28話 派閥争い

 学院に戻った私は、腹心であるいつもの3人から学院を離れていた間の出来事について報告を受けていた。

 彼らの話を聞いた後、私は言った。


「つまり、我が派閥は崩壊寸前だということか」


 私が原作イベントに参加していた間に、初等部の一大派閥であったフォルダン派閥は崩壊寸前にまで追い込まれていた。

 その原因はもちろん私がロイとの決闘に敗れたことだ。

 そしてその直後に学院を離れたこともまずかった。

 敵対派閥はそれを決闘に敗れて逃げた軟弱な行為だと責め立てた。

 領袖不在な上に、ほとんどの構成員が低位貴族であるフォルダン派閥はそれに対する有効な反撃ができず、どんどん追い詰められていった。

 加入をためらっていた者は他の派閥を選び、末端メンバーの引き抜きも多発していた。


 これは「他人の目なんか気にするな、好きなように思わせとけばいい」なんていう能天気な話で済ませるわけにはいかない問題だ。

 貴族にとって名声は利益と直結するものである。


 名声が高ければ人が集まり、派閥を成す。

 派閥の力は大きい。

 所属者は情報交換、魔法具流通、強者による弱者へのクエストサポートや修行の指南などのメリットを享受でき、派閥の領袖は所属者たちから学内ポイントを徴収でき、必要なときには彼らを使役する権力を得られる。


 学内ポイントの価値は極めて高い。

 修行補助用の魔法薬や瞑想法などのレベル上げに関する資源から、武具や貴重な素材、スキルといった戦闘力に直結する資源、そしてレベル60代の守護者である教授との一対一の指導を受ける権利など、外部では入手困難な様々な物品や権利と交換できる、唯一無二の貨幣だ。

 全ての学生に平等にチャンスを与えるという学院の基本理念から、ポイントは金では買えず、学内での活動によってしか入手することは出来ない。

 そんなポイントの大きな収入源である派閥が私にとってどれだけ重要なものかは容易に想像できるはずだ。


 派閥の勢力縮小の影響は早くも現れており、今月の上納ポイント数は平時の6割近くにまで減っていた。

 この調子だと来月は3割も残っていればいい方だろう。

 これは受け入れ難いほどに大きな損失だ。


 学内ポイントだけでなく、学生たちの支持を失うこと自体もまた、無視できない損失だ。

 イルシオン学院に通える者は皆天才といえる存在だ。

 彼らの殆どは家督争いに参加する資格を持ち、将来爵位を継ぐ可能性がある者ばかりだ。

 学生時の派閥関係はある程度卒業後まで引き継がれるため、彼ら学生の支持はいずれ貴族家の支持に変わり、フォルダン家陞爵の後押しとなる力に化けるのだ。


 直近の利益のためにも、将来の発展のためにも、派閥の維持は私にとっては重要なことであった。


 トーマスはうなずいた。

 年齢の割に落ち着いており、慎重派でもある彼には、派閥運営のほとんどを任せている。


「はい、中心メンバーも何人か付かず離れずの曖昧な態度を見せ始めています」


 ミッシェルは悪態をついた。

 私に恋心を抱く彼女は中心メンバーの中でも特に忠誠心が高い。


「イルク様を裏切るなんて……。

 恩知らずどもめ」


 恋は盲目というべきか。

 私は派閥の活動に関しては、たまに集まりに顔を出して存在感をアピールする以外は基本的に上納ポイントを受け取るだけの搾取系領袖だ。

 派閥メンバーに恩があるというほどの仕事はしていないわけなのだが、どうも彼女からするとそうではないらしい。


「中心メンバーの忠誠心すらも揺らぐ事態か……」


 私は目を細め、目の前の3人に圧をかけた。


「お前たちはどうなんだ?」


 彼らは慌てて立ち上がり、頭を下げ、口々に忠誠を示した。

 そんな彼らに私は友好的な笑みを浮かべて言った。


「ふっ、冗談だ。

 そう焦るな」


 私は本当に彼らの忠誠心を疑ったわけではない。

 そして彼らも本当に焦っていたわけではない。

 今のは下らない茶番だが、同時に必要なことでもある。


 こうして時々圧をかけて上下関係を示すことは派閥の管理においては重要なことだ。

 繰り返し忠誠心を示させることは、忠誠心を高める効果を持つ。

 一種の洗脳に近い行為だ。


 そもそも側近である彼らが私を裏切るデメリットは大きい。

 どの世界でも忠誠心の弱い者は信用されない。

 私を裏切って次の派閥に乗り換えようとも、彼らはそこに中心メンバーとして迎えられることはないだろう。

 それに加え、彼らよりも高位の貴族である私を完全に敵に回すことになるため、彼らの今後の学生生活にも、家督争いにも悪影響が出ること間違いなしだ。

 よほどの利益と保証がない限り、彼らが裏切りを決心することはないだろう。


 私は少し考えた後、アインに命令を下した。

 諜報関連の任務は彼に任せることが多い。


「私が近々十傑に挑戦状を出すと広めてくれ」


 私の言葉に、3人は目を見張って驚きを露わにした。

 そして驚きの次は興奮だった。

 アインは思わずといった感じで声をワントーン高くした。


「十傑に挑戦されるのですか?」


 私はうなずいた。


「ああ、決闘で失った名誉は決闘で取り返すしかない」


 原作ストーリーが始まった今、派閥争いに長々と時間を割く余裕はない。

 一撃で威信を取り戻す劇薬が必要だった。

 十傑入りがその劇薬だ。


 学院には各学部ごとに100位までのランキングが存在する。

 このランキングの順位は決闘によって決められ、ランキングに乗っている生徒はランカーと呼ばれる。

 ランカーは様々な福利厚生や学院杯への出場権を手にすることができる。

 全学生がランカーを目指して活動していると言っても良いだろう。


 そして十傑。

 それは上位10名のランカーに与えられる称号であり、同年代最強クラスの決闘者だという証明でもある。

 学院杯では主力を担う各学院の顔ともいえる存在であり、帝国の将来を担う有望株として各方面からの注目を浴びる者たちだ。


 才能によってレベル差が大きく開き始める中等部や高等部とは違い、成長期である初等部では年齢の影響が大きく、ランカーは常に19、20歳の初等部卒業間際の年長者たちで占められている。

 私が今の名声を手に入れた理由は13歳でレベル20を突破したことも大きいが、昨年、つまりまだ新入生である15歳の時に学部ランキング97位の戦士を決闘で下し、レベル上げだけでなく戦闘の才能も高いということを示した事が大きい。

 もっともランキング後半は入れ替わりが激しい為、すぐに100位以下に落ちてランキングから除名されたが、そのインパクトは人々の記憶には残ったままだ。


 もしも私が今回の挑戦に成功すれば、16歳という若さで十傑に名を連ねることになる。

 これはイルシオン学院の歴史に名を残す快挙となるだろう。

 フォルダン派閥の今の劣勢は一気に逆転し、それどころか一躍初等部の最大派閥にまで成長する可能性すらある。


 そうなった場合、中心メンバーであるトーマスたちも大きな利益を手にすることが出来る。

 彼らの興奮も納得できるだろう。


 現在のランカーたちの情報を3人から聞き出し、さらなる調査を頼んだ所で、少し離れていたサリアが封筒を持って近づいてきた。


「テレオ様からです」


 それはロイとの決闘以来、クエストですれ違いを起こしていたため一度も顔を合わせていない、テレオからの招待状だった。

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