第6話 この世界の欠片と、私の視界。



「…え?」


視界が青白い光の反射で埋まる。

とっさに周囲を確認するが、別の場所にワープしたわけでは無いようだ。

風景は変わっていない。

体に異常もない。


「…雨の音が」


…耳を除いて。

雨音が聞こえない…?


今までは意識しなくとも無視していた雨音が、全く聞こえない。

周囲は青白い光に包まれており、薄い霧が漂っている。

…原因はすぐに分かる。


右手に構えていた銅色の電球のようなそれ。

光の発生源は言うまでもなくこれだった。

半球状のガラス部分の中心で、青白い光を灯している。

半ば慌てるようにそれを右手から離すと、滑り落ちたそれは地面にカラン、と軽い音を残して転がった。

それと同時に雨の音が耳に戻る。


「…バッテリー付き?いや、電気のそれはスイッチがあるはず」


左手で先ほどまでそれを掲げていた右手を掴み、確認しながら転がったそれの方向に足を進める。

先ほど確認した時にスイッチ系統が無いことは確認済みのはずだ。

なのに、何故。


若干湿ったコンクリートの上から拾い上げながら、もう一度外見をチェックする。

しかし、目に見える範囲で変化はない。

ガラス部分の反対側に突き出した電極のような場所にも、バッテリーらしきものが接続された後は無く、しいて言うなら先ほど転がしたので周囲の銅色の外装に少し傷がある程度か。

かなり薄い銅板ではないかと思っていたが、凹んではいないのでそこそこの強度はあるようだ。


「…っぁああ目がぁぁぁぁぁ!!」


ガラス部分をチェックするために、右手にその電極側を乗せた時だった。

小さくキィィィン…と音が鳴ったと思えば視界が真っ白になる。

運悪くガラス部分を見ていた時に発光するなんて卑怯だぞ…!!

なんて思いながら、思わずまたそれを手から離し、両手を目に当ててしばし苦しむ。


…右手から離すとやはり光は消える。

フッと周囲の風景は元に戻っていく。本当に電球のようだ。

割とまだ痛い目を片手で押さえながら、左手で電極部に触れないようにして持ち上げる。

持ってみた感じは発熱などは無い。あの短時間なので大丈夫…なのだろう。


「左手では…反応しない。ってことは右手だと…やっぱり」


左手と右手で電極部を順に掴んでみると、右手が触れた時だけ発光する。

全くと言って意味が分からない。


「一応…持っていくか」


この世界の部品。

機能することは確認できているので、何かに活用はできるかもしれない。

照明にしては…少し癖が強いが。

雨が降る場所で晒しては壊れる可能性があるので、カバンの奥の方に突っ込んだ。


掌で雨の具合を確かめながら、ひたひたという音を鳴らし道を進む。

薄暗い風景にも多少慣れてきたかもしれない。

休憩を挟みながら歩いているが、本当にここの景色は変わりない。

正確には移動しているのだろうが、全てがコンクリートで構成されているというのはやはり不思議な感覚になる。

古い商店や暖色の木造建築でも出てくるといいのだが。

ここまで統一されているのはやはり面白い。


変化するのを諦めたとも取れるその風景に最早「面白い」なんて感覚を感じてしまった自分の興味の異質さに少々呆れながら、視線を上げた。



目的地がここだ。

二つの道路が交わる、その最終地点。


「鉄道駅」




割れてはいないが、今にも砕け散りそうなくすんだガラスの入り口。

アルミサッシの中途半端な金属光沢がかつての面影をわずかに残すのみの、小さな駅に見える。

これだけの町中にあるのだ。

線路を支えているコンクリート製の足は長く、駅自体も入口は下にあれどそのホームはコンクリート格子の上に乗っかっている淡い青色の屋根が見える部分だろう。

…これだけ高い位置にあるのに、何故私は今まで気が付かなかったのか。


その疑問は周囲の風景を見れば明らかだった。

線路の周りを覆うように高いビルがあり、線路の下に押し込められたビルはそれと比べ遥かに低め。

つまり、駅が直接見える位置に来なければ線路を外部から観測する手段は周囲のビルに入る以外無いのだ。


「にしても、コンクリートの劣化はそこまで酷くない…おかしいな…」


湿った薄灰色の橋脚を触り、そう呟く。

コンクリートは雨に弱い。

あくまで日本の場合だが、雨は弱酸性である。対して、コンクリートはアルカリ性。

雨によってコンクリート自体が酸性に傾いていくことによって強度は落ちていく…らしい。専門家では無いのでそれが真実かは知らないけどね。


ただ、素人目線でも雨に長期間晒されていれば、表面の劣化や内部の鉄骨の錆による割れなどが起きることは分かる。

事実、今まで探索してきた複数のコンクリート建造物のいくつかは損傷が大きく見られた。


「…倒れてきたのもあったし」


…この世界に来て初手に手厚い歓迎を受けたことを思い出した。

いや…改めて思い出してもあれは怖い。

異世界か、並行世界か、あるいは私の夢か知らないが初手からあまりにもキツ過ぎるよね!?


高いコンクリート橋脚の上を眺めながら、少々乾いた笑いをして改めてここがどれだけ異質な場所かを感じる。

この世界には恐らく、私がいた世界の常識は通用しない。

そもそもエンドレスに降り続けるこの雨と街の風景の時点である程度察してはいたけども。

劣化すらも。


「最早、物理的現象すら通用しないのかもね」


くすんだガラス扉を押し開けて駅のエントランスに入る。


…内部は、想像通りの内装とは違った。

正確には、先ほど見ていたガラスの外からの風景とは明らかに違う。

自分の視界すら、この世界の正しいものを見ているのか怪しくなってきたね。



……さて。

この世界は一体、これから私に何を見せてくれるんだろうか。


目の前に停車しているくすんだ灰色の列車を見て、私はそう頭の中で呟いた。






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