第4話 過去の軌跡を辿って。


 「よいしょっと…」


埃をはたいたリュックサックを背負い、立ち上がる。

水の問題はこの中に入っていた浄水器で恐らくしばらくは対応できるはずだ。

長期的に持つような代物では無いが、恐らくこの感じなら他の遺物を探せば何とかなるかもしれない。


また、食料に関しても少し希望が見えてきた。

ノートには、「非常食糧らしきものがある」と書いてあった。これを探せればこの街で野垂れ死ぬことは回避できるだろう。

幸いまだそこまで体力は消費していない。

雨がやむのまでの間、このビルを探索するのが無難だろう。

慎重に周辺を見渡しながら、机と机の間を通って灰色の廃墟を探索を再開する。



「…ここはもう無さそう」


今までいた部屋は見た目の通り、事務所やオフィスのような場所だ。

シンプルな四角い部屋なので、特に倉庫や収納があるわけでは無く、食料備蓄などはここでは無い場所にある可能性が高い。


最初にあがってきた階段の方に戻り、上を覗く。

古いビルに多い白いぼこぼことした光沢の塗装の先に、踊り場と上への矢印看板が見える。

相変わらず付かない蛍光灯がひっそりと佇むだけの薄暗い通路は、吸い込まれるような雰囲気を持っている。

特に上に何があるなどの看板は無いので、上に確定で何かがある訳じゃないが、普通は非常用倉庫くらいはあるはずだ。


地下…と言う可能性もあるけど、それは考えたくない。

そんな怖いという感情を振り切るように、私は階段を登って行った。





…三階、四階は同じような事務所型だった。

主に机や棚の数はそこまで変わらなかったが、破損個所…というか漏水箇所が多かった。

上層階ほど雨を受ける面に近くなる…ということで、鉄筋コンクリートの損傷が酷くなっているのだろう。

その上に無事の食糧がある可能性は…限りなく低い。

というか食えたものではない可能性が…


微妙に湿った白い壁を手で押さえながら、階段を登る。

足場は黒く染まったように濡れたコンクリから変化はない。

これは…上の階も金太郎あめみたいになってるパターン?

…いや、金太郎あめでもあれば今はありがたいのだけどね。


非常食糧って時点で味の保証はあまりないか、などと余計な事を考えながらも、探索可能な階を巡っていく。

…といっても、雨漏りが多くやはり無事な場所は少なかった。

不思議な事に目に見えるものは全てカビや腐敗と言ったことは起きていないようだが、劣化はするらしい。


「…ダメか」


試しに手にプラスチックの破片を取って曲げてみると、パキッという何ともいえない掠れた音を残し、あっさり粉々になっていった。

プラスチック系はやはり劣化が早い。

日光に当たらなければ大丈夫かも…?とも考えたが、思った以上に劣化が進んでいる。

足元に零れた破片を踏みながら、部屋を後にする。




探せる階の探索は終え、屋上に上って私は休憩していた。

屋上に上がるだけの階段の先の扉には鍵がかかっていなかったのだ。

勿論雨は降っているのだが、探索前よりも明らかにその勢いは衰えている。

取り敢えず峠は越えたのかも。

そう思いながら、コンクリートの上に足を延ばして座りながら空を眺める。

水の問題は取り敢えず解決…した。

食料こそないが、即死は避けることができる。


「…そういえば、駅ってどこだろ」


屋根がある場所でノートを開いて、確認する。

駅までの道は一直線の太い道路で表現されていた。建物は全て似たような見た目なので目印などは書かれていない。

ただ、「北東」と端に記入されている。


「北東は…あっち?」


携帯電話の方位磁石機能で方角を確認する。

屋上のギリギリまで歩いていき下に広がる黒光りする道路と照らし合わせると、今まで進んでいた方角と一致した。

つまりこの道路を真っすぐ、今までのように進めば駅に到達するという事だった。


…この世界で方位磁針機能が正常に機能しているのかは疑わしい所だが、もし本当にこの先に駅があるというのなら、例の「ノイズ」は駅方向から放送されているということになる。


「…いこう」


目線の先には黒い道路がある。

その先は雨で白くかすんでいるが、あの先で私がなぜこの世界に来てしまったのかのヒントが手に入るかもしれない。

後ろを向いて、階段に向けて歩いていく。

そこには、内心この「不思議な世界」に魅力を感じている、楽しんでいる私がいた。


中層ビルから外に出るころには、雨は弱まって以前の調子を取り戻していた。

私は、確認した方角に視線を向ける。

そこそこ長い道のりだろう。

しかし、歩いていればいつかつく。そう信じれば足は動く。

パシャパシャと音を立てながら周囲の景色は後ろに下がっていった…





「…お」


進みながらいろんな建物を巡った。

勿論情報収集と食べ物の入手をするためだ。非常食糧のような物…というヒントしかなかったが。

ただ、白壁の低層建造物内で「非常食糧」と書かれた段ボールがあったので開けてみたらビンゴだった。

銀色の包みに包まれたビスケットのような物。

日本では「バランス栄養食!!」と売られているものに似ている。


「…もさもさしてる」


ここら辺は想定内だ。

某バランス栄養食も味は良いが口の中の水分は軒並み連れ去ってくるので、これが限界なのだろう。

だけど…尚更これは謎が深まる。

そう考えながらもさもさと非常食を食べる。


そもそもこんな廃れた街に何故非常食や道具が残されているのか。

しかも日本語だ。

以前から何故だろうとは思っていたが、こんな段ボール詰めされた非常食が置いてあったりするのはどう考えてもおかしい。


「駅に行って分かるもの…なのかな」


雨が降る外を眺めながら、空を眺めてそう呟く。

電気はこの辺は一切通っていない。

しかし、駅があるということは電車路線があるってこと。

勿論のこと電力が必要とされるのだ。

確かに手元の携帯には未だにラジオのノイズが拾われているが、電車を動かす程の電力が駅に供給されているのなら、さらに謎が深い。


…ここは動いていない可能性が高いとみて動いた方が良さそうだ、

食べ終わった非常食の袋を潰して、移動を開始する。


雨に濡れることは最早気にしていない。

ただ足を動かして前に進むことしか、今はできない。

目標は駅。

少しでもこの都市の謎を知るためには…それがキーとなっているかもしれない。


そう信じて足を動かす。


灰色の空と、優しい雨と、黒いアスファルトは変わらず私を導いていく。


アメノハラ。謎多き街。


私は…ここで野垂れ死ぬわけにはいかないのだ。









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