3話 絶対強者

 戦場に現れたレベル40台の強者3人。

 護衛隊長も含めれば3人半という強大な戦力。

 雑兵の頭数さえ揃えれば、小さな街なら落とせそうな戦力だ。

 こんな辺境の地の商隊に、こんなに強大な戦力が潜んでいるとは誰も思うまい。


 しかし私は驚かなかった。

 知っていたからだ。

 そしてこの問題を解決する手段を、私は持っていた。


「女は生け捕り、男は殺せ」


「はっ」


 私が指示を下した瞬間、戦場の後方で控えていたゲイルが爆音と共に残像を引きずる程の速度でダークエルフに接近した。


「なんだ!?」


 突然の事態に驚愕し、のけぞりつつ、戦士の本能を頼りに防御態勢を取るダークエルフ。

 しかし抵抗虚しく、次の瞬間、彼の首が飛んだ。


「う、嘘……」


「レベル50……!?」


 一般人では立っていられないほどの威圧感を放ち、戦場の真ん中に仁王立ちするゲイル。

 そう、ダークエルフの推測通り、彼はレベル50台の絶対強者だ。

 人の限界を超え、神の領域へと近づきつつある、フォルダン家にも数えるほどしかいない戦士だ。


 この域に至った戦士は、自らが長となってギルドを興せる存在だ。

 他人の勢力下に入ることはあっても、下人のように振る舞うことはない。

 これほどの存在を下人として従えられるのは大貴族とその嫡子くらいだ。

 つまりは、私のような地位にいるものだ。


「逃げろ!」


 残ったもうひとりの男ダークエルフは、少女に向かってそう言うと、ゲイルに立ち向かった。

 自分を犠牲にして彼女を守るつもりなのだろう。

 しかし彼のその忠誠心は意味を成さなかった。

 ゲイルの斧は容易く彼の剣を弾き、その首を刎ねた。


 本来であれば、いかにレベル50の戦士だろうと、レベル40の、それも魔人の血を継ぐ亜人の戦士をこれほどまでに容易く仕留めることは出来ないはずだ。

 だがゲイルは自身の力で成り上がった野良の戦士ではない。

 フォルダン家がその権力と財力で作り上げた殺戮マシンだ。

 幼い頃から並の貴族でも手が出せないような高価な薬品で身体を強化し、武術とフォルダン家の忠誠心を叩き込んできた。


 もちろんいかにフォルダン家が大貴族の一員だとは言え、副作用のない最上級の強化薬を血族でもない者に与えるほどの余裕はない。

 彼に与えられているのはあくまでも副作用を伴うものであり、そのため、その副作用と度を超えた鍛錬によって彼の体は蝕まれていた。

 常人では決して届かないレベル50という高みと、同レベル帯でも最強クラスの戦闘力。

 それと引き換えに彼が失ったものは寿命とレベル60への道だ。

 もっとも本人は副作用のことなど気にもしていないだろう。

 フォルダン家の役に立つことこそが、彼の生まれてきた理由であり、生きる意味なのだから。


 仲間二人を失った少女はただ呆然と地面に転がる仲間の首を眺めていた。

 さぞかし心を痛めているのだろう。

 魔人の血を含むが故に迫害を受けるダークエルフにとって、レベル40台の強者は貴重な存在だ。

 ダークエルフのエルフ族からの独立を悲願としている彼女にとっては、受け入れがたい損失だ。


 周囲を取り囲んでいた護衛たちは武器を捨て、投降した。

 この辺境では、レベル50の絶対強者はいわば核兵器だ。

 ゲイル一人で容易く彼らを全滅させられるだろう。

 彼らに勝ち目はない。


 ゲイルが出ていれば最初から起きなかった戦いだったが、この戦いに意味がなかったわけではない。

 彼らには侍たちの実戦訓練に付き合ってもらってたのだ。


 私は木から飛び降り、戦場に近づいた。


「損失は?」


 クロドが答えた。

 彼にはこの侍たちの指揮を任せている。


