13話 決闘
私はロイと決闘台で向かい合っていた。
少し離れた所には学院の職員が立っていた。
彼は審判だ。
イルシオン学院は戦士育成機関だ。
若き戦士たちは血の気が多く、揉め事になれば武力で解決する傾向が強い。
私闘により多くの若い才能が失われた過去から、学院は決闘台を設立し、死傷率の高い私闘を禁止する代わりに、審判立ち会いの元の決闘を許した。
しかし如何に審判がいるとは言え、戦闘にハプニングはつきもの。
決闘者が回復不能な重傷を負ったり、死亡したりする事故を完全に防ぐことは不可能だ。
ロイはいつも通り剣を二本持っていた。
腰の剣と、背中にある布で厳重に巻かれた剣だ。
彼は腰の剣を抜いた。
「いいのか? 本気で来なくて。
その背中の剣、奥の手なのだろう?」
戦士たるもの、皆何かしら秘密の奥の手を持っているものだ。
それを聞くことはマナー違反とされており、それはたとえ親密な関係にある友人でも同様だ。
なのでロイの背中の剣に疑問を抱く者はいても、詳細を尋ねる者はいない。
ロイ自身も今の時点では己が背負っている剣がどういうものなのかは知らないはずだ。
彼の父は、あの剣は強力な邪法具だから絶体絶命のピンチになるまでは決して使ってはいけないし、悪い者の手に渡らないよう肌身離さず持っておけ、とだけ言って彼に譲り渡したはずだ。
原作知識を持っている私は当然ながらあの剣が何なのか知っているが、教えてあげるわけには行かない。
ネタバレは死罪だ。
前世でも今世でも。
ロイは首を振った。
「こいつを使うつもりはない」
「そうか、好きにしろ」
私は剣を抜いた。
日本刀は使わない。
あれは裏の顔用であり、私の秘密の奥の手の1つでもある。
私は左手を身体の後ろに回し、右手だけで剣を構えた。
「片手のハンデをやろう。
あまり露骨な弱い者いじめは貴族の沽券に関わるのでね」
「ふん、後悔するぞ」
審判は我々の準備が整ったことを確認すると、開始の合図を出した。
その瞬間、ロイは剣を大上段に構え、突っ込んできた。
彼が身にまとう威圧感は紛れもないレベル20のものであり、その速度は前世だと陸上短距離走の世界記録を大幅に更新できそうなほどに速かった。
私はその場から動かず、剣をかざしてロイの剣を受け止めようとした。
しかし彼の剣が振り下ろされることなく、その代わりに彼は崩れ落ちるかのように一気に姿勢を低くし、足払いを仕掛けてきた。
それは教科書通りの剣技ではなく、極めて実践的なものだった。
私は思わず声を出した。
「面白い」
私はその場で低く飛び、ロイの足払いを躱した。
彼は足払いの回転の勢いのまま一回転し、剣を薙ぎ払った。
空中に浮いてる私に避ける術はない。
必中とも言える一撃だった。
私は間一髪で彼の斬撃を受け止め、そのまま「軽業」を発動した。
軽業とはスキルの1つだ。
スキルは体内の魔力を特定の経路、リズムで循環させることによって発動できる特殊能力のことで、軽業とは一時的に身体を軽くする、かなり汎用性の高いスキルだ。
本来であればスキルの発動には準備時間が必要だが、私はフォルダン家に伝わる特殊な技法でそれを極限まで短縮した。
もちろんこの技法は軽業などごく限られたスキルにしか使えないものだ。
全てのスキルに使えるようなチートじみた技法だったら、フォルダン家は伯爵家で収まるわけがない。
軽業によって軽くなった私の身体はロイの横薙ぎを受けて回転した。
そして次の瞬間、私は軽業を解除し、回転の速度と体重の乗った蹴りを繰り出した。
こういう対処をされたのは初めてだったのだろう、ロイは面食らった表情でもろにその蹴りを胸に受け、吹き飛ばされた。
このまるで曲芸のような一連のやり取りに、周囲の観衆は湧いた。
「あのロイっていう新入生の動き、俺だったら避けられたかどうか……」
