第9話 受け継がれる恋愛意識

 その部屋には雅一人。他の患者はいない。雅は意識を取り戻していた。雅はどうしてもしなければならないことがある。自分の意識が完全に途切れる前に何としても綴らなければならない。最愛の人に送らなければならない。その手紙の字の量はかなり長かった。今日から書き始めたのではないのかもしれない。一年、一週間単位前から書き始めていたのか知れない。書く字は震えていて読むのがやっとのその手紙。


「雅さん、本来なら通すことは許されませんが雅さんが言った一人、秋野鈴花さんが来られましたよ」


「わかりました」


 手紙を綴りながら返事をする。


「不知火様、休んでください。もう目が」


 雅の目はもう完全に死んでいる。


「私は最後まで書かないといけないのです鈴花。私の手で」


「ですがこのままでは不知火様が」


「もう持たないでしょう、あと少し…あと少しです。あの方に恋愛を教えなければ。貴方も好きなのでしょう?」


「そ、それは、しかし不知火様を差し置いて奪うような真似は」


「私はこの世の存在ではなくなります。だから奪ってなどいないのです。なんとしても…この手紙だけは」


「もう残り少ないというのですか」


「……」


 雅は喋らない、もう話すのも精いっぱいなのかもしれない。


「私に何かお手伝いできることは」


 雅は満足そうに筆を置いた。そしてベッドに横たわった。


「この手紙を里夢会長…いえ…里夢様に…」


「わかりました。不知火様」


 鈴花は雅から手紙を受け取った。


「最後に見られたのは貴方でしたか…鈴花。さようなら…」


 雅は満足そうにしながら瞳を閉じる。


「不知火様?不知火様…」


 鈴花の叫びが響き渡る。



 里夢はなぜか学校にいない。その事実を知っているのは能力を発動させた佐遊だけである。佐遊は異変を感じた。


「うむ?姫への封印が解かれておるな。封印が解かれたということはそれは…そうか、逝かれてしまわれたのだな…」



 里夢は走る。里夢は陸上部だが運動自体は苦手でほぼ生徒会にいる上に足が遅い。電車を使って病院へ向かっていた。徒歩と電車を合わせて一時間近くしてようやく病院に到着した。


 泣いている鈴花に遭遇した。


「君は…」


「不知火様からこれを」


 里夢は手紙を受け取った。今は手紙を呼んでいる暇はない。一刻を争う。



 窓口で雅に会いたいと告げる。なぜか暗い顔をされた。里夢は嫌な予感がした。


「貴方のお名前は?」


「里夢です、紅里夢です」


「わかりました、里夢さんなら会わせても問題ありませんね。もう手遅れですが」


「え…?」


 里夢は頭の中が真っ白になる。

 案内され病室に入る。一年前と場所は変わっていた。そこは個室。思い込ませる能力によって忘れてしまっていた白髪の人物、今の里夢は忘れることのない人物が眠っている。たくさんの人に囲まれて。不知火雅だ。


「ん?君は?」


「紅里夢です」


「そうか、君が紅里夢君だったんだね、一足遅かったね」


「ど、どういうことですか」


 里夢は雅に近づく。眠っているようだ。


「もう息を引き取っているよ」


 その言葉に里夢は立ち崩れた。


「そ、そんなはずはない…前は生きていたんだ…まだ生きている、まだ生きている」


 思い込ませるように呟く里夢。


「ぼ、僕だよ、里夢だよ。起きるんだ…頼むから起きてくれ」


 しかし何の反応も示さない。

 たくさんの人に囲まれる中、一人の主治医が里夢に言う。


「もういいかな」


「僕を、僕を二人きりにさせてください」


「わかった、どうやら里夢君は雅君にとって大切な人らしいからね」


 里夢と雅は二人きりになった。しかし雅は息を引き取っている。里夢の目から何か水があふれ出る。この気持ちが何なのかわからない。里夢は雅にくぎ付けになる。


「君は…君は一年前の約束を守ってくれたんだね…デートまでしていたのに僕は忘れていたのか…僕が不知火雅という存在を忘れなければ僕は毎日のようにここを訪れていただろう。僕のために…僕の負担を和らげるために君は能力を使ってしまった。自分のためではなく他人のために…僕のために。君はなんでそこまで僕を夢中にさせることしかしないんだ。君しか見えなくなるじゃないか…」


 里夢の言葉は雅には届かない。


「僕の能力はなんて無力なんだ…何の役にも立たない。君のように役に立つ使い方をするどころか君のような能力を持っていても僕にはそんな発想すら思いつかなかっただろう…三日…ただ三日だけだった…それに一日目は噂を聞いただけ。二日目に君を初めて見た。誰に対しても気を遣える理想の人物。僕では到底及ばない。僕はこの時君にくぎ付けになった。この気持ちは何だろう」


 里夢にとって不知火雅は理想の人物であり到底及ばない人物だった。

 噂は流れこの病院にいるということや能力を持っていること。性格など里夢と同じように人気を誇っていた。一か月のうち三日しか来なかったというのに。

 里夢は不純だとわかっていながら雅とキスをした。


 数分後、看護師たちが現れ里夢は病室から出ていくことに。里夢にはまだ希望があった。公衆電話がある。携帯を使ってもいい範囲だ。時間は学校ではおそらく小休憩のころだろう。生徒会役員のメンバーは仮議長含め電話番号を交換している。

