。


 メリルは私をまじまじと見た。


「16歳で覚醒……。

 レベルの高さといい、あなたの才能は神の子のそれに迫るわね」


 神の子。

 神族の族長直系のことを人はそう呼ぶ。

 神族とは神の血を継ぐ一族であり、滅多に俗世には現れない者たちだ。

 神々と直接的な関係を持つ彼らは計り知れない力を持っており、それはかつて大陸の絶対的支配者であった魔人たちですら支配ではなく共存を選ぶほどのものだ。

 彼らは雪に覆われた北地の奥に楽園を築いて暮らしているといわれている。


 ハメロは目を細め、意味深な笑みを浮かべてつぶやいた。


「神の子ね……」


 彼の言葉と表情には、原作から彼の過去と未来を知る私だけが読み取れる、激しい憎悪と果てしない狂気が秘められていた。


 メリルは少しためらいを見せた後、言った。


「研究対象になってくれるなら、それなりの見返りを約束するわ。

 大丈夫、ハメロの実験よりはずっと安全よ」


 それに異を唱えたのはハメロだった。


「ひどいじゃないか。

 僕が先に誘ったんだよ?」


 メリルは鼻を鳴らした。


「ふん、真髄研究の突破口になるかもしれない人材を、あなたの怪しい実験で壊されてはかなわないわ」


 メリルは片眉を上げ、反論した。


「こんな貴重なサンプルを壊すわけ無いじゃないか。

 彼にはしっかりと成長して、データを残して貰わなくては困るんだから」


 メリルは目をそらして取り合わなかった。

 どうやら二人は原作通り馬が合わないようだ。


 私は何とか笑みを絞り出した。


「……考えておきます」


 正直冷や汗が止まらなかった。

 この決闘の目的に一つであった、教授の興味を引くという目的は達成できたのだが、少し、いや、かなり度を超えてしまっているようだ。

 最も穏健派であるはずのメリルまで私を研究したいと言い出したということは、他の教授もうずうずしているに違いない。


 私は今は一刻も早くこの場を離れたいと思っていた。

 少々知られてはならない秘密が多いもので、あまり調べられると都合が悪いのだ。

 少なくとも学院内では彼らは強引に私をどうこうすることはないはずなので大丈夫だとは思うが、その気になれば自分の秘密を暴ける相手と長時間一緒にいるのは心地良いものではない。


 しかし好奇心をくすぐられた教授たちが私をこのまま返すわけもなく、ドレアルは言った。


「もう少し詳しく話を聞きたい。

 中で話そう」


 教授たちはうなずいて研究棟の中に入って行った。


「わかりました」


 断る権利など私にあるはずもなく、私はこの場をどうやり過ごすか考えながら、大人しく教授たちの後をついて行った。

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