14話 束の間の平穏

 無敗の天才イルク・フォルダンが新入生に決闘で負けた。

 この一大ニュースは瞬く間にイルシオン学院全体に広がった。

 片手というハンデがあった上での敗北ではあったが、それでも負けは負けだ。

 イルクの名声に嫉妬するものたちやフォルダン家の政敵たちはここぞとばかりに彼をこき下ろした。


 そんな中、話題の張本人である私はと言うと、ポイントを支払うことで借りられる密閉式の修行場にいた。

 貴族家というのは大抵の場合、門外不出の秘技というものを保有しているものだ。

 これらの秘技の中には貴族家の象徴になっているようなものもあれば、戦闘における優位性を保つために存在自体を隠し、見たものを必ず殺すよう徹底されているものもある。

 そういう秘技の鍛錬のために、こういう修行場があるのだ。


 因みに私がロイとの決闘で使った軽業の発動時間短縮もこの秘技に当たるもので、これは私の高祖父が偶然見つけたフォルダン家直系にのみ伝えられる技だ。


 私は等身大の鏡の前で自分の身なりを確認していた。


 顔にはこの世界においての侍の象徴である鬼面具。

 顔の下半分を覆うこの面具には、初対面時のソフィが使っていたペンダントほどではないが、同じような擬態魔法陣が仕込まれており、目に対する認識阻害と髪の毛を白くし、長さも髪質も変化させる擬態機能が備わっていた。

 声を変えるボイスチェンジャー機能もついており、中肉中背である私ならこの面具を被っていれば正体を特定されることはないだろう。

 10日間の稼働で中級魔核を1つ消化してしまう燃費の悪さが最大のデメリットだが、伯爵家の財産をある程度自由に動かせる私にとっては問題ではない。


 身体には学院制服の上に急所を守る軽量の和風防具。

 クルブス山脈での当世具足による完全武装と比べると随分心許ない装備に思えるかもしれないが、あれはどこから攻撃が飛んでくるかわからない戦場用のものだ。

 ダンジョン内では大型侵攻でもなければ、魔物の攻撃を引き受ける盾役以外は機動力を優先して軽装で挑むものである。


 腰には洋式の剣ではなく日本刀。

 風龍の牙と龍木が主材料のこの刀の銘は「村正」。

 理由は特にない。

 強いて言えばかっこいいからだ。


「悪くない」


 発した声は低く、無機質な声に歪められ、響いた。


 私はこの装備にかなり満足していた。

 思い描いた通りの中二心くすぐるかっこよさだ。

 私は抜刀をしては納め、抜刀しては納めを繰り返してかっこつけてみた。


 そして隣に控えていたサリアの母性溢れる視線に気づいた。


「……今のは抜刀術の訓練だ」


「はい、イルク様」


 うなずいたサリアの口角は心なしか少し上がっているように見えた。

 咳払いをして、私は話をそらした。


「クロドの方はどうだ?」


 軍隊出身のクロドには侍たちの指揮を任せていた。

 彼らは今もクルブス山脈周辺で活動しているはずだ。


「順調です。

 先週は密猟者を1つ潰し、山賊に襲われている商隊を1つ助けたと報告がありました。

 吟遊詩人の買収も相まって、侍の名は徐々にクルブス山脈を中心に義士として広まっています」


「その調子で続けさせろ。

 特にエルフ族との関係は重要だ、ダークエルフが絡む事件以外は積極的に手伝うよう伝えておけ」


「はい」


「それと、そろそろ増員を考えるようにも伝えてくれ。

 最終的には100人規模まで拡張したい。

 新兵の出身は問わないが、侍とフォルダン家との繋がりを知った者の口封じは徹底しろ」


 この世界の軍事は前世のそれとは大きく異なる。

 魔力という概念により人はレベルを上げることで神のごとき力を個人で所有することが可能になっている。

 文字通りの意味での一騎当千も可能だ。


 しかしこんな世界においても軍隊は非常に大事な力だ。

 高レベル戦士を育てるよりも安価に集められ、補充の利く存在としてだけではない。

 特殊な陣形を組み、戦士たちの魔力の流れを指揮官がコントロールすることで、軍隊は生ける魔法陣と化し、強大な力を発揮することができる。

 この陣形と魔力フローの組み合わせは戦陣と呼ばれており、最も有名な例が帝国建国期に将軍イルシオンが考案した10万の精兵を使った戦陣「炎の鉄槌」である。

 彼が帝国騎士団を率いてエギリス渓谷で炎の鉄槌を使って20倍の兵力差を覆し、更に神域級の超越者であった魔人族四天王の内3人を殺した伝説の一戦は、魔人族の敗退を決定的なものにしただけでなく、帝国が大陸の最も豊かな土地を独占している最大の理由でもある。


「エリスの方はどうだ?」


 クルブス山脈で掌握した女ダークエルフ、エリスはあの後解放した。

 彼女にはダークエルフの動向を流すよう言ってある。


「まだ連絡はありません」


 私はスペースリングに魔力を流し、エリスの魂とつながっているつがい蝉を取り出した。

 原作での行動から見るに、彼女は種族の利益を自分の命よりも優先するようなタイプではない。

 裏切りの可能性は低いだろうが、それでも警戒は必要だ。

 スペースリングに入れてるとつがい蝉の変化に気づけないため、定期的に取り出して確認しておく必要があった。


 つがい蝉はエリスが裏切れば鳴き、死ねば砕ける。

 どういう原理かはわからない。

 魂に作用する死霊学という学問は極めて複雑であり、時には常識や論理的思考が通用しない分野でもある。


 つがい蝉は相変わらず綺麗な光を放っていた。

 問題ないようだ。


 エリスがつがい蝉を無効化する心配はほぼない。

 彼女の魂からつがい蝉の存在を察知し、解除出来るのは神域級の死霊使いか神だけだ。

 そのどちらも今の彼女が接触できるような存在ではない。

 万が一接触できたとしても解除してはくれないだろう。

 つがい蝉を解除するより彼女を殺す方が遥かに簡単で理にかなっているからだ。


「彼女から連絡があったらすぐに私に伝えろ」


「はい」


 近々ダークエルフたちは大きな動きを見せるはずだ。

 計画を破壊することも出来るだろうが、それをしてしまうと原作が崩壊してしまう可能性がある。

 だが混乱に乗じて利益を獲得するくらいは問題ないだろう。


 私はしばらく剣術の訓練をした後、修行場を出た。

 外では学院に来るときに乗っていた馬車の御者が控えていた。

 彼は幼い頃からフォルダン家に仕えている下人だ。

 任務受注カウンターを見張らせていた彼がここにいるということは……。


「ロイたちがクエストを受けたんだな」


「はい」


 正義の味方、侍仮面の初披露だ。

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