17話 ゼラという少女

 冒険者達を救った侍仮面は当然私だ。


 実は私はかなり序盤から少し離れたところで彼らの戦闘を眺めていた。

 どうしてすぐに加勢をしなかったのかというと、何も彼らを救うことをためらっていたわけではない。

 前回のパーティーは見殺し、いや、直接手を下しもしたが、死霊使いの儀式が完了した今はそうする必要はない。

 私は基本的には善人だ。

 基本的にはな。

 ただ、どうせ救うなら、より感謝されるやり方を選ぶべきだと思ったのだ。


 優勢のときに駆けつけてしまうとそれはただの強い味方だ。

 だが絶体絶命の窮地に現れれば命の恩人になる。

 主人公の強運ならば図らずともいいタイミングで彼らに出くわせただろうが、ロイたちを見つけられなかったことといい、どうやら今日の私はツイてないようで、かなり早めに出くわしてしまった。

 なので仕方なく彼らの状況がまずくなるまで待機していたというわけだ。


 そんな事を知る由もない冒険者たちは思った通り私を命の恩人として迎え入れた。

 そして私が現在のこのパーティーの最強者にして、学院生ということもあり、ゼラというこのパーティーのリーダーだった狂戦士の少女は指揮権を私に譲った。


 私は彼らを率いて邪気から遠ざかった。

 このイベントは数日間続く予定だ。

 ゼラたちの体力も限界だったし、今晩は無理してロイたちを探す必要はない。


 邪気はダンジョン出入り口のある方角から立ち昇っていた。

 死霊使いはこのダンジョンにいる全冒険者を一網打尽にするつもりだ。

 人を殺せば殺すほど、今回の事件の犯人である死霊使いが手にしている邪法具の力は強大になる。

 年齢制限のついた、入場者のほとんどがレベル10台で、レベル20台の戦士が数人しか存在していないこのダンジョンは、彼にとっては絶好のレベリング場になるというわけだ。


 魔物と死者をできるだけ避け、道中出くわした2人組の冒険者たちを保護しつつ、我々は洞窟を見つけ、入った。




 我々は焚き火を起こし、野営の準備をした。

 もちろん密閉した洞窟の中で火をおこして窒息死なんていう馬鹿げたことにはならない。

 ゆらゆらと揺れる紫色のこの火はダンジョンや戦場での必需品とも言える、火打魔石という魔法具で起こした、無煙火という特殊な火だ。


 必需品とはいっても魔法具というのは一般的な低レベルな冒険者たちが手に入れられる代物ではない。

 これを目にした冒険者たちは大層珍しがっていた。

 そんな火打魔石も、学院生にとっては入学時に配られる標準装備だ。


 私は焚き火の横でゼラと2人組の冒険者の代表であるルタスと3人で今後の動きについて意見を交わしていた。

 意見を交わすとはいっても、彼らの意見を尊重する民主的雰囲気は出しつつも、最終的には私の望む方向へ話を持っていく。

 交渉と人心掌握は貴族の得意分野だ。


「よし、じゃあ夜が明けたら他のパーティーを探して合流しましょ」


 私はゼラの言葉にうなずいて賛成した。


「ああ、死者の軍団は恐ろしいが、個の力は弱い。

 こちらも数を揃えれば対処は簡単だ」


 ルタスもうなずいた。


「わかった。

 僕らも君たちについていくよ」


 議論は私の望んだ方向に着地した。


 ここにいる冒険者たちは皆原作には登場しなかったモブだ。

 私の介入がなければ全員命を落としていただろう。

 そう考えると、私はなんだか良いことをした気分になった。

 いや、実際良いことをしたのだ。


 一仕事終えた私は気になっていた質問をゼラにぶつけた。


「ゼラ、お前はただの冒険者じゃないな。

 私も正体を隠してる以上、無理に詮索するつもりはないが、普通の冒険者はスキルを2つも会得しているものではないはずだ」


 ゼラはここに来る道中、ルタスたちを助けたとき、勇ましき咆哮の他に斧を雷鳴とともに投擲する見たことのないスキルを使っていた。


 この世界には前世のファンタジー創作物の中に存在する、呪文を唱えて超常現象を引き起こすような魔法は存在しない。

 存在しないが、近いものはある。

 それがスキルだ。

 体内で魔力を特定の経路を特定のリズムで循環させることによって、身体を媒体に空気中の魔素に影響を及ぼす技法であるスキルは、高レベルな戦士が発動させた場合、前世でいう魔法に近い超常現象を起こすことも出来る。


 この戦士の戦闘力を大きく左右するスキルというのは、一般市場にはほとんど流通していない。

 各勢力が厳重に管理している、いわば戦略物資の1つだ。

 強力なスキルが遺跡などで発見された際には、それを巡って巨大勢力が戦争を繰り広げる可能性すらあるほどに貴重なものだ。

 イルシオン学院でさえ、スキルの交換には高額なポイントを支払う必要があり、また、それを他人に無断で伝授してしまった場合には、伝授された人間含め、極めて重い処罰を課される。


 そういう背景がある中、こんな一般冒険者の中に混ざっているゼラが2つもスキルを会得しているというのは普通じゃありえないことだ。


 ゼラは焚き火を眺め、少し沈黙した後、答えた。


「別に言えないようなことではないわ。

 私はギルド、紅の狼のサブマスターの娘よ」


 その言葉に反応したのはルタスだった。


「紅の狼といったら、ここいらでも三本の指に入る大ギルドじゃないか」


 ゼラは肯定した。


「うん、その紅の狼よ」


 私は尋ねた。


「そんな巨大ギルドの令嬢がなぜまたこんなところに」


 ゼラは恥ずかしそうに手を振った。


「ははは、令嬢だなんてよしてよ、そんなガラじゃないわ。

 ちょっとお父さんと喧嘩になっちゃってね。

 狂戦士なんて女の子らしくない、弓手か、せめて剣士に換えなさいってうるさくってさ」


 ゼラは不満げに口を尖らせた。


「私は……私はお父さんに憧れて狂戦士になったのに。

 こんなこと本人には絶対言えないけどね」


 彼女は気恥ずかしそうに笑った。


「ま、それで家を飛び出したってことよ」


「家出娘というわけか」


「そうね。

 何日かしたら帰るつもりだった。

 冒険者連盟でクエストを受けたのも、その間の暇つぶしだったわ」


「だった?」


「仕方ないじゃない。

 気づいたらリーダーになってたもの」


 ゼラは少し離れたところで晩餐の味付けで言い争いを繰り広げてる冒険者たちを振り返った。

 その目には、この年頃の少女には似つかわしくない、溺愛にも似た感情があった。


「あんな、がさつで馬鹿みたいな連中だけど、こんな私を慕ってくれてるのよ。

 だから、私は決めたの。

 私は彼らと一流の冒険者パーティーになる。

 それで、一緒に戻って、お父さんに自慢するわ。

 私にはこんなにも素晴らしい仲間たちがいるんだって」


 ゼラは私とルタスに向き直った。


「これはみんなにはまだ内緒よ。

 タイミングが来たら自分で言うわ」


 私とルタスはうなずいて承諾した。


 その後、ややスパイスの効きすぎた晩餐を食しながら、私はふと思った。


 これ、まずいフラグ立ってないか?

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