第5話 煉瓦道。



濡れたアスファルトを足は踏みしめて進む。

風景は特に変わりない。というか余りにも風景が常に一緒なのだ。

似たような構造のビルが並び立つ大通りの中央をひたすらに歩いてきたが、この街は今の所、何度も複製されたような構造を持っていた。

似たようなビルは一定時間ごとに見かけるし、ただそれは全て一緒とは限らないが、損傷もそっくりだ。

すべて同じ時期に出現したのならそれは余り珍しい事とは言えないが。


「駅って…どれくらいの距離離れてるんだろ」


方角こそ分かっているけど…と、周辺に何か手がかりでも落ちてないものかと視界を横滑りさせながらただひたすらに歩く。


…そもそも、この街の構造と言うのは余りにも不自然なのだ。

この大きな道以外の道が見当たらない。

交差する道が無いので、交差点も無い。

よって信号もその跡もなければ、よく子供が遊んでいるであろう白い横断歩道も、この街ではまだ見かけていない。

どれだけ視界を巡らせても、視界には灰色の構造物と道路、鉛色の空しか視界に映らないのだ。

とても人が生活できる環境にあったのか疑わしい。こんな構造では余りに不便だ。

まさか道路を挟んで対立した勢力があったとかいう混沌の極みのような状態では無かっただろうし…いやそれで滅んだとか?



