俺は彼女のお義母さんに殺される。
suzudeer
プロローグ 「5g割り増しサーモン殺人事件」
俺、
2021年8月1日――20時00分。仕事を終え、彼女の
ふむ、今回はどんな展開が待ち受けているのだろうか? できれば関わりたくないので、視線を合わせないようにスマホ画面を見て階段を降りる。
俺は、お義母さんには気づいていませんよ、だからそのまま見逃してね、と言う気持ちを込めて横を通り過ぎたのだが……。
「待ちなさい、近藤君」
どうやら、お義母さんは俺を見逃してくれないらしい。うん、すでに嫌な予感が溢れまくっているけど、もしかしたら好転するかもしれない俺の運に掛けようと思う。
あ、ちなみにお義母さんの名前は、
「こんばんは、お義母さん。こんな夜中にどうしました?」
「家まで送ってあげるから、乗りなさい」
どうやら、逃げられないらしい。
お義母さんに言われるまま、俺は近くに駐車されている車に乗り込む。後部座席に乗ったのだが、なぜか助手席に乗るように言われ、しぶしぶ移動する。
車内の中で沈黙が続き、急激な発進と共に、俺は見たくない物を発見してしまった。助手席の前に、発進の衝撃で開かれたグローブボックス。そこには、剥き出し状態の包丁が一本。それは、俺に対して"
「あのぉ~、どうしてグローブボックスの中に剥き出しの包丁があるんでしょうか?」
怖い、怖すぎるよお義母さん! 今回は車内での殺傷ルートですか!? 前回は、車の中で待つように言われて、おとなしく待っていたら、あら不思議……車が炎上からの「近藤丸焼き」の出来上がり! だったけど、包丁は怖いよ!
「お刺身を切る為に、必要でしょ?」
「あの、お義母さん? 俺の家に向かうルートじゃない気がするんですけど……」
全く覚えのない道を進む車は、俺を死へと誘っているように思う。さて、俺は一か八か車から逃げ出す為、時速50キロで走行している車内の扉を開けて、スタントマンの様な華麗な脱出を試みたほうがいいかもしれない。
なに、一度もやったことはないが、人間そう簡単には死なないだろう。さてさて、ドアロックを解除してドアノブを手前に引く。
うん、開かない。
「パパが改造してくれてね、私がキーでロック解除しないと出られないよ」
「おぉ……ジーザス」
どうやら先手を打たれていたらしいが、まだだ、まだ諦めるのは早い。俺のカバンの中には、仕事7つ道具の一つ、ペンチを持っている。これで窓を割り、華麗な脱出劇を披露しようじゃないか。
「ちなみに、ラミレックスBG仕様の防犯ガラスだから、多少の衝撃程度なら割れないよ」
うん、このペンチはカバンの中で待機しててもらおう。
「やだなぁ、彼女のお義母さんの車を壊すわけないじゃないですか~」
「私は、君を壊すけどね」
「アハハ……」
やだ、何この人怖いんですけど! いや、今まで何度も殺されてますけど、こんな冷静に言われると、恐怖が畏怖に変わっちゃうよ?
