27話 罪悪感

 兵士が奥からつれてきた少女はゼラだった。

 彼女の父が赤眼の二つ名を持っていると知った後、私は手下に彼女の後をつけさせていた。

 そして調査によりドランがあのドランだとわかった時、彼女の誘拐を命じたのだ。


 ゼラは保険だった。

 この屋敷の住人の命でドランが妥協したのなら、彼女を使う必要はなかった。

 侍仮面モードの時だとは言え、自分に好感を向けるこの少女を直接傷つけるのは気が引けることだった。

 しかし屋敷の連中での交渉が失敗した以上、私に選択肢はなかった。


「ゼラ!」


 ドランは顔色を変え、ゼラの方へ向かおうとした。

 しかし進路にゲイルが割り込んだため、それ以上近づけなかった。


 私は笑った。


「ふむ、効果ありってところだな」


「ふざけるな!

 今すぐゼラを放せ!」


「大丈夫だ、落ち着け。

 彼女にはまだ何もしてない。

 まだ、な」


 私はゼラの猿轡をはずさせるよう命令した。

 口が自由になった彼女は叫んだ。


「お父さん!」


「ゼラ!」


 離れ離れになった父娘の久々の再会。

 私はその美しき親子愛に感動しながら口を開いた。


「父娘で積もる話もあるだろうが、後にしてくれないか。

 私の用事が先だ」


 興奮するドランは聞く耳持たなかった。


「いいからゼラを放せ!」


 このままでは話にならない。

 私はまずはドランを落ち着かせることにした。


「腕を折れ」


 私の命令に一人の兵士がゼラの体を抑え、もう一人が彼女の腕を固定した。

 そして3人の兵士は鞘をつけたままの剣を振り上げた。


「やめろ!」


 ドランの制止も虚しく、剣は振り下ろされた。


 骨が折れる嫌な音とともに、少女の悲鳴が響いた。


 ゼラの悲鳴に私の心は揺れた。

 私は感情のない機械でも、自分に好意を向ける少女を苦しめて喜ぶ外道でもない。


 初対面時、窮地に陥った仲間のために必死の形相で斧を振るう勇敢な少女。

 その夜、焚き火の側で思春期真っ只中な心の内を語った繊細な少女。

 最終決戦の後、みんなの前で私の仮面にキスをした大胆な少女。


 それだけのことでゼラのことを好きになったわけではない。

 私は節操のない惚れ症男ではないからな。

 しかし好感は確かにあったし、出来れば傷つけたくない対象ではあった。


 目を閉じ、軽く息を吸って、私は自分の中の「優しさ」を強引にねじ伏せた。

 私はフォルダン家の嫡子。

 一家の将来を背負う者。

 個人の感情を一家の利益よりも高く置くなんていう我儘が許される身分ではない。


 彼女には好感を持っている。

 でもただそれだけだ。


 再び目を開けた時、私は冷酷で強欲な貴族に戻っていた。


 ドランは鋭い殺気を放ち、今にも暴走しそうだったが、ゲイルの威圧感に気圧され何も出来ずにいた。

 私はそんな彼に言った。


「これから彼女の四肢を叩き折る。

 それでもだめなら指を一本ずつ切り落とす」


 私はドランの目を見て、続けた。


「お前がどうしても従わないというのなら、彼女をバラバラにして、その部品を床に並べよう。

 なに、夜は長い。

 ゆっくり鑑賞しようではないか」


 その光景を想像したのか、怒りだけでなく恐怖の色も瞳に浮かべた彼に、私は残忍な笑みを作ってみせた。


「その景色はきっと……綺麗だぞ?」


 これはハッタリだ。

 さすがの私もそこまではしない。

 サイコパスを演じることで、ドランに圧力をかけているのだ。


 だがもしもゼラの四肢を折ってもドランが目を差し出さないのであれば、私はゼラの首を刎ねる。

 ゼラの死は必ずドランに隙を作るだろう。

 その隙をゲイルが狙う。


 少々残忍な方法だが仕方がない。

 あの目にはそれをするだけの価値がある。


 ドランは顔を真赤にして吼えた。


「この悪魔め!」


「私が悪魔になるかどうかはお前次第だ。

 選べ。

 目か、娘か」


 怒りに震え、私を睨みつけるドラン。

 私は肩をすくめ、兵士に命令を下した。


「やれ」


「やめて!」


 ゼラは身をよじって抵抗した。

 しかし拘束は解けない。

 それどころか折れた腕が変な方向に曲がったために痛みが増し、彼女は苦痛に顔をしかめた。


 そんな彼女を見て、ドランはついに頭を垂れた。


「……わかった」


 ドランは力なく言った。

