第34話 溝際コウスケ

 溝際みぞぎわコウスケが、をうかがっていた。

 黒髪の男性と戦う、黒い服の男性。

 といっても、戦っているのは召喚した鎧だ。本人たちが剣を振るっているわけではない。

 イマジン空間は寒くない。そこへ、コウスケがやってきた。

「ぼくは、溝際みぞぎわコウスケです」

「カンサ使いか」

 ミズチの問いに、カンサのカードを左手で持つことで返すコウスケ。言葉はいらない。

「出てください。カンサ・オクト」

 オクトに武器はなく、素手。とはいえ、そのぶん能力が高いようだ。

「やつのカンサに似ているな」

「ああ。ソウオンか」

「誰ですか、それは!」

 ジャニュを狙うと見せかけて、フェブに対してパンチを繰り出したオクト。鎧がガシャンと音を立てる。ひらりとかわされ、ふたたびジャニュのほうを向く。

「ヤバイやつだ。気をつけろ」

「ほう。あなたは?」

「おれは、兜山かぶとやまアラタ」

「一応名乗るか。オレは、楠堂くすどうミズチ」

 コウスケは、笑顔を絶やさない。メガネの位置を手で直した。

「お手柔らかに頼みますよ」

「そうはいかん!」

 ミズチが攻撃を仕掛けた。

 フェブの斬撃を寸前でかわす、オクト。

「何?」

「やるじゃないか」

 アラタは、ジャニュをあまり動かしていない。様子を見ていた。

「二人がかりでいいですよ」

 挑発するコウスケに、別の声が返事をした。

「じゃ、お言葉に甘えて。カンサ・マーチ!」

 ロングヘアの女性が現れ、カンサを召喚。そして、オクトに矢を放った。

 建物に当たり、派手に壊れる。カンサの攻撃は威力が高い。とはいえ、カンサ使いに当たってもダメージはない。

流石さすがに、1対3はきついですね。今日はこのくらいにしましょう」

 捨て台詞ぜりふをはいて、コウスケが去っていく。

 アラタは加わっていない。それを認識にんしきできないほど、コウスケは極限状態きょくげんじょうたいだった。

 空間が元に戻り、建物も元に戻った。

 別の日。

 カードを見せる男性。多くの者がするように、右手で。

 同じく、コウスケもカードを見せて応じる。ただし、左手で。

「やっちまえ。カンサ・エイプ!」

「いきます。カンサ・オクト」

 イマジン空間が展開していく。周りが紫色に染まる。カンサとカンサ使いをのぞいて。

 最初は互角に見えた。

 ところが、隠していた実力に差がある。それは、コウスケが一番わかっていた。

「こいつ」

「はっはァ!」

 エイプが押し始めた。

「同じ素手同士なのに、どうなっているんだ。そうか、こいつが」

「俺様を知っているのか? 沢岸さわぎしソウオンだ。どうもこうもねぇ。俺様のほうが上。ただそれだけだ! ラストアーツ!」

「くうっ」

 ラストアーツを寸前でかわし、コウスケが逃げる。なりふり構わずに。

「おい! ちッ」

「ぼくはただ、幸せになりたいだけなのに」

 コウスケは全力で走る。ここでやられるわけにはいかない。まだ、幸せになっていないのだから。

 別の日のイマジン空間。

 マサトが、ソウオンに倒された。

 それを、コウスケが見ていた。

 震える手を右手で持ち、メガネの位置を直す。

 またまた別の日。

 海の近く。ひんやりとした風が吹き抜ける。

 街でばったり会う、コウスケとヒサノリ。

 すぐさまカードを見せるヒサノリを、コウスケが制する。いまはそのときではない。

「まあ、落ち着いてください」

 そして、二人は近くの喫茶店へと向かった。

 中は暖かい。二人は、上着を脱いで席についた。

「どういうことだ?」

単刀直入たんとうちょくにゅうに言います。手を組みませんか?」

「なんだと?」

 コウスケは、メガネの位置を左手で直して、ニヤリと笑った。この人なら分かってくれる、という確信があった。

「あの三人。アラタにミズチにネネ。最近では、ササメも、か」

「何が言いたい」

「やつらは、手を組んでいます。なら、こちらがバラバラに戦う道理どうりはない」

「そういうことか」

 ヒサノリは察したようだ。ここまでは計画通り。コウスケは、水をすすった。

「そのとおり。手を組みませんか? 勇伊ゆういさん」

 あくまでも体勢を崩さず、どっしりと座っているコウスケ。ヒサノリがすこし身を乗り出す。

「その前に、ひとつ条件がある」

「なんでしょうか?」

「お前の望みを教えろ」

「ぼくの望みは、ささやかな幸せ。それだけです」

 コウスケは、屈託くったくのない笑顔で言い切った。本心からの言葉だ。やましいことはない。

「こちらも教えないとフェアではないな。犯罪の撲滅ぼくめつ、だ」

「へえ。それはすごい望みですね」

 これも本心だった。とても、自分にはできない。コウスケは、そう思っていた。凡人とそうでない者の差を痛感した。

「あと、呼びかたは、ヒサノリでいい」

「分かりました。ヒサノリさん」

 あくまでも、相手とは対等でなくてはならない。コウスケは、左手を強くにぎめた。

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