「軽傷者5、重傷者2、死者はいません」


「悪くない」


 今回の相手はレベル20後半から30前半で構成された組織だ。

 決して弱くはない。

 侍軍団は建設して半年。

 今の時点でこれだけ戦えるなら、このまま鍛えていけば原作でもかなり役に立つはずだ。


「捕虜はどうしますか?」


「密猟の証拠と一緒に衛兵局につきだせ。

 我々は正義の味方だからな」


 それは実質無意味な行為といえた。

 彼ら密猟者がなぜこうも容易く国境を、こんなに大きな荷車まで引き連れて行き来出来るのか。

 理由は簡単だ。

 彼らは衛兵と癒着しているからだ。

 いや、正確に言えば、彼らは衛兵と同じ主に仕えているのだ。


 密猟は巨大なビジネスだ。

 彼らも衛兵も、その歯車の1つに過ぎない。

 彼らを衛兵局に連れて行ったところで、翌日には彼らは釈放され、酒場で今日の失敗を愚痴っているだろう。


 なので、これはあくまでもポーズだ

 我々侍が正義の味方であるということを印象づけるためのパフォーマンスでしかない。


 私はダークエルフに近づいた。

 彼女は原作の通りの美しい少女だった。

 もっともエルフの血筋を引く彼らは老若男女問わず、人の審美眼からすれば美しいものだが、原作でも名のあるキャラである彼女は特別美しかった。


「あなたたちは何者ですか!?」


 少女は怯えていた。

 可憐な少女が瞳に涙を浮かべ、しかし必死に恐怖に耐え、震えながらも立っているのだ。

 なんとも保護欲をくすぐる光景だった。


「我々は侍だ」


「さむらい?」


「まぁ、正義の味方に近い意味として捉えてくれ」


「正義の味方なら、なぜ我々を襲ったのですか?」


「それはお前たちが邪悪だからだよ、エリス」


 少女の目をじっと見つめていた私は、彼女の顔色が一瞬変わったことを見逃さなかった。


「エリスって誰のことですか、私はエイミー、この商隊の護衛を頼まれただけです」


 少女の言葉に私は肩をすくめた。

 原作知識を持つ私に彼女の嘘が通用するはずもなかった。

 私は手甲を脱ぐと、乱暴に彼女の顎を掴み、その目を覗き込んだ。


「私は知っている。

 君の名がエリス・エグマスコフだということも、君の兄がクレイン・エグマスコフだということも」


 私の言葉は少女――エリスの仮面を完全に剥がした。

 可憐な少女の表情は消え、怒りと憎しみ、そして驚愕が入り混じった表情がそれに取って代わった。


「なぜそんな事を、お前は誰だ!?」


 私は吠えるエリスの頬をそっと撫でた。

 彼女の肌は絹のように滑らかで、同時に柔らかかった。


 自身に敵意を持つレベル40の強者に無防備で近づくのは自殺行為だ。

 だがエリスのすぐ後ろにはゲイルがいた。

 ゲイルなら彼女が動く素振りを見せた瞬間に彼女を無力化出来るだろう。

 怒りに震える彼女もそのことは理解していたようで、彼女は私を睨みつけながらも抵抗しなかった。


「ふむ、さっきの表情もそそられるが、こっちも悪くない」


 原作でのエリスは正真正銘の悪女だ。

 その可憐な外見と演技で主人公勢を手玉に取り、一時は仲間割れまでさせた敵キャラだ。

 当然、悪役である彼女の失敗は約束されたもので、最終的には悪事が露見し、主人公たちの絆をより深くしただけに終わったのだが。


「連れて行け、彼女は後だ」


 今回の行動のメインターゲットは彼女ではない。

 この商隊が運んでいる貨物だ。


 貨物車の前に立った私は、深呼吸して気持ちの高ぶりを抑えた。

 これから行うことは、フォルダン家を救うための第一手だ。


「開けろ」

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