 私は再び剣を振り上げた兵士を手で制した。


「なんだって?」


「わかったって言ったんだ!」


 ドランは叫んだ。

 そして続けて言った。


「そのかわり誓え。

 目を手に入れたらすぐに全員解放して、ここから出ていくと」


「もちろんだ。

 目さえ手に入ればここに用などない」


 ゼラはドランに言った。


「そんな……お父さん、だめ」


「いいんだ」


 私は兵士に言った。


「容器を」


 兵士が持ってきたのは小ぶりの箱だった。

 これはダンジョンでよく使われる、薬草や魔物の臓器などの鮮度を保つ必要のある素材を入れるための魔法具だ。

 もちろん人間の臓器にも使える。


 私はドランに言った。


「手伝わせようか?」


「必要ない」


 善意の申し出だったが、ドランはその提案を断り、自分の左目に手を伸ばした。


「……!!」


 自分で自分の目をくり抜く。

 想像を絶する恐怖と痛みだろうに、ドランは歯を食いしばり、声も出さずに耐えてみせた。


「お父さん!」


「師匠!」


 ドランの代わりに声を上げたのはゼラたちだった。

 まるで目をえぐられているのが自分かのごとく、彼らは表情を歪めた。


 グロい音とともにドランの眼球はえぐり出された。

 彼はその眼球を兵士が差し出した容器に入れた。

 そして顔を真っ白にしながらも仁王立ちし、私を睨みつけた。


 その雄姿に、私は思わず拍手を送った。


「流石はノザラス地方に名を馳せる豪傑。

 その精神力、感服するよ」


「もういいだろ、早くみんなを解放しろ」


「約束は守る」


 私は手を振って兵士たちを下がらせた。

 自由の身になったゼラたちはすぐにドランに駆け寄った。


「お父さん!

 ああ、なんてひどい……」


 自分の腕が折られた時は悲鳴を上げただけで涙は流さなかったゼラだったが、父の惨状には涙が止まらないようだった。

 ドランはそんな娘を抱きしめて、血のついていない方の手でその頭を優しくなでた。


「大丈夫だ、大丈夫だ」


 こんな時まで自分をなだめてくる父に、ゼラは泣き崩れた。


 そんな彼らの姿を見て私は今更罪悪感を感じたが、後悔はなかった。

 軽い罪悪感で魔人の目が手に入るのなら安いものだ。

 こういう取引はいくらでもしたい。


 兵士からドランの目が入った容器を受け取り、私は蓋を開けて中を覗いた。

 液体の中で神経のついた眼球がプカプカと浮いていた。

 魔力を流していないため見た目はごく一般的な眼球だったが、これは間違いなく魔人の目だ。

 このさっきまで中年男性の眼窩に入っていた眼球が、いずれ自分の左目に取って代わるのかと考えたら少し気分が悪くなった。


 私は容器をサリアに渡し、席を立った。


「では、ごきげんよう」


 立ち去る私を見つめるドランらの目には憎しみがあった。

 しかし私は気にしなかった。

 憎しみなどという感情は長続きしないものだ。

 それにドランは目を失っただけで命を落としたわけではない。

 家族を、守るべきものを持つ彼らは、全てをなげうって私に報復することは出来ない。


 守るべきものは人を強くすると同時に、弱くもする。


 ――それは私も同じだ。

 家族という縛りさえなければ、私は冒険者にでもなって自由気ままな生活を送れていただろう。

 原作知識を活用して一稼ぎし、裕福な生活をしながら要所要所で原作キャラたちに絡んでいく愉快な生活が送れただろう。

 婚約者の暗殺などというふざけた計画を一蹴し、テレオの顔に熱々のシチューでもお見舞いしてやれただろう。

 だがそれは夢物語に過ぎない。


 私は貴族だ。

 一家に尽くす義務がある。

 それは前世の日本人としての記憶が覚醒しても変わらないことだ。


 ドランの屋敷を出て馬車へ向かう道中、私はサリアに聞いた。


「私はひどい男か?」


「いいえ、イルク様は慈悲深い方です」


 サリアは即答した。


「……聞く相手を間違えたな」


 フォルダン家の忠実な下僕である彼女にとって、私は非の打ち所のない聖人だ。

 どんなことをしようとも、彼女が私のことを悪く言うはずがない。

 聞くだけ無駄だった。


 しかしそれでもなぜだか心が少し軽くなった気がした。

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