「さすがイルク・フォルダン。
軽業をあんな一瞬で発動できるだなんて……」
「きゃー! イルク様ー! かっこいー!」
たたらを踏みながらも何とか倒れずにすんだロイは、好戦的な笑みを浮かべた。
強敵を前に奮起する、ジャ○プ系主人公によくある特性だ。
「すごい……これが天才剣士。
でも、俺は負けない。
父さんを侮辱したお前を、父さんの剣術で倒してみせる」
「試してみるといい」
深呼吸をしたロイは再び突っ込んできた。
彼の技は先程よりももっと鋭く、速いものだった。
しかしすでに彼の速度を見切り、その剣術が体術も交えたものであることも知った私には届くことはなかった。
数合の打ち合いの末、彼は再び吹き飛んだ。
さっきと同じ場所を、同じ強さで私に蹴られて。
力量差を思い知ったのだろう。
ロイの顔から好戦的な笑みは消えた。
「そんな……ここまで差があるなんて」
歳が1つしか違わないはずの私に、それも片手のハンデを背負った上でこうも簡単に負かされたことがショックだったのだろう。
ロイの表情からは悔しさが見て取れた。
ロイの技はレベル20を突破したばかりの戦士にしてはかなり上出来だった。
だがまだ足りない。
これではまだ負けてあげられない。
周囲の観客には確実にテレオの「目」がいるはずだ。
度を超えた手抜きでは不審に思われてしまう。
私はロイの手助けをしてやることにした。
「もう心が折れたのか?
何も自分を責めることはない。
蛙の子は蛙。
お前が臆病なのはお前のせいではなく、臆病者の父のせいだ」
「黙れ!」
私にまた父を侮辱されたロイは怒りに震えていた。
そろそろ爆発の臨界点に達しそうだ。
私はもう少し燃料を足してあげることにした。
「おや?
臆病なのは父親譲りではなく、母親譲りだったかな?」
母親はロイの逆鱗だ。
「黙れ!!」
予想通り、ロイの怒りは爆発した。
彼の目には不屈の精神と、絶対に勝つという強い意志があった。
それはまるで前世の私が小説を読みながら想像していた主人公そのものだった。
そんな彼を見て、私は自分自身でもコントロールできないスイッチが入ることを自覚した。
「黙らせて見ろ!!」
私はこの戦いで初めて自分からロイに攻撃を仕掛けた。
片手で繰り出した突きは、常人の目では捉えられないほどの速度で彼の心臓めがけて伸びていった。
今までの彼では絶対に受けきれない、レベル20台後半の力を込めた一撃だ。
事前に予定していた攻撃を遥かに上回る、それも急所を狙った一撃だ。
当たれば確実に死ぬだろう。
これは賭けだ。
主人公ならば、これくらいの逆境は容易く乗り越えるはずだ。
どうやら私は自分でも気づかないうちにかなり不満を貯めていたようだ。
私は転生者だ。
主人公であるべき存在だ。
だというのにこの一年間、私は正体の暴露を恐れ、綱渡りのように神経を張り詰め、コソコソと活動してきた。
好きだった原作ヒロインであり、婚約者であるエレアもあきらめてロイに譲るつもりだ。
そしてこれからは表では主人公一同に嫌われ、蔑まれながらも、裏では彼らをサポートする生活を送ることになるだろう。
これも全ては主人公を、ロイを活かすためだ。
彼が今後世界を救う存在になるからだ。
フォルダン家を滅亡から救うだけなら、彼を殺してこの数年をやり過ごし、そしていずれやってくる災厄から逃げ回れば良いだけなんだ。
私がこういう道を選んだのも、この世界を、前世の私が愛した原作の世界を救いたいと思ったからだ。
だが同時に私は心のどこかに疑問を抱いていた。
転生者である私が存在するこのイレギュラーな世界でも、ロイは世界を救う主人公でいられるのか。
これは試練だ。
私がロイに課す試練だ。
この試練に合格出来たら、私は彼を主人公として認め、計画通り彼のサポートをしよう。
