4話 奴隷救出
「開けろ」
私の言葉とともに、控えていた手下が貨物車の鍵を乱暴に壊し、扉を開けた。
その瞬間、解き放たれる悪臭。
汗と排泄物の臭いに、私は思わず顔をしかめた。
光の加減の関係で奥までは見えないが、貨物車の中には檻が並んでいた。
檻の中に入っているのはこの商隊が運んでいる品物。
私が彼らを密猟者と呼んでいるように、彼らが狩った獲物が並んでいた。
エルフだ。
この大陸で最も美しく、優雅だとされる種族は、檻の中で魔力を抑制する枷をはめられ、閉じ込められていた。
この商隊は人身売買をしていたのだ。
言うまでもなくこれは犯罪である。
エルフ族はエルフを売買する全ての組織に対して多額の懸賞金を懸けており、現存する全ての国、それこそ人身売買が制限付きで合法とされている帝国においても、エルフの売買は許可されていない。
しかし美しいものを求めるのは人の性。
エルフ族がいくら脅しをかけようとも、法律でいくら禁止しようとも、美しいエルフは裏市場では最も人気な商品の1つとして知られていた。
富裕層の紳士淑女たちは、エルフ奴隷のためなら大枚をはたくことをためらわない。
禁止令は奴隷売買の抑止力ではなく、密猟者たちが値段を釣り上げ、暴利を貪る口実となっていた。
檻の中から、エルフたちが静かにこちらを見ていた。
その目には激しい憎悪と、私の奇妙な出で立ちに対する微かな戸惑いが感じられた。
彼らは知らないのだ。
外で起きたことを。
本来であればこの貨物車はこのまま辺境の検閲を通り、帝国内部まで運ばれる予定だ。
その最中に中の商品たちが大声を出して助けを求められないよう、貨物車の壁には音声遮断の魔法陣を設置していた。
なぜ私がこうも詳しいのかと言うと、このエルフ奴隷ビジネスにはフォルダン家も関わっているからである。
もちろんこの危険で、暴利を生む事業をフォルダン家は単独で仕切っているわけではない。
フォルダン家を含む、いくつかの大貴族が手を組んで運営しているのだ。
私の権限では確信的な情報はつかめなかったが、噂では皇族の関与もあるとかないとか。
これに関して私が思うことは特にない。
フォルダン家の広大な領地と軍隊を維持するには莫大な資金が必要だ。
税収などの合法的収入のみに頼っていては、支配力が弱まり、虎視眈々とフォルダン家の弱みを狙っている政敵たちに食われてしまうだろう。
綺麗事を言いながらフォルダン家の繁栄を保証できるほどのチート能力を貰ったなら別だが、残念ながらそうではない。
世界を浄化する役目はこの世界の主人公に任せよう。
「お前たちを解放しに来た。
我々は侍、自由と正義を求める者たちだ」
事前に用意しておいた、心にもない嘘だ。
私は彼らに、いや、彼らの中のいるはずの一人のエルフに強い印象を与えなければならない。
侍、つまり我々が善人であり、そのために戦っていることを。
少し間が空いた。
私はじっと彼らが私の言葉を理解するのを待った。
「……ほ、本当か?」
かすれた声で一人の男エルフが言った。
どうやら突然のことに、まだ信じられないようだ。
幸せな日常を送っていたら突然襲われ、密閉した空間に閉じ込められ、これからお前たちは奴隷になると告げられて全ての希望を奪われていたのだ。
急にあなたは自由ですよと言われても、からかわれているのかと身構えるのも無理はない。
「もちろんだ。
今開けるから、姿勢を低くしてくれないか」
私は腰の刀に手を添えた。
この世界の一般的な太く、肉厚のある、重量のある刀ではない。
日本刀だ。
前世の私はしがないサラリーマンだったが、1つだけ誇れるものがあった。
幼い頃から続けて来た剣術だ。
腕前は道場でもトップクラスの免許皆伝。
実生活では役に立つことは一度もなかったが、この世界は剣と魔法の世界。
魔力によって強化された日本剣術は、想像以上の力を秘めていた。
鍔に手をかけ、構える。
居合だ。
前世の私は剣術の中でも、特に居合術に熱中していた。
理由は当然かっこいいから。
私と同じように某るろうにアニメの影響で居合術が好きになった同門は少なくなかった。
……私はミーハーではない。
多分な。
この刀は特注のものだ。
鞘には風龍の巣に生え、ドラゴンの魔力と共に成長した龍木が使われていた。
刃は風龍の牙と特殊な金属を魔法で融合させた素材で出来ている。
牙は当然ワイバーンのような紛い物のではなく、正真正銘のドラゴンの牙だ。
これらは武具に使われる素材としては最上級のものだ。
私がフォルダン家の唯一の男児でなければ、手に入れることが難しかった逸品だ。
左手から鞘に魔力を送ると、鞘の龍木がそれに反応し、やや熱を帯びた。
私の魔力を風属性のものに変換して、刃に伝えているのだ。
鞘の中でふんだんに風属性の魔力を吸った風龍の牙製の刀が居合術と組み合わさった時、それは強烈な斬撃を放つ。
脱力状態から一気にトップギアへ。
抜き払われた刃は細く、鋭い剣気を放った。
その剣気は凄まじい速度で宙を飛び、檻をいとも容易く切り裂いた。
手応えはほぼない。
この程度の素材は、この刀の前には空気とほぼ変わらないのだ。
風の剣気。
同じような武器を持った私と同レベルの剣士なら、似たようなことが出来るはずだ。
しかし私のこの一撃のように風の力を内に秘め、周囲に被害をもたらすことなく、そして檻を切った後にその先にある車体に傷をつけずに空中で霧散させることを真似できる剣士は、おそらくレベル60台の剣聖と呼ばれるような戦士か、生まれながらに剣心を持った神に愛された天才くらいだろう。
「お見事です」
すかさずサリアが私をよいしょした。
前世の私はなぜ偉い人達が能力を持っている人ではなく、太鼓持ちを出世させたがるのか、わからなかったのだが、今ならわかる。
可愛いからだ。
切断された檻の上半部を手下たちが取り除くと、エルフたちがよろよろと立ち上がり、恐る恐る壊れた檻をまたいだ。
「まずはここから出よう。
ここは……その……ひどい臭いだ」
私は彼らに背を向け、手を振った。
手下たちはエルフたちを支え、外に連れ出した。
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