周辺に砲弾の跡や争った形跡が無いのでありえないことだが、そんな冗談のようなことでも、今は考えてないと暇だ。

食料は以前見つけた倉庫からリュックに詰め込んだ分があるので、すぐに尽きることは無いので、心配事も直近では存在しない。

…駅までどれだけあるかだけが問題なのだ。


「……っしょっと」


ただそれも直接的に死につながるものでは無いので、今考えても無駄なことかもしれない。

適当な瓦礫に腰を掛け、荷物が入ったリュックサックを地面に置いて空を見上げる。

余りに変化のない街だが、どうやら昼夜の概念すらないようだ。

まだ時間がまったく経っていないような、そんな感覚に襲われる。


人が周囲にいない、話し相手もいない、娯楽も無い、時間も過ぎないように感じる。

私がウサギなら、もう死んでいたことだろう。


「ここも特には収穫なし…か」


空っぽの収納箱らしきものを覗いて、溜息をつく。

例のノートにあった「地図」に似たようなものがあればいろいろ情報は手に入るはず。

だが、まだ似たようなものは見つかっていない。

崩れかけの建物に入る勇気は無いので、比較的大丈夫そうな建物の中を探索しているけど…

中々にこの街と言うのは、本性は勿論のこと外面すら見せてくれないようだ。




急ぎながら、されど体力の管理に気を使いながら周辺の建物を巡りつつ駅の方角を目指す。

しかし…変化は起きた。

最初に入ったオフィスビルから数えて5個目の探索に入ったビルで、今まで無いものが目に入った。


「レンガ造りの…地下入り口かな」


壁の一部、僅か幅2mも無いような場所にひっそりとそれは佇んでいた。

日本の明治初期の建造物のような赤レンガによって作られた。アーチ状の小さな入口。

所々欠けている部分はあるが、その内部に目立ったひびや損傷は見られない。

特に周辺に看板や目印は無かったのだが。

今までこのような建造物は見たことが無い…いや、見逃していた可能性もあるのだが。


「…青白く光ってる?」


軽く下を覗き込んで気が付いた。

灰色のコンクリートに階段の先は、青白い光が見える。

まるで青空のような淡い青色を纏っているかのようにも感じ取れるような…。

…この街で、初めて光源と言うのを見つけられたかもしれない。

今までの街には光源と言う光源は無かったのだ。

正確には光源「だったもの」はあったが、機能はしていなかった。

電線が全滅している時点で、まず人工的な光は存在できないはずだ…


「狭い…」


壁に手をつきながら、ゆっくりと階段を下りる。

じゃりっとしたコンクリート階段の感触と、レンガで舗装された壁によって構成されるひんやりと狭いその空間は、シンプルな恐怖と沈黙を生み出しているようだった。

トン…トン…という自分の足音と、息遣いの音しか空間では耳に届かない。



20段ほど降りたところで階段は終わっていた。

その代わり。


「…地下…通路?」


左右には力不足な青白い灯に照らされたレンガ造りの地下通路が続いている。

先には靄がかかったように見通せず、音も響かない。

真っ暗では無いのだが、その恐怖とはまた別の恐怖が沸き上がってくる。


冷汗を首筋に伝わせながら、慎重に左右を確認する。

…精々はっきりと確認できる視界は、階段地点から20mも無いだろう。

崩落しそうな点は見た感じ見られない。


壁に寄りかかりながら、階段を見て右側の通路に足を踏み込んでみる。

地面は相変わらず灰色のコンクリートであり、此処は変化がない。

しいて言うなら、今まであったじめっっとした湿度が引いている。


「…壁も乾いてる。雨が入らないから?」


理由は不明だが、外のように雨が直撃することも無いし身体的には探索しやすいのはこっちだ。

精神的には…言うまでも無いだろう。

気味の悪い明るさと空気は心臓に悪い。


「…あれ?」


右足を前に擦るように進めた時だった。

足先で『カンッ』という音と衝撃を捉えた。

一瞬足を引いて、改めて手で拾いとる。トマト缶のような金属の筒だ。

10円玉のような鈍い赤色をした、その物体。正体は比較的簡単に分かった。


「…あ、上の電灯…?」


天井に吊り下げられた青白い電球。その内の一つの筒が抜けていたのだ。

周囲より僅かに霧が少ないのは、此処だけ電球が無いからだろうか…

手の中にあるその筒の一方を覗き込むと、二重の半球ガラスの中に、鈍い白色をしたとても小さな円盤が見える。

これがフィラメントのような役割なのだろうか。


半球ガラスの反対側は金属板で覆われており、その面から2本の赤いコネクタのようなものが突き出している。

長さは10㎝程度。コネクタ同士の間は指一本分程度だ。

片方のコネクタは少し短く、端面を見るに破断した跡がある。

これが落下の原因だろう。


「……電力、通っているのかな」


地上は全滅でも、地下は無事と言う事なのだろうか。

片手に拾った電球を持ちながら、階段の方へ引き返す。

階段を登っていると、ひんやりとした空気や霧はだんだん薄くなり、代わりに雨の音が近づいてくる。

余りに不自然なほど、切り替わりが速い。

まるで別空間になっているのかと言うほどに、空気がガラッと変わる。


「これが…原因?」


手に掴まれた銅色の「世界の一部」は、外に持ち出しても見た目は変わらない。

あの地下でしか使えないから地上にはないのでは、とも思ったが、どうやらそうではないようだ。

少なくても、よくある「持ち出したらボロボロになる」と言うことは無いだけかもしれないけど…

不思議に思いながら手元に目をやり、同時に足を進めてビルの中に戻る。




「うーん…分からんッ!」


雨を避けるため、例の地下階段があるビルの一階で私はその物体と睨めっこをしていた。

穴が開きそうなほどくまなく観察した結果、辿り着いた答えは湿った空気に響いた。

誰もいない空間で、一人でたどり着ける予測の限界ともいえるだろう。


…分からない。正確には、電球であるという確証が持てない。

電球のような役割があることは間違いないと思う。

それは地下の空間とここの差で予測できるからだ。

しかし、霧を発生させる能力もあるのか、あの空間の特性なのか。

電球であると仮定した場合はこれらが異常な機能となる。

何なら光ってたかどうかもあの空間に左右されているかもしれないが…

そんな事を頭の中でずっと巡らせている。


最早雨音も、じめっとした空気も、意識を内から外に引っ張り出す妨害にはなっていない。

思考は回る。


「……魔法道具、なんてね」


…いや、これは思考放棄だ。

回っているというかは、空回りでもしているのだろう。

雨で頭の歯車が錆びたのかな。


右手に銅色のそれを構えて、まるで未来の武器のように掲げる自分に対する自虐が頭によぎっていた。




…周囲が強い青白い光に覆われたのは、その一瞬の間だった。




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