2話 商隊襲撃
瞬く間に10ヶ月が過ぎた。
私は帝国東部にある、帝国領とエルフ領を隔てるクルブス山脈の数ある山頂の1つにいた。
麓に小さく見える商隊を冷ややかに見下ろす私の背後には3人の腹心が片膝をついていた。
彼らはフォルダン家の精鋭部隊から選りすぐった私の親衛隊だ。
フォルダン家に絶対的な忠誠を誓う者たちである。
我々は皆一様にこの世界には存在しないはずの、和式甲冑である当世具足を身に着けていた。
顔は鬼を模った赤い面具で隠しており、私以外のメンバーの武器が西洋式であることを除けば、完全に侍のコスプレ集団である。
もちろん、この装備はただのコスプレではなく、しっかりと実用性のある甲冑なのだが。
この西洋甲冑しか存在しない世界で当世具足を再現するにはかなり骨が折れた。
私が、ではない。
フォルダン家お抱えの鍛冶屋が、だ。
貴族の権力とはそういうものだ。
私の願いを叶えるために、下の者たちが死力を尽くすのだ。
「あれで間違いないんだな」
私の発した声は面具に設置された魔法陣によって低く、冷たい声に歪められ、響いた。
私の言葉に答えたのは、膝をつく親衛隊の三人の中でも一際身体の大きい男。
彼の名はゲイル。
親衛隊の中でも最も強い、私の右腕だ。
背中に背負う巨大な斧からも分かる通り、彼は狂戦士だ。
「はい、時期と規模を満たす密猟部隊は彼らだけです」
「強襲の用意は?」
「配備済みです」
「始めろ」
「はっ」
私の言葉とともに2人が消えた。
残った女ーーサリアは私の側近だ。
身の安全を完璧に確保できない場では私の傍から離れることはない。
少しすると、視線の先の商隊の周囲を取り囲うように木々の合間から具足模った軽鎧を身に纏った兵士たちが飛び出した。
人数は30。
私に仕える私兵団だ。
彼らも私と同じような、鬼を模った黒の面具をしていた。
この面具は何もかっこ良さのためにつけているものではない。
いや、かっこよさも非常に大事なポイントではあるが、それだけではないということだ。
身分を隠さなくてはいけないのだ。
彼らは私が原作におけるフォルダン家の悲惨な運命を打ち砕くために用意した力。
フォルダン家の裏切りが少なくとも主人公陣営の勢力がフォルダン家を庇えるほどに成長するまでは悟られないように、そして恩を売る際にしっかりと印象を残せるように、こういう格好をしているのだ。
もとよりここクルブス山脈は山賊が出没する場所、商隊も当然警戒しており、その反応は迅速だった。
彼らは素早く防衛体制を取った。
同時に、馬に乗った護衛隊長らしき男が手を振りながら前に出てきた。
交渉するつもりなのだろう。
こちらを山賊だと思っているのだ。
山賊は商隊を襲うが、何も毎回命を懸けて戦っているわけではない。
大抵の場合、山賊は武力を見せつけ、商隊は金を払って事を済ませる。
クルブス山脈にはそういう文化が根付いていた。
だが残念なことに我々は山賊ではないし、目的も金ではない。
事前に私の命令を受けた強襲部隊は男を無視して商隊に襲いかかった。
熾烈な戦いが始まった。
商隊の護衛団は国境をまたぐ仕事を請け負うだけあってかなりの手練が揃っていた。
並の山賊では太刀打ちできないだろう。
数も30対55とこちらが負けていた。
しかし戦況はこちらが優勢だった。
個々の力はそう変わらないかもしれないが、集団戦というのは連携の力が大事になってくる。
彼ら護衛団は基本傭兵の寄せ集めだ。
多少の個人間の連携はあれど、軍隊として訓練を積み、集団戦に特化した私の侍たちには到底及ばない。
装備の質も違う。
傭兵のほとんどは魔物素材を使った簡素な革鎧、対してこちらは金の掛かった軽鎧で完全武装している。
戦力差は歴然だ。
このままでは負けると悟ったのか、先程交渉を試みていた護衛隊長は怒号を上げ、血を吐いた。
それと同時に上半身が一回り大きくなり、顔が緑色に光った。
自傷を伴う秘術を使ったのだろう。
彼から感じる威圧感的に、一時的にレベル40の壁を超えたようだ。
レベル40と言えば民間では稀に見る強者だ。
こういう存在は大抵軍の将校やギルドの幹部として名を広く知らしめているものだ。
彼の場合は秘術で押し上げているため、戦闘力は本物のレベル40台の強者には届かないだろうが、それでも一般兵たちが太刀打ちできるものではない。
この段階で私は戦場のすぐ近くまで来ていた。
一般人では数十分かかる下山の道のりだろうが、魔法的啓蒙を果たした事によってレベル10の一般生物の壁を超え、魔素を使って身体強化ができるようになった我々のような戦士にとっては、ほんの数分の短い道のりでしかない。
相手にレベル40の強者が現れたせいで一気に形勢が怪しくなった戦場だが、私はただ近くの木の上から見下ろすだけで動かなかった。
動く必要がないからだ。
護衛隊長が一般兵の一人を一撃で吹き飛ばし、二人目を手に掛けようとした時、後方で戦場を監督していた親衛隊の一人が彼と同様の威圧感を放ち、武器を抜いた。
彼の名はクロド。
剣士だ。
クロドは秘術でかさ増しした護衛隊長とは違う、正真正銘のレベル40台の強者。
それもレベル46という、レベル帯中盤の手練だ。
剣を交え、交戦を始めた二人だったが、激しい戦いにはならなかった。
クロドは軽やかなステップで蝶のように護衛隊長の攻撃をかわし、いなし、翻弄し、正面衝突を避けていた。
レベルを10の位を超えて押し上げる秘術は長続きはしない。
正面からかち合って負傷のリスクを背負うよりも、適当に時間を稼ぐのが正攻法だからだ。
護衛隊長が抑えられたことで動きそうになった戦況は変わらず、このまま問題なく制圧が完了するかに見えたその時、護衛隊長は全力の一撃でクロドを遠ざけ、振り返って商隊内の馬車に向かって叫んだ。
「まだ高みの見物を続けるつもりか!?
このままだと全滅しちまう!」
私は彼が声をかけた馬車に目を向けた。
原作知識に間違いがなければ、二人の男と一人の少女が現れるはずだ。
その期待は外れなかった。
馬車から出てきたのは3人のフードを被った者たち。
「まったく、大口叩いて依頼を受けておいてこれか」
「これだから人間は信用できない」
文句を言っているのは両脇に立つ男2人。
「さっさと終わらせて、日が暮れるまでに街に入りましょ。
今日は風呂に入りたいわ」
中央に立つ女の言葉が終わると同時に、彼らはフードを脱ぎ捨てた。
現れたダークグレイの肌に尖った耳、そして血のように赤い目を持つ三人の戦士。
エルフと魔人の混血児、ダークエルフだ。
女は私とそんなに年齢の違わない少女のように見えた。
しかしダークエルフは長寿族に分類されるため、見た目の年齢は当てにならない。
彼ら三人の年齢は全員3桁に乗っているはずだ。
強烈な威圧感が戦場を満たした。
レベル40台が3人。
こんな辺境の片隅に現れていい存在ではない。
絶体絶命とも言える状況だったが、仮面の後ろの私の口角は上がりっぱなしだった。
「ビンゴ」
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