 里夢は佐遊に電話をかける。

 佐遊は封印をかけていた。だからこそ暗い様子で通話に出た。


「大将か…」


「佐遊、君は確か僕の命令なら聞いてくれるんだったね」


「もちろんよ」


「なら僕からの命令だ。不知火雅を生き返らせてくれ」


「……大将、その命令は大将の命に関わる。ここで妾は反論権を得られた。結論から言えばその命令で姫をよみがえらせることは可能だ。しかし、それと同時に大将が戦死する」


「僕の命と引き換えにということか。わかった、いいだろう。僕の命と引き換えに不知火雅を生き返らせてくれ」


「大将、まだこの話には先がある。もし大将が戦死し姫がよみがえったとしてもその姫にかつての記憶はない。人形、もぬけの殻よ。ゾンビとでもいうべきか。死より恐ろしい形で蘇ることであろう。だから妾はおススメはせぬ」


「かつての不知火雅を取り戻すことはできないのか」


「妾の能力に不可能はない、しかしよみがえらせることはできても完全にすべての記憶をよみがえらせてまでよみがえらせるほどのレベルのことはできぬのだ」


「僕は…かつての…かつての本物の雅様に会いたいんだ」


「すまぬ…この妾でこそ力になれぬ」


 里夢は通話を切った。

 里夢は絶望的な表情で家に向かう。普段の里夢なら学校に向かい生徒会の仕事を優先するだろう。それすらできないほど里夢には余裕がなかった。

 学校では昼休みごろだろうか。普段なら学校で進や涼と昼食を食べているころだろう。寮に着いた。誰もいない。何も口にしなければ何も飲まない。

 里夢は自室で泣いた。泣き叫んだ。

 何時間泣いただろう。ようやく収まった。


「そ、そうだ…手紙」


 思い出したかのように鈴花から受け取った手紙を読む。

 その文面は長く震えた字ばかりだったが何とか読めた。


『里夢様へ


私、不知火雅は貴方のことが好きでした。貴方は真面目で人気者で、ですが恋愛意識が疎く、下級生の私のクラスにも噂は流れていました。貴方はその気になれば誰でも自分のものにできるかもしれませんね。私は能力者で能力を使わないとのことでしたが様々な悪用をすることになるでしょう。里夢様が興味のある人物はいませんか?その人物とならどんなことだってしていける。その人物のためならたとえこの身を捧げようとも守っていられる。そんな人物がいるのならばその人物は里夢様が好きな人物でしょう。好きとは、その人物に尽くし、その人物とならどんな試練も乗り越えられる。隣にいるだけで幸せな存在。好きにも種類があります。主に友達としての好き、仕事仲間としての好き、そして恋愛対象としての好きです。私は恋愛対象として里夢様が好きでした。恋、見るだけでくぎ付けになるほど、熱い気持ちが沸き上がるほど、冷静さが保てないほど心が落ち着かないこと。愛、大切に想ってしまうほど、惹きつけられるほど、自分のものにしたいほど。その二つが混ざったものこそ恋愛です。恋愛感情ですね。もし、そんな相手がいれば好きと伝えればいいのですよ。どちらも好き同士なら両思いですね。里夢様は好きと伝えられる側が多いと思いますがそれを告白と言います。好きの反対は嫌いです。その意味はその相手に全く興味を抱かないこと。ですが断り方にもただ嫌いと言ってしまうと相手が傷ついてしまいます。その相手の気持ちを考えてその相手も勇気を出しています。その勇気には感謝を伝えてください。そして自分の思ったことを素直に伝えればいいのです。逆に里夢様がそんな恋愛感情を持つ相手ができればいいですね』


 ここで一旦一区切りされている。


『今日は姫先部長にハードル壊させ何としても里夢様を来させるため能力を悪用してしまいました。様々な方に私の能力を悪用し、私の恋愛意識が勝ち、私のものにまでしようとしてしまいました。ようやく里夢様と恋愛映画を見ることができました。金曜日と恋愛映画を見た土曜日、あの時の私は本物です。しかし、もう里夢様が嫌う能力を悪用する人間に私は一年前からとっくになってしまっています。地獄逝きですね。里夢様は私のようにならないでくださいね。里夢様が道を踏み外さないそんな彼女ができるといいですね。私のようにならない里夢様を素敵な方向に導く彼女ができることを私は地獄から願っております。


不知火雅より』


「なにが…なにが能力の悪用だ…すべて僕のためにしていることではないか…好き、嫌い、恋、愛、恋愛、告白…」


 里夢はその手紙により様々なことを学ばされる。


「そうか、僕は不知火雅に興味があった。でも違う。僕は不知火雅に恋愛対象として好きだったんじゃないか。僕には恋愛感情として雅という人物が好きだったんじゃないか。これが好きということなのか。両思いだったんじゃないか。でももう、彼女はいない…僕が好きになれば好きになるほど失った時の辛さは大きくなる。だからわざと忘れさせた…僕のために」


 雅と里夢は両思いだったことを意味する。


「僕が、君以外の人間を恋愛で好きになってほしいというのか…そんな人いるわけないじゃないか。興味を持つのか、いや違う、好きになるのか。君以外を。僕はどうすればいいんだ。そうか…そうだ…明日全て終わらせよう」


 里夢は雅の手紙により恋愛を知った。そして生まれ変わった。しかし、里夢には相手がいない。里夢の決断、それは全てを終わらせる。


 明日里夢は何かを実行する。

 





 

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