5話 エルフの友情

 捉えられていたエルフは13人だった。

 馬車の周りの戦いの惨状を見て、彼らはようやく私の言葉を信じた。

 彼らに食料と装備を分け与え、エルフ領の方角を指し示してやると、緊張の糸が切れたのか、彼らはそれぞれのやり方でストレスを発散した。

 泣き崩れるものもいれば、神に感謝を捧げる者もいた。


 神に感謝するくらいなら私に感謝しろ、と私は思ったが、ぐっとこらえて口には出さなかった。

 この神が実在する世界において、神を悪く言うことは自殺行為に近い。

 エルフたちはその言葉を聞いた瞬間、命を救われた恩など綺麗サッパリ忘れ、激しく私を非難するだろう。


 一人の男エルフが私に近づいて来た。

 彼はかなり衰弱はしているものの、微かにレベル40台の威圧感を放っていた。


「助けてくれてありがとう。

 私はイルレオ・クラデウス。

 エルフ軍の中佐だ」


 そう名乗り、イルレオは敬礼をした。

 彼はこの商隊の最重要貨物だ。

 ダークエルフ族が3人ものレベル40台の護衛を付けていた理由でもある。


 私はわずかに湧き上がる不快感を抑え、イルレオと挨拶を交わした。

 何も彼に偏見を抱いてるわけではない。

 自分よりもかっこいい同姓を嫌うのは、男としてごく自然なことだ。

 ……そうだよね?


 イルレオはあたりを見渡した。


「私の記憶に間違いがなければ、ここにはレベル40台のダークエルフが少なくとも3人はいたが……」


「ああ、彼らならここにいる」


 私クロドの方を指し示すと、彼は2つの「球」を地面に転がした。

 ダークエルフたちの首だ。


「なんと!

 彼らを始末したのか!?」


 イルレオの表情は嬉しさよりも驚愕が勝っていた。

 レベル40台の強者というのはそう簡単に仕留められるようなものではない。

 そのレベル帯まで上り詰めた者たちは数々の死線をくぐり抜けた猛者ばかりだ。

 往々にして独自の逃げる手段というものを備えているものである。

 寿命が縮むほどのドーピングを重ねたレベル57の、それも攻撃力に特化した狂戦士であるゲイルでなければ、レベル50台の絶対強者を持ってしても3人とも残していくことは難しかっただろう。


 イルレオの我々を見る目に感謝の他に敬畏の念が浮かんだのがわかった。

 レベル40代の強者を狩るノウハウをもっているか、レベル50の絶対強者を保有しているか。

 いずれにしても我々が尊敬に足りる戦闘集団だということが、彼に伝わったはずだ。


 イルレオは我々の素性や戦闘力の詳細について聞くようなことはしなかった。

 我々が面具を外さずにいたからだ。


 私はうなずいた。


「ああ、かなり苦労したが、何とかなった」


 これは嘘だ。

 だが恩は売れるときに出来るだけ大きく売らなければ。

 苦労して助けたんだ、というイメージをできるだけ強く与えたい。


「ああ、レベル40台の強者を殺すのは簡単なことではない。

 それも相手は3人いたんだ」


 イルレオは信じたようだ。

 まぁ普通に考えればそうだ。


「恥ずかしながら、私は休暇中に彼らの不意打ちを食らって捕まったんだ。

 もう一度礼を言わせてくれ、ありがとう」


 イルレオはもう一度敬礼をした。

 私はうなずいて、エリスの所在に関して嘘をついた。


「もう1人は逃してしまった。

 仲間を見捨てて一目散だ。

 ダークエルフは小賢しい生き物だよまったく」


 ダークエルフを捕らえたと知られれば、引き渡しを要求されるだろう。

 エリスには用がある。

 それは避けなければならない。


「それは残念だ。

 仲間を見捨てたか。

 奴らは奇襲と不意打ちしか能の無い臆病者だ」


 イルレオは私に同調し、ダークエルフの生首につばを吐きかけた。


「この薄汚い混血児どもが、帰ったらすぐにツケを払わせてやる」


 前世では炎上確定の人種差別バリバリの発言だが、この世界ではごく普通の意見だ。

 私からすればどちらも亜人だから大して変わらないし、仲良くすれば? とも思うわけだが。

 いや、これもこれで差別的な思想か?