しかも、俺はどこに向かっているんだ? 外に見える景色は、真っ暗闇な森の中。おかしい、先ほどまでコンビニやパチンコ店など、いろんな施設が沢山あったはずだ。なのに! いま周りにある景色は、自然豊かな暗闇の森。
「こんな場所で停まって、虫取りにでも行くのかなぁ~。あ、神鳴ってカブトムシ好きでしたもんね! 俺も昔、カブトムシ一匹買ってましたけど、気づいたらゴキブリになってて、ビックリした経験があります」
「そう」
ダメだ、お義母さんは俺の話に興味を示さない。
ちなみに詳しく説明すると、小学生の頃、虫カゴに一匹カブトムシを飼っていたのだが、気づいたら二匹に増えて喜んでいたら、もう一匹がゴキブリだったと言う話なのだが……すまん。
「おおぉぉおぉ、お義母さん? ここにお刺身はありませんよ!」
俺の前にある包丁を、お義母さんは手に持つと感触確かめるように縦に素振りをする。うん、包丁って使う前に素振りするのは重要だよね? 自分に合った重さと、握りやすさで食材にスゥっと入る感触は別格だもんね。
「近藤君さぁ。娘を泣かせたよねぇ?」
「あはは、嫌だなぁ。神鳴を泣かせた記憶は、俺にはありませんよぉ~」
「ふぅ~ん。でもねぇ、
なるほど、昨晩の夕食に俺が買ってきたサーモンの話らしい。彼女の神鳴は、ビックリするほどサーモンが大好きだ。毎日、サーモンだけでも生きていけると
俺は、仕事帰りにスーパーに寄り、半額シールが貼られたサーモンを2パックゲット。昨晩のおかずとして、サーモンを彼女と一緒に食べたのだ。
「えぇ、昨日の仕事帰りに半額だったので、2パック買って食べましたね」
「ほらみなさい!」
「いやいや! お互い1パックずつ食べたんですよ! 俺だけ食べたわけじゃないです」
「言い訳はそれだけかしら。言ったよね? 娘からメッセージ来てるって。娘は我慢してたのよ、君の選んだサーモンが大きかったって!」
「……え?」
俺の腹部に、ひんやりとした感触が貫通する。じわじわと痛覚がハッキリと認識できる時には、叫びをあげるほどの激痛が襲う。
「あぁぁぁっぁあっぁぁぁっぁ」」
「娘は凄く悲しんでいたのよ! 君が、大きい方のサーモンが入ったパックをあげていれば、娘は悲しまずに済んだのに! やっぱり、君は娘に相応しくないのよ!」
ヤバい、やばいやばい。ちょっと神鳴さん? 君のお義母さん、かなりヤバい人ではなくて?
まって、神鳴はサーモンの大きさでお義母さんに連絡してたの? そもそも、神鳴は自分でサーモンのパックを選んでいたわけで、俺が選んで提供したわけじゃないのだが。
いや、それよりも俺の腹部に突き刺されてる包丁を抜いてくれませんかね? あとね、ぐりぐりと包丁押し込むお義母さんの顔が怖すぎて、痛みより恐怖が勝っているよ。
「あら、私のこと心配しているの? 大丈夫よ。私が犯罪者になったとしても、悪魔を殺して娘が幸せになるなら、気にしないわ」
「あぁぁ……それは良かっ。いや、全然良くないよ! 俺、悪魔じゃないからね?」
お義母さんの発言に反論しても、どんどん体内の血液が流れだし、体の感覚が麻痺していくのが分かる。意識が遠のく瞬間に、車内の中央部分にある、アームレストにお義母さんの携帯が置いてあり、スマホ画面を見る。
スマホ画面は、神鳴とやり取りしている
【ママぁ~、
「5g……」
そして俺は、”5g割り増しサーモン事件”でお義母さんに殺された。
さて、どうしてこんな現象が起こっているのか不思議だが、お義母さんに殺されると、必ず自室のベットの上で、スマホのアラーム音と共に目が覚める。
また、時間が巻き戻っているわけじゃなく、しっかりと時間は進んでいる。つまり、俺が殺された日が8月1日なので、今日は8月2日と言うわけだ。
初めて体験したときは夢かと思ったが、何度も繰り返しているのだから現実。数十回と言う死を経験したうえで得た結論は、俺が死ななかった世界で目を覚ましているのではないかと言う結論。
パラレルワールド、世界線、並行世界と呼び方は沢山あるようだが、実際どうでもいい。
毎度、殺されては目を覚ます。そんな、繰り返しをしている俺としては、殺されず彼女と結婚することが目標だ。
さて、そろそろ寝たフリはやめよう。
愛しの彼女が、俺の頬に指を押し込んできて痛いので、そろそろ起きる。
「えへへ、つんつん」
「おはよう、神鳴」
「おはよぉ~。在君より早く目が覚めたから、つんつんして遊んでた」
「なるほど。つんつんなら良いけど、神鳴のそれは、ぐりぐり押し込んで痛いから、そろそろやめてくれるかな?」
「えへへ」
愛らしい姿を堪能した俺は、心に誓う。
うん、今日はサーモン買ってくるのやめよ。
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