第1殺 「君のせいだよノウたりん、嫉妬殺人事件」
さて、本日は一週間仕事を頑張ったご褒美の休日。
俺が休みの日は、必ず神鳴も休みになるようシフトを提出している。休日と言っても、特別なにかをして過ごしてはいない。お互い、ゲームやアニメ、映画が大好きなので、一緒に遊んだり、動画を観て過ごしている。
しかし、本日の俺はやるべき事がある。学生時代から付き合いのある、ペンネーム「ノウたりん」との打ち合わせだ。なんの打ち合わせをするかと言うと、同人作品の制作。
俺が、メインとなる物語を考え、それを漫画に描き起こしてもらう。完成した原稿は、俺がパソコンで仕上げ、ブログに公開して遊んでいると言うわけさ。
時刻は9時20分。10時頃から、オンライン会議と言うアプリを使って打合せ。携帯でもパソコンでも利用できる優れもので、俺は手軽のスマホアプリで利用している。
「ねぇ! お腹空いた」
「まだ時間あるし、ベーコンエッグでも作るか」
「ん? どこか行くの?
「いや、このあとノウたりんと打合せ」
「……またぁ!? いつもノウたりんばっかり! 浮気?」
「なんでだよ。漫画描いてるのは知ってるだろ」
「でもでもでも! LIFEの通知もノウたりんばっか来てるし」
「そりゃ、神鳴と付き合うときに、他の女の子も全部消してって言われて、連絡取れる友人ってノウたりんしかいないし」
「神鳴のせいじゃないもん! 女の子と喋っている在君が悪い! それに、ノウたりんってトランスジェンダーらしいけど、女の子じゃん」
「そうだね。だけど、神鳴はいいって言ったよね」
「いったけど、こんなに頻繁に連絡するのいーやーなーの!」
「……頻繁じゃなくね? 一ヶ月に一回くらいしか、打合せしないし。それにLIFEの連絡も一週間に数回程度じゃん」
「神鳴には、短文のメールしかくれない!」
「まぁ、一緒に住んでいるからな。直接話した方が早いし、メールより神鳴と喋りたいのよ」
「えへへ~」
うむ、単純である。彼女は凄く嫉妬が強いが、神鳴が特別だよ~と言う言葉と行動を示せば、この通りだ。さくっと二人分のベーコンエッグを作って、更新された新話のアニメを視聴しながらの朝食。
「さて、そろそろ始めるかな」
スマホスタンドを用意して、オンライン会議を起動させる。すでにノウたりんが参加状態になっていた。
「……」
隣で頬を膨らませ、俺を睨んでいる神鳴さん。うん、その表情も可愛いよ。でもね、そんな長時間話をするわけじゃないし、前回の会議だって、強制参加してきたんだから、今回もするでしょ?
「お、ノウたりん、おはよう~」
「おはよぅ~。あら、神鳴さんも、おはよう」
「――うん」
いつも通りの進捗状態と、前回の作品評価をノウたりんに伝えて打合せは終了。あとは、ダラダラと雑談して過ごす流れ。たったこれだけの打合せなのだが。
「ねぇねぇ、このアニメ面白いよ」
「ねぇねぇ、色違いのモンスターゲットした!」
「ねぇねぇ、昨日買った紅茶おいしいよ」
「ねぇねぇ、ノウたりんと神鳴、どっちが大切なの?」
うん、鬱陶しいよね。好きだし、可愛いと思うよ? でもね、人が話をしているときに横から体を揺さぶって、言葉責めされたら……鬱陶しいよね?
「はいはい、もう終わりにするから。ちょぉ~と大人しくしようか」
「ねぇねぇ、ノウたりんさん」
「ん?」
「在君のこと……好きなの?」
おいおい、なんてこと聞くんだこの子は! しかも、目が怖い。獲物を狙う猫の様な瞳で、俺のスマホ画面を覗き込むのやめてほしいなぁ。
「え? あっえぇっとあ」
ほらみなさい、ノウたりん凄い動揺しちゃんてるじゃん。もうね、眼球がすごい勢いで泳いじゃってるよ?
「馬鹿なこと聞いてないで、これで終わりにするよ」
「待って! まだ聞いてない」
「えぇ~と、近藤とは学生時代からの友人だからな。好き……だよ?」
「ふぅ~ん」
あれ、神鳴さん? どちらに行くんですか?
立ち上がった神鳴が、自分の部屋に戻って行く姿を見守る。まぁ、友人として好きだと言ってくれたら、神鳴もわかってくれたのかもしれない。
冷静に考えて、俺は神鳴と付き合っているわけで、同棲までしている。それこそ、嫉妬する要素は皆無と言ってもいいだろう。ノウたりん、君はなんて優しい人なんだ。
「近藤! うしろっ」
「おん?」
俺は、ノウたりんから言われた咄嗟の言葉に振り向いた。そこには、ポタポタと泣きながら立っている神鳴さん。あら、どうして泣いているのかな?
うん、それよりもね。その手に握りしめている、可愛らしいウサギさんキャラクターが描かれた"ハサミ"はなんなのかな?
