16話 侍仮面、参上
情報屋から買ったボーンウルフのメインの出没地は全部で5箇所あった。
原作ではロイたちは森でボーンウルフと遭遇したとあったので、それを3箇所に絞ることが出来た。
私は3箇所全てを回ったのだが、行き違いになったのか、情報にない場所が舞台だったのか、彼らを見かけることはなかった。
ふと胸騒ぎがした私は空を見上げた。
戦士の直感というのは、女のそれに匹敵するものだ。
視線の先では空を覆い尽くさんばかりの邪気が立ち昇っていた
死霊使いの儀式が完了したのだ。
「一体どうなってるの!」
「まじかよ、死体が蘇ってやがる」
「これは……死霊術!?」
その6人パーティーを襲っていたのは、骸骨と腐った屍が混ざった死体混合軍だった。
泥だらけなところを見るに、それらは地面から這い出てきたのだろう。
目の部分には眼球の代わりに生に対する憎悪を帯びた青い炎があり、それは死霊術で捉えられ、エデンに逝けず、現世で苦しみ悶える人の魂の輝きだ。
「なんだ、このおぞましい声は!」
ゾンビの顎の外れた口からは低く、かすれた恐ろしいうめき声が漏れ出していた。
低級な死霊術で捉えられた魂に意識はないため、それらは生前の筋肉の記憶を頼りに意味もなく声帯を震わせているだけだが、それは屍に襲われるという恐怖を倍増させるアクセントになっていた。
パニックに陥った冒険者たちは全力で死者に対し攻撃を繰り出したが、屍たちはそれを全く意に介さず、身体を切り裂かれながらも攻撃を繰り出してきた。
死者には痛覚も恐れもない。
心臓を貫かれようとも、腰から両断されようとも、それらは動きを止めることはなかった。
「頭よ!
頭を狙うのよ!」
巨大な斧を振りかざす狂戦士の少女が叫んだ。
彼女はこのパーティーでも最強格のレベル18の戦士だ。
彼女の声には仲間を鼓舞する特殊な響きがあった。
それは勇ましき咆哮という、狂戦士特有のスキルだ。
ゾンビの弱点といえば頭だ。
それはイルクの前世の創作物内でも、今世の死霊術の産物でも変わることのない真理だった。
このような低級な死霊術による死者召喚は模造の魂を頭蓋骨に閉じ込め動かしている。
頭を切り離せば身体は動かなくなり、頭蓋骨を砕けば魂は霧散するのだ。
スキルのおかげか、少女の人望のおかげか、またはその両方か。
パーティーメンバーは恐怖を抑え、大きな岩を背にして陣形を組むことに成功した。
単純な動きしかできないこのような低級な屍の戦闘力は高いわけではない。
冷静を取り戻した冒険者たちはすぐに戦況を立て直した。
しかし危機が解除されたわけではなかった。
「くそっ、キリがねぇ」
死者の軍団は刻一刻とその数を増やしていた。
こういった下級ダンジョンの死傷率は実は高くない。
また、魔物は基本的に死体を残さず食うため、ダンジョン内で死体を見かけることも多くない。
しかしダンジョン内で戦死した仲間の遺体を魔物たちに冒涜されないよう埋める、冒険者たちの風習が仇となった。
塵が積もって山となり、数百年もの間存在しているこの常設ダンジョンの地下にはおびただしい量の屍が埋められていた。
これは消耗戦だ。
人の体力は有限だが、死者の軍団は体力も数もほぼ無限。
勝機のない戦いだった。
時が経つにつれ、次第に冒険者たちは劣勢に追い込まれていった。
そしてついに、パーティーの左翼を担当していた少年剣士が、下半身を無くしたため地面を這って近づいてきた骸骨兵に足首を掴まれ、引き倒された。
「ひぃっ!
助けてくれ!」
少年の近くの仲間たちは焦りの表情を浮かべたが、死者に囲まれ、疲労困憊し、己の身を守ることに精一杯の彼らでは助ける余裕はなかった。
「バッツ!」
狂戦士の少女は少年の名を叫ぶも、彼女は逆サイドにいた。
彼女には余力はあったものの、迂闊に動くと陣形が崩れ、今度は他の味方が窮地に立たされることになってしまう。
彼女はバッツの身体に死者たちがたかり始めるのを見ていることしか出来なかった。
バッツはそのまま八つ裂きにされてしまうだろう。
そして人数が減った彼らも、すぐにその後を追うことになるだろう。
冒険者たちは死を覚悟した。
そんな時、空から一人の戦士が降ってきた。
姿勢低く着地した彼は、冒険者たちが今までに見たことのない奇妙な形の武器に手を添えていた。
そして彼はバッツに向かってダッシュすると同時にそれを抜いた。
強風が起こり、バッツにたかっていた死者たちは吹き飛ばされた。
戦士は突然のことにまだ反応できていないバッツの腕を掴んで強引に立たせた。
「しっかりしろ」
戦士の声は無機質で冷たかったが、聞いた者に心強さを感じさせるものだった。
「あ、ありがとう」
続けて、戦士は冒険者たちに指示を下した。
「陣形を収縮してそいつらを私の方に寄せろ!」
冒険者たちは半ば反射的に戦士の言葉に従った。
それは彼がレベル20台の威圧感を放っているという理由だけではない。
彼が身につけている、イルシオン学院の制服がそうさせたのだ。
帝国きってのエリートである学院生。
それもエリート中のエリートであるイルシオン学院の生徒だ。
それはまさにこの絶望的な状況に現れた光だった。
戦士の加入により、冒険者たちの負担はぐっと減った。
彼は大半のゾンビを一手に引き受け、危機に陥った者がいたらすかさずカバーまでした。
そして最後のゾンビの首を狂戦士の少女の斧が刎ねた時、彼らは暫くの間安全となった。
冒険者たちは脱力し、地面に座り込み、ぜえぜえと肩で息をした。
そしてここでようやく天から舞い降りた救世主を観察する余裕を持てた。
夕日の中、凛と立つその戦士は輝く白髪をもち、獰猛なオークを連想させるような仮面で顔の下半分を覆っていた。
彼が制服の上につけている防具も、その腰の武器も見たことのない奇妙な形をしていたが、どことなく美しさと優雅さを感じさせるものだった。
天の邪気を眺めるその目には一片の恐怖もなく、寧ろそれに対する不快感さえ見て取れた。
冒険者たちは戦士に話しかける勇気を出せず、助けを求めるように狂戦士の少女に目を向けた。
戦士の勇姿に見惚れていた少女は仲間の視線に気づくと、咳払いして己の醜態を隠し、立ち上がった。
「助けてくれてありがとう。
私はゼラ。
このパーティーのリーダーよ」
戦士は空から視線を戻し、ゼラに向かってうなずいた。
「当然のことをしただけだ」
「あなたは命の恩人よ」
「気にするな」
「そんな訳には行かないわ」
ゼラは首を振った。
「あなたの名前は?」
「名乗るほどのものではない」
今度は戦士が首を振った。
「私のことは侍仮面とでも呼んでくれ」
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