 差別問題は難しい。


 しかしイルレオを敵に回したことで、ダークエルフたちの立場は更に悪くなることだろう。

 中佐の誘拐未遂ともなれば軍も黙っちゃいない。

 もっともこの件がなくともエルフ軍はダークエルフを消したがっているだろうが。


 ダークエルフの存在は、エルフの先祖に魔人と交わっていた者がいる、という証拠だ。

 魔人との混血はどの種族にもある程度はいるが、ダークエルフのように一つの種族として称される程に規模の大きなものは他に例を見ない。

 いつしか、エルフと魔人は惹かれ合っている、という噂がエルフ嫌いで有名なドワーフを中心に広まり、プライドの高いエルフたちはそれに激怒していた。

 それもあって、エルフたちのダークエルフに対する迫害や差別は日に日に酷くなっていくばかりだった。

 まぁ人間の私には関係のないことだ。


 イルレオは両手を合わせ、眉間にシワを寄せた。

 少しすると、彼の手は一瞬緑色の光を放った。

 再び広げた彼の掌には、一枚の魔力によって構成された葉っぱが乗っていた。


「侍、我が友よ。

 このイルハの葉を受け取ってくれ。

 困ったときにこれをエルフ軍の者に渡してくれれば、私に連絡が届くはずだ。

 すぐに駆けつけて力になろう」


 イルハの葉はエルフの種族魔法だ。

 これによって生み出された葉には術者の魔力刻印が込められており、食べたら少量の魔素を吸収できるくらいの効力しかないが、エルフとの友情の証として贈られることが多い。


 エルフ軍における中佐の権限は大きい。

 彼らは必要があれば上官の許可無く軍を動かせる。

 イルレオの友情は大きい収穫だった。

 しかしそんな彼でも、今回の作戦のメインターゲットではない。


 私はちらりと女エルフたちに目を向けた。

 エリスもイルレオもここにいたということは、彼女らの中に間違いなくケディアというエルフがいるはずだ。

 彼女とも接触したいところではあるが、こちらから話しかけるのは少々不自然だ。

 まぁ直接的な接触をしなくても、この恩を忘れることはないだろうから、問題はない。


 ケディアはフォルダン家滅亡のキーパーソンの一人だ。

 このまま行けば彼女の死にフォルダン家が関わることになり、彼女と姉妹同然の絆を持つエルフ族の王女にして主人公一味のメンバーであるソフィ・エルリーンにフォルダン家が恨まれてしまうのだ。

 主人公一味と対立した結果は当然フォルダン家の惨敗に終わる。

 用済みとなったフォルダン家はとかげの尻尾切りをされ、エルフ族の人身売買やその他諸々の罪を背負わされ、一族郎党処刑されるのだ。


 ここでケディアを助け、フォルダン家と主人公一味の完全対立を未然に防ぐことが、今回の作戦の目的だ。

 そして私が良きタイミングで正体をカミングアウトし、主人公陣営に加入すれば、フォルダン家も安泰と言えるだろう。


 しばらくイルレオと談笑を交わし、負傷者の手当が終わったところで、我々は彼らと別れを告げた。

 送っていった方がより親密な関係になれるし、ケディアにも接近出来るチャンスが生まれるのだが、それはリスクが高すぎた。

 エルフ領に入ってしまったら、きっと手厚い歓迎を受けるはずだ。

 それでエルフ族上層部の目に入り、正体を探られてはフォルダン家の立場が危うくなってしまう。

 我々は通りすがりの勇士であり、エルフ族に恩義がある謎の組織という立場で丁度いい。


 幸いここはエルフ領に近いし、彼らにはイルレオがついている。

 一度は捕まったものの、レベル40の強者が護衛についている集団の安全を脅かせる驚異はそう多くはない。

 余程のことがない限りは安全に帰れるはずだ。


 さて、次はエリスだ。

 ケディアは第一章におけるフォルダン家の生存のために必要な布石だったが、彼女は第二章における、フォルダン家が伯爵家から公爵家、いや、大公にのし上がるための布石になるだろう。

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