第3話 遺物は語る。


「アメノハラ」…

今まで聞いたことのない地名だった。

しかし、流れてくる単語は日本語。

それが意味するのは、ここが日本であって日本でない場所と言う事だ。

……ベン図すらかけない複雑な場所とは。

本当に異世界で間違いないようだ。


「…さてと、方角はこっち…だよね?」


そして、ラジオ音を拾っていて一つ気付いたことがあった。

携帯をある方角に向けると、聞こえてくる音の質が僅かに改善するのだ。

本当に微々たる差だが、この朽ちた都市で唯一の人工音。

発信元がその方角の先にあるというのは間違いなかった。


「…行くか」


人がいるかも…と言う期待よりも、この都市がどのような場所なのか。

何故存在するのか。

それがとにかく知りたい一心で、雨を浴びながら私は歩き出した。




どれだけ進んでも、視界は変わらない灰色の世界を捉えている。

余りに変化のない、一直線のアスファルトをただひたすらに歩く。

雨も風もまるで変化が感じられない。

余り体は疲れていない…けど、食料や水は手元にないのだ。

その不安が頭の中でくすぶっている。


…雨ってそのまま飲めるのだろうか?

なんてことも考えたが、普通に考えて無理だろう。

ここまで来て水でお腹壊して衰弱死…なんて冗談じゃない…

水や食料の問題をどうするか考えながら水が僅かに張ったアスファルト踏み進む。

段々と焦りが顔に出てきた時だった。


「…あれ?」


耳から聞こえてくる音に変化があった。

いや…視界にもだ。

目の前は先ほどと違い、わずかに白っぽさが増し、音は激しくなってる。

身体で感じる振動も強くなっている。

…先ほどまで何も変化が無かった雨が強くなってきたようだった。

体温が奪われるような冷たい雨では無いのだけど…

そんな事を思案していると、足元では軽い流れができていた。


「逃げないと…!」


その判断を下すのにかかった時間は僅かだった。

足を掬われないように走って近くの中層ビルに逃げ込み、念のため階段を上って二階へ入る。

内部はやはり使われなくなって長いのか、所々ひびや損傷が見られ、全体的に薄暗い。

照明は恐らく機能していないだろう。


「…やっぱつかないか」


電源ボタンをパチパチと操作するが、天井の蛍光灯はただそこにあるだけで灯がともることは無かった。

外を歩いている時に見えたが、周辺は電線が切れて数本の電柱は折れてしまっているような状態なのだ。

あまりビルの設備に使えるものは無いだろう。

薄暗い周囲を見渡しながらそう考える。何かのオフィスだったのか、周辺にはいくつかの机や紙、椅子や棚が雑多に配置されている。

視線の方向には白色くすんだガラスがある。

外の状況を見てみようかな…と歩き出すと、地面は細かい埃やごみがあるのか、砂がすれるような音がした。


ガラス越しに外を見る。

勿論くっきり透明では無いので目に映るのは少し白がかった風景だ。

雨の線は見にくくなってしまうが、目線を落とすと下には水の流れがあり、落ちてくる雨粒によって水が跳ねるのでなんとなく雨量も分かる。

かなり降っている。

夏のゲリラ豪雨とはいかずとも、それなりに雨粒も大きいようだった。


「ここに入ってまだ少ししか経ってないのに…」


あのまま外で移動を続けていたらそれは悲惨な事だっただろう。

きっと全身ずぶぬれに…って、既に雨に打たれて移動してきてはいるのでそこは変わらないか。

だとしても、この雨の中では探索継続は危険だ。

しばらくこの建物に避難しておくしかない。


「…なにか使えそうなものは」


後ろを振り向き、周辺の物を漁る。

オフィスビル…のようなものであった場合、食料や飲料水は手に入りにくいかもしれないが、何かしらこの街に関する新しい情報があるかもしれないのだ。

周辺の机を下から覗き込んだり、棚を開けたりして物を探す。

すると、部屋の端にリュックサックを発見した。


「けほっ…埃っぽい…」


手で引っ張り出したそのリュックサックは、お世辞にも綺麗な状態とは言えなかった。

しかし、どうやらこのビルが無人化したのちに置かれたもののようだ。

損傷が少ない上に埃っぽい以外は特に問題が無い。

そして何か…物が入っているようだ。

プラスチック製の留め具をパチン、と外して中を覗くと。中にはノートと小袋のような物、あとはもう一つ薄いケースのようなものが入っていた。

ケースの方は開けてみたが、中身が無い。

