37話 交渉
我々は会議室のような場所にいた。
相変わらず教授たちは背筋の寒くなるような視線を私に向けていた。
私は居心地悪くなり、少し身じろぎした。
最初に口を開いたのはドレアルだった。
「それで、どういうきっかけで覚醒したんだ?」
私は少し思い出すふりをしつつ、頭を高速で回転させて、ここに来るまでに用意していた嘘に穴がないかもう一度確認した後、それを口に出した。
「少し前、流星花を採取するためにダンジョンに侵入したのですが、その時迂闊にもウッドオークの大群に囲まれてしまいました。
私と仲間たちは何とかその場を切り抜けようと必死に戦いましたが、森の中というウッドオークの得意とする地形に、多勢に無勢ということもあり、かなり危険な状況でした。
そのうち仲間の1人がやられ、私は怒りに我を忘れ、ただ無我夢中に剣を振るいました」
私は眉をひそめ、仲間の死を思い出して悲しんでいる、という表情をわずかに見せてから続けた。
「真髄の力、当時はそれが真髄だとはわかっていませんでしたが、それを自覚したのは、その危機をやりすごした後でした。
戦いの最中は必死だったので、正直あまり詳しくは覚えていませんが、何か特別なことをした覚えはありません」
これは真っ赤な嘘だ。
そもそも私は流星花を採取する任務に行ってなどない。
だがバレる心配はない。
教授たちがわざわざ確認を取るとは思えないし、仮に確認を取ったとしても、私は記録上では確かにトーマスたちと共にそのクエストを達成したことになっているし、そのクエストで死者が出ているということも事実だ。
トーマスたちに偽造させたクエスト履歴は、侍として活動する時のアリバイ工作だったのだが、ここでも役に立ってくれた。
イカルドは少し懐かしむような表情を浮かべた。
「窮地での覚醒、か。
私もそうだった」
メリルは言った。
「武道の天才なんて腐るほど見てきたわ。
長年の研究で、才能だけで覚醒は出来ないことはすでに証明済みよ。
あなたはきっと何か特別な秘密を抱えてる」
メリルはそう断定した後、続けて言った。
「無理に言わせることはできないけど、あなたも学院のやり方は知ってるはずよ。
差し出して損はしないわ」
捉え方によっては遠回しの脅しにも取れるメリルの言葉だが、別に深読みする必要はない。
学院というのは帝国という超大国が国を上げて支援をしている、世界最高峰の戦士育成機関だ。
それに加え、自身が保有する武力と研究力もまた世界最高峰の組織である学院は、その特殊性故に政治的影響力はほとんど持たないものの、財力や資源には事欠かない。
決して学生から搾取するような機関ではないのだ。
学生がダンジョンや遺跡などで見つけた研究価値のある物品を学院に献上した場合には、それと同等以上の見返りが与えられることが規則として明文化されている。
「そうですね……。
確信はないですが、心当たりはあります」
私の言葉に教授たちは目を輝かせた。
「我がフォルダン家が代々研究してきた剣術です。
軽業と組み合わせることを念頭に置いた、かなり特異な剣術でして、ひょっとしたら……」
覚醒の原因であろう日本剣術をここで差し出すつもりはない。
学院から与えられる見返りというのは結局の所、修行用の資源や強力な武具、魔法具などだ。
それらのものは、原作知識を活用すれば、必要なだけ手に入る。
しかしここで断って教授たちの心象を悪くすることも、折角の教授たちとの接触を不意にするのはあまりにもったいない。
なので私は教授たちの好奇の目を私自身からはそらしつつも、興味を惹き続けるために、フォルダン流剣術を推すことにした。
ドレアルは疑問を呈した。
「だが、もしもその剣術に人を覚醒させる力があるというのなら、フォルダン家は伯爵家では収まらないはずだ」
ドレアルの疑問はもっともなものだ。
真髄の力は非常に強力だ。
もしもフォルダン流が戦士を覚醒させる力を持っているとした場合、覚醒者を量産とは言わないまでも、代々複数人は生み出せる術をフォルダン家は持っているということになる。
そんな一族の結末は2つしかありえない。
剣術を奪われ、滅ぼされるか、公爵や大公といった、帝国の支配層の、誰も手出しができないような巨大勢力になるかだ。
私はうなずいた。
「ええ、少なくとも今までのフォルダン流にそういう力はなかったはずです」
私は少し間をおき、少しのためらいを見せた後、続けた。
「フォルダン流は代々改良を重ねているので、数年に一度技の添削が行われます。
最後の改良がちょうど一年ほど前で、そこで追加された新しい技に何か秘密があるのかもしれません」
後から言い逃れ出来るよう、私はそれがあくまでも不確定な推測だということを念押しした。
「しかしフォルダン流はフォルダン家男系の者であれば皆習得しているはずですが、他に覚醒した人がいるというのは聞いたことがないので、確証はありません」
案の定ドレアルは食いついた。
「その新しい技というのは?」
私はここで難色を示した。
「すみません、フォルダン流は門外不出の技でして……」
ドレアルは肩を落とした。
「そうか……、そうだよな」
剣術はスキルと並ぶほどの、各勢力の機密情報だ。
技が漏れて敵に対策を研究されてしまった場合、大きな不利を背負うことになってしまう。
一家に全てを捧げるという洗脳式教育を受けてきた貴族が、それを外部に漏らすことはありえないことだ、とドレアルは考えたのだろう。
ドレアルのあまりの諦めの良さに私は内心少し焦ったが、幸いすぐにメリルが口を開いた。
「条件は?
わざわざここでその技の存在を明かしたということは、交渉の余地があるということでしょう?」
メリルの言葉に、私は苦笑いした。
貴族の世界では婉曲的な会話が好まれるのだが、彼らのような武人兼研究者は単刀直入を好む。
私はうなずいた。
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