「おっおい、神鳴?」
「在君は、神鳴だけの物なんだからぁぁぁぁ!」
スマホスタンドに固定している俺のスマホ。神鳴が握りしめたハサミが、買ったばかりのスマホ画面を砕きましたとさ。うぅぅぅ、マジで?
「うぉぉぉい! まだ買ったばかりなんだけど」
「在君がいけないんだ……。神鳴を無視して、ノウたりんとイチャイチャするから」
「待て待て、そんな要素どこにもなかったよね!?」
「絶対に在君を渡さない……」
「うっうん。俺も、神鳴が好きだから、誰にも渡したくないなぁ」
「奪われるくらいなら……神鳴が」
え? なに、もしかしてお義母さんに殺される展開じゃなくて、もしかして俺、彼女に殺さるの? 過去に、一度も彼女から殺されたことないんですけど!
じりじりとハサミを持って迫ってくる彼女。情けなくも、じりじりと後退する俺。いや、力的には俺の方が強いから、実力行使すれば勝てるかもしれないけどさ。
「泣きながらハサミを振り上げる構図が、無茶苦茶こわいんですけどぉぉぉ」
そんなことを思っていたら、大きく振りかぶって――投げた! 直球ストレート。俺の顔面に飛んでくるプリティーなハサミ。距離が近すぎて、達人でも避けることは不可能!
「あぁぁぁっ痛っあぁ」
アウト! 完全にアウトですよコレ。俺の右目に突き刺さった、プリティなハサミ。持ち手の部分がウサギのデザインになっているんだけど、そんなプリティなウサギが血まみれよ!?
どうしてそんな、可愛そうなことするのさ。
「ごめんね…ごめんね。痛いよね、神鳴が――いい子いい子してあげる」
痛みで、のたうちまわる俺の腹部に、何度も神鳴の生足が叩き込まれる。あぇ~神鳴さん、俺のこと嫌いなのかなぁ。それは……いい子いい子じゃなくて、いじめだよ。
あと、俺は君と違ってドM性癖は持ってないんだからね! 生足で踏まれて喜ばないよ!
「神鳴! 大丈夫!?」
おっふ、どうしてお義母さんがいらっしゃったのかな? あと、カギも掛けてドアチェーンもしてたよね? どうやって入ったのかしら。
「ママぁ……在君が、在君が浮気したぁぁぁぁ。うぇぇあぁぇぁん」
えぇぇぇ、うそでしょ! 待って神鳴さん。俺がいつ浮気したと言うんですか!
「神鳴は、なにも悪くないのよ。この腐った悪魔を祓いましょ」
うん、まだ今日の俺は、小一時間しか生きてないのね。これ、もう死んじゃうの? それにしても、クッソ痛いんですけど! どうせ死ぬなら、苦しませないで欲しいなぁ。なんて。
「はぁはぁ、ちょっと待って。俺は、浮気なんてしてない。世界で一番、神鳴を愛しているのに」
「在君……。えっ本当! えへへ、神鳴も」
そんな、泣き顔で微笑みながら抱きしめてもね。俺の精神も、物理的にも激痛よ。でもね、その背後にいるお義母さんが、プルプル震えて睨んでいるのね。君のお義母さんでしょ?
おねがいっ、止めて。
あと、すっごく痛いから救急車……呼んでほしいなぁ。
「ダメよ神鳴。彼はもう……呪われているの」
いや、呪われてるのはアンタにだよ! 何度も俺を殺しやがって。
「そんなぁ……ママ、どうしたらいいの」
「何も心配しなくていいの、あとは私に任せて」
「うん、ママありがとう」
そんな、親子で抱き合って家族愛を見せつけられても、眼球の痛覚って凄く痛いのよ。そんなことしてる暇があるなら、早く救急車呼べよ!
「あ……あはは、お義母さん? 救急車じゃ」
うん、お義母さんヤル気満満ですね? だって、その手に持ってるのビニール紐だもの。
うぅぅ。
「あえぅぅあぅ」
右目の激痛に、俺の首に巻かれたビニール紐ちゃん。あとね、血管浮き出ているよ! お義母さん。そんなに頑張って、俺の首を絞めなくてもいいんですよ!
「ママ! 頑張ってっ。在君を苦しみから解放してあげて!」
なに、応援しちゃんってんの、この子。俺の恋人だよね?
「えぇ、任せて。でも、この悪魔の呪いは強力ね。神鳴、もう片方の目も潰すことで痛みを和らげることができるわ」
うん、お義母さん。自分のこと悪魔って言ってるね。
「わかった!」
わかった! じゃぁねぇよ! 子供かお前はっ…………。
けたたましいアラーム音で、俺の意識が覚醒する。
すやすやと隣で眠る、俺の愛しい彼女。ベットの上に置かれたスマホのアラームを止めて、日付を確認する。うん、俺の昨日の休日は一瞬で終わり。早くも、二日目の休日が訪れた。
「んぅぅん。あ、在くぅん~おはよー。良い朝だね」
「災厄だよ!」
こうして、俺の一日目の休日は「君のせいだよノウたりん、嫉妬殺人事件」で幕を閉じた。
「はぁ……幸せになりたい」
「神鳴もぉ~」
とりあえず、デコピンした。
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