サイズ的にノートパソコンケースだろうか。もしくは書類をまとめるものだろう。


そして小袋には…


「…浄水器だ!」


袋の中には筒状の簡易浄水器が入っていた。損傷や汚れも少ない。

所謂キャンプや登山などで緊急用として使われるタイプだが、雨が山ほど振っているこの街なら十分な性能があると思われる。

いや、少し怖いけど…

全く補給が無い今の私には貴重な水を得るための手段だ。使えるものは使わなければ。


「でも…なんでこんなものが?」


誰かこの街に流れ着いた人が他にもいたのだろうか。

だとするならば…この街にもまだ他の人間がいる可能性がある。このような遺物を探していけばいつかは接触も可能かもしれない。

少し希望が出てきたことに、私は安堵する。

このような世界でずっと一人だったら…なんて考えるよりは遥かに前向きでいられるから。


最後の物品、ノートを開く。

中には小さな文字でメモが残されている。

言語はこれも日本語だ。つまり過去に日本人がここにいたということ。

貴重な情報だ。

内容を読み進めていく。


『6月5日。私はキャンプ中に洪水に巻き込まれたようだ。だが、周囲には灰色の街が広がっている。ここは日本なのだろうか。』


最初にはこう綴られていた。

洪水に巻き込まれてここに来た…と言うことは私と同じ状態だ。

ただキャンプ中だったということもあり、とっさに掴んだバッグにある程度の道具が入っていたので即死はしないだろう、とも続けて書かれていた。

その後は十ページほど探索録が書かれていたが、段々内容は重く、暗いものになっていっているのが分かった。


『…昼夜が分からないので今が何日目かも分からない。だが、一つ記録したいことがあるのでメモを残す。

私の手持ちの燃料が尽きた。暫くは付近のビルにある緊急食糧のようなもので凌げるだろうが、その先は保証されていない。

また、記録したいことと言うのはこれだけでは無い。どうやらこの街には鉄道駅があるらしい。たまたま入ったビルに地図があった。

決して状態は良いとは言えなかったが、この太い道路が交わる先に駅があることだけは分かった。

これからそこに向けて出発するにあたり、荷物を減らすことにした。浄水器は一つに減らし、残ページ量がないこのノートとバッグも余分なものは置いていく。PCは…持っていこう。役には立たないかもしれないが、この街では何か文明的なモノが無いと自分が何をしていたかも忘れそうになる』


…鉄道駅?

その下には簡易的な駅までの位置が書かれていた。

方角やらなんやかんやをやった後も残っている。

小さいノートだったので、いろんなことをメモしたりして使っていたようだ。

だが、そんなノートをなんで置いて行ったんだろ…と言う疑問が浮かぶ。

何か自分の為に活かせるとは思わなかったのかな。

それとも、もう生きて帰ることは考えていなかったから…


「…ん?」


ペラペラと考え事をしながらノートをめくっていると、最後のページの下に、小さなメモがあった。

そこにはこう書いてあった。


『もしこのノートを誰かが見つけたのなら、大事に使ってほしい。

恐らく、このようなことは初めてでは無いし、また誰かが巻き込まれるだろう。

私は道具を持っていたからここまでやれた。でもこれを見る人は決してその状態であるとは言えないだろう。だから私の情報を使ってくれ。

私は全てを覚えているから問題は無い。

そして生きていたら…どこかで会おう。    木村 』


……道具があったから、情報を集めて後の人に託したのか。

それに『恐らく、初めてではない』と言うことはこの人もたびたび日本人の痕跡を目撃していたのかもしれない。

つまり、この街は今までに何度も日本人の目に触れているということになる。

しかしその情報は元の世界に都市伝説としてすら伝わっていない。

つまり、生還者がいない。もしくは記憶を消されているのかだ。


…なにか、この街には裏がある気がする。

それに日本人の痕跡ばかりだとしたら、この街は日本とどこかでつながっているはずだ。

言語も日本語。遺物も日本語。

なのにこの街は日本では無いのだ。


「……何かがこの街には隠されているのかもしれない」


木村さんが残したノートを手に持ち、ガラス越しに外を眺めながらそう呟く。

目線の先には先ほどから変わらない雨と灰色の建物が映るだけだった。

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