8話 主人公登場

 突然私の前に現れた主人公、ロイ。

 確かに原作は入学試験の少し前から始まっていたが、そのエピソードが実際どこで行われていたかまでは小説には書かれていなかった。

 私はてっきり彼とは入学試験後に初対面を交わすことになると思っていた。

 しかしこの平民を助けるシーンは原作にはなかったはずなのだが、さすがは主人公、こういう定番イベントは物語外でもしっかりこなしていたということか。

 思わず感心してしまったが、状況はあまり良くない。

 彼は完全に私がこの平民虐めの首謀者だと勘違いしているようだ。


 ロイはイオの言葉にも、彼の背後で威圧感を放っているレベル30台の護衛にも動じず、険しい表情で首を振った。


「お前が誰だかは知らないが、こういうことはよすんだ」


 主人公らしいセリフだ。

 貴族にも人数差にも怖気づかない度胸も非凡だ。


 ここで私がすべきことは、護衛たちにロイを追い払うよう命じることだ。

 現状を説明し、釈明するなどという選択肢はない。

 貴族が、それも伯爵家の嫡子である私が平民相手に長々と説明して許しを乞うたなんて知られれば、フォルダン家の次期当主は軟弱者だと噂されるだろう。


 他人の目なんて気にするなという意見もあるかもしれない。

 しかしそれは背負うものがない者たちの考え方だ。

 私は家族に思い入れのないぽっと出の憑依系転移者でも、家族に対する帰属感が希薄なタイプの転生者でもない。

 私は転生者であると同時に、正真正銘のイルク・フォルダンであり、自らの血筋に誇りを持つ貴族だ。

 フォルダン家の家紋に泥を塗ることはできない。


 ロイが同じ学院に通う学友であればそういう選択肢もあったが、彼は入学試験前、つまりまだただの通りすがりの平民剣士でしかない。

 それに彼が試験参加生であることも、私は知らない設定だ。


「そうよ、こんなことはやめなさい。

 フォルダンだかフォルドンだか知らないけど、こんなことして恥ずかしいとは思わないの?」


 主人公登場の衝撃に思わず無視してしまっていたが、ロイは一人ではなかった。

 彼の隣には少女と老人が立っていた。

 声を発したのは少女の方だ。


 少女の言葉が終わると同時にゲイルが動いた。

 彼は一歩踏み出すと、レベル50台の威圧を全開にして少女に吠えた。


「小娘、フォルダンの名を侮辱したな」


 ゲイルほど大きな反応は示さなかったものの、私の背後に立つサリアも微かに殺気を放っていた。

 彼らはフォルダン家の忠実な下僕。

 フォルダンの名に敬意を払わない者には、たとえ相手がいたいけな少女だろうと躊躇せず刃を向けるだろう。


 突然の強大な圧力に、主人公一行3人は顔を白くして後退りした。


「ゲイル、下がれ!」


 本来ならゲイル同様激怒しなければならない私だが、強い口調でゲイルを下がらせた。


「どうか部下のご無礼をお許しください、ソフィ殿下。

 私の名前はイルク・フォルダン、帝国伯爵家の者です」


 私は先程イオが私にした貴族礼を、あの少女に向けてした。

 もちろんイオの拙いそれとは違い、フォルダン家の跡取りとして幼少の頃から貴族の礼儀作法を叩き込まれている私の貴族礼は完璧だ。


 そう、主人公の隣に立っている、どう見ても人間のあの少女はエルフ族の王女、ソフィ・エルリーンだ。


「え?」


 ロイはキョトンとした顔でソフィを見ていた。

 それもそのはず、ロイがソフィの正体を知るのは原作だと、試験会場で身分検査をされたときだ。

 その時期を早めたことは早くも原作ブレイクといえる行動だったが、主人公の性格を考えれば、大差はないはずだ。


「はー、バレちゃった」


 私を一睨みした後、ため息をつくと共にソフィは首から下げているペンダントに手を触れた。

 青い光と共に擬態魔法陣が解除され、彼女の姿が僅かに変わった。

 元から美しかった容姿は面影を残しつつより美しく、耳は人間のものから尖ったエルフの耳に。

 ただでさえ美しいエルフの、それも王族の血統を継ぐ存在。

 原作のヒロインの一人でもある彼女の真の姿は、思わずため息が出るほど美しかった。


「改めて自己紹介をするわ、ロイ。

 あたしはソフィ・エルリーン。

 エルフ族の王女よ」


「……」


 呆けているロイに、ソフィは寂しげに笑いかけた。


「あんたとの旅は楽しかったわ。

 でも、正体がバレたらもう終わりね。

 残念だわ、初めて出来た友達なのに」


「……」


 ロイはまだ呆けていた。

 ソフィは首を傾げ、彼の顔を覗き込んだ。


「ねぇ、ねぇったら。

 聞いてるの?」


「……」


「ロイ!」


 ロイはハッと我に返ると、頭をかきながらあやまった。


「ご、ごめん。

 ソフィが急にきれいになったから見とれてたよ」


 主人公の天然砲に、ソフィは顔を赤らめた。


「ちょっと、聞こえてたの?