だが合格出来なければ……私は彼を殺す。
彼を殺して、私が主人公になり、世界を救う。
「ああああ!!」
両親を侮辱された怒りと自らの命の危機を感じ取ったことで、ロイの中にある何かが覚醒したようだ。
私は彼からドス黒い、嫌な気配のする力を僅かに感じ取った。
魔人の力だ。
その力のほとんどは彼が背負っている剣に吸い取られたため、その気配は相対している私ですら事前にこの情報を知っていなければ感じられないほどに弱いものだったが、確かにそこにあった。
ロイの瞳が一瞬だけ赤く、怪しく輝いた。
彼の口元からは血が流れ出ており、魔人の力が彼に大きな負担をかけていることを示していた。
そして彼は私の必殺とも言える突きに横から剣を叩きつけ、そらすことで受けきった。
悪くない。
ギリギリだが合格点をあげよう。
手首を返し、剣の軌道を変えてロイの首を掻き切ることも簡単だったが、私はそのまま流れに身を任せ、姿勢を崩してみせた。
この好機をロイは見逃さなかった。
彼は私の肩に向かって剣を振り下ろした。
絶体絶命の状況の中、私は僅かに身体を傾け、彼の斬撃が私の肩を傷つけながらも最低限の軽傷で済むよう、姿勢を調整した。
うむ、これなら3日程度で完治するはずだ。
この世界の治療用魔法薬である治癒薬は大抵の傷なら跡形もなく治せる優れものだ。
だが予期していた痛みはやってこなかった。
ロイは斬撃の軌道を途中で無理やり捻じ曲げた。
彼の剣は私の肩を刃で切り裂く代わりに、腹で軽く叩いただけに終わった。
「そこまで!」
やや遅れて審判の声が響いた。
「ぐっ……」
それとほぼ同時にロイは膝を付き、血を吐いた。
最後の強引な軌道変更はただでさえ魔人の力で傷ついていた彼の体に、更に負担をかけたのだ。
ほとんど無傷の私に比べ、彼は満身創痍とも言えた。
だが彼が最後に私を斬る機会があったことは誰の目から見ても明らかだった。
「勝者、ロイ!」
審判の声と同時にエレアとソフィが決闘台に駆け上がってきた。
エレアは持っていた治癒薬をロイに渡し、ソフィは私からロイを庇うように彼の前で仁王立ちし、私を睨みつけた。
私はソフィを無視してロイに話しかけた。
「なぜあのまま振り下ろさなかった」
「そんな必要はなかった」
「わかってたはずだ。
私はお前を殺す気で突いた」
ロイはエレアに支えられながらもなんとか立ち上がった。
彼は首を振った。
「お前は悪くない。
あんな噂が流れたら、誰だって怒る」
私を見るロイの目はどこまでも真っ直ぐだった。
「でも俺はエレアとは本当にただの友達だ。
信じてほしい」
そして彼は声を張り上げ、周囲の観客に語りかけた。
「みんな、聞いてくれ。
俺とエレアに関して変な噂が流れていることは知ってる。
でも俺はエレアともソフィとも本当にただの仲のいい友達だ。
その根も葉もない噂が誰かを不快な気持ちにさせていることをよく考えてほしい」
フラフラになりながらそう語るロイの横顔を見て、私はなんとも言えない気持ちになった。
小説を読んでロイの全てを知った気でいたが、実際に相対して思い知らされた。
王道系主人公の真っ直ぐさが敵をも虜にするのはご都合主義などではなかった。
この純粋さは政治闘争に明け暮れ、荒みきった私のような人間の目には、まるで太陽のように映ってしまうのだ。
私は確信した。
やはり彼は主人公だ。
確かに今はまだ幼く、弱い。
だがいずれこの世界を照らす光に成長するだろう。
「お前の両親を侮辱した言葉、取り消そう」
それだけ言い残し、私は彼らに背を向けた。
私はイルク・フォルダン。
主人公ではない、ただの転生者だ。
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