 あたしはエルフ族の王女よ?」


「そっか、でもソフィはソフィじゃないか。

 俺の友達のソフィだ」


「……」


 今度はソフィが呆けた表情を浮かべた。

 そしてやや間が空いて、彼女は笑った。


「ふふふ、やっぱりあんたは面白いわ、ロイ」


 よくある主人公と身分が特殊な人とのテンプレ的やり取りだ。

 イオの平民虐めといい、テンプレの摂取過多でお腹が痛くなりそうな気がしてきた。


 感動的な友情の再確認を終えたソフィは、思い出したかのように我々の方を向き直った。


「どうしてあたしの正体がわかったの?

 どこかで会ったことあったかしら?」


「直接話したことはありませんが、去年の建国祭でお見かけしました。

 あなたの美しさは、魔法では隠しきれないものがあります」


 原作知識がなかったら気づけなかっただろうが、それは秘密だ。

 ソフィは納得したようだ。


「ふーん、それで?

 あんたたちはどうするつもり?」


 難しい質問だ。

 真犯人はイオなのだから彼を差し出したいところだが、それは出来ない。

 確かに彼女は王族で、我々よりも地位の高い存在だ。

 しかし彼女は異国の、それも異族の王族だ。

 あまり弱気にですぎると帝国貴族として威厳を損なうことになる。


「さぁ、私は通りかかっただけですよ。

 今丁度離れようとしていたところです」


 そう言って私はこの場を離れる素振りを見せたが、ロイはそれを許さなかった。


「そんな言い訳が通用すると思うのか?」


「ではどうしろと?」


「せめて謝ったらどうなんだ」


「謝罪する理由がない」


 冗談じゃない。

 たとえ本当に犯人が私だったとしても、ここで平民に頭を下げるわけにはいかない。

 しかしあまりロイたちを刺激するのも良くない。

 ここで原作ブレイクなんてしてしまったら、私の最大の武器である原作知識が役に立たなくなってしまう。

 仕方なく、私は少し譲歩した。


「だが、そこの彼をイオの護衛が不注意で怪我させてしまったのは事実だ、医療費は出そう」


 私がそう言うと、私の御者がサイフから金を取り出し、どうして良いかわからず座り込んでいる農夫に渡した。


「これで問題ないね?」


 この質問は農夫に対してのものだ。

 彼は手元にある、自身の数年分の収入はあろうかという大金に目を丸くして、しきりに頷いた。


「では、失礼」


 私はソフィに会釈だけすると、主人公一行に背を向け、馬車へ向かった。

 今度は止める声はなかった。




 誘った手前反故する訳にも行かず、私はイオを馬車に招いた。

 男爵家の、それも重要視されていない三男である彼は、私に招かれたことと馬車の豪華さに興奮しっぱなしで、終始喋り続けていた。

 これは最悪の午後になるな、と危惧した私だが、印象点最悪の彼はいざ話してみると意外にもユーモアのある人物で、話すにつれ彼の印象はどんどんと良くなっていった。


 こういうことはよくある話だ。

 人の心は複雑だ。

 たとえ平民を虐げる悪徳貴族でも、他の誰かにとっては尊敬できる父や頼れる友人だったりするものだ。


 事務棟で手続きをしなければならない彼と別れ、寮へ向かう馬車の中。

 私はサリアの頭部マッサージに目を細めつつ、ゲイルと話していた。


「しかし、まさかエルフの王女が護衛もなしに人間と出歩いてるなんて……」


 ゲイルは主人公一行のことが気になっているようだ。

 平民とエルフ族の王女。

 確かにアンバランスな組み合わせだ。


「護衛はいたさ」


「……あの老人ですか」


「間違いないだろう」


「となると……レベル60」


 レベル50台の絶対強者であるゲイルの目を騙せる存在は多くない。

 それに王族ともなればレベル60台の護衛をつけていることもあり得なくはない。

 彼の推測は正しかった。


「しかしなぜ彼は凡人を装っていたのでしょう?」


 ゲイルが威圧をかけた時、あのアレフという老人はまるで一般人のように気圧されていた。

 そのことを言っているのだろう。


「ソフィはエルフ王夫妻の頭を悩ませているお転婆娘だ。

 彼女に自分の護衛がレベル60の守護者だなんて知られたらどんな事をしでかすか……。

 エルフ王はそれを危惧して彼に実力を隠させているんだろう」


「なるほど、王女自身も知らないというわけですか」


「おそらくはね」


 ゲイルは私の推測を信じて疑わなかった。

 それはフォルダン家に対する盲信だけではない、この一年の間に私が原作知識を活用して起こした行動の数々が、ことごとく成果を上げたという実績から来る信頼だ。


 レベル60台。

 守護者とも呼ばれるこのクラスの強者は、国家の最高戦力である。

 その力はレベル50台の戦士を遥かに超えており、アレフがその気になれば、あの場にいる全員を、ゲイルも含めて数秒のうちに殺害できるだろう。


 それ以上の、レベル70以上の戦士は伝説や神話の中の存在だ。

 もちろん原作ストーリーが進むにつれて、そういう存在も次々と現れるようになるわけだが、それは大分先の話だ。


 私は窓の外の茜色になった空を見て、ボソリとつぶやいた。


「今年は楽しくなりそうだ」

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