第3話 楠堂ミズチ

 楠堂くすどうミズチは、いやな予感がしていた。

 図書館。古文書のレプリカで、何かを調べている黒い服の男性。それこそが、ミズチだった。

 カンサバトルについて。

「カンサ」

 つい、言葉を口にしてしまった。それこそが、唯一の希望だと分かっていたからだ。

「何っ?」

 まばゆい光とともに、ミズチの目の前に何かが現れた。

 カードだ。

 そして、頭の中に声が聞こえた。聞いたこともない声だ。

「バトルロイヤル。願い、か」

 ミズチは、みずからカードを手にする。

 カードを手に取った瞬間、遠くの景色がガラリと姿を変えた。10階建ての建物よりも高い位置から、紫色のドームが広がったのだ。

 イマジン空間が開いている。

 それを声から聞いて知っているミズチが、移動を開始する。

 図書館の中は走れない。まずはゆっくりと歩き、外に出た。そして、走った。紫色のドームのもとへ。駅の近くの公園までは、結構な距離がある。

 ドームの中心は、公園ではなかった。そして、ドーム内のものは、すべてが紫色に変わっているように見える。ただ、ミズチは普段どおりの色をしていた。

「現れたわね」

 異変の中心付近にいたのは、女性。周りの色とは違って、紫に染まっていない。

「なるほど。カンサ使いか」

 ミズチが言い終わる前に、どこからともなく鎧姿の女性が現れた。ガシャンと音が鳴る。

 謎の女性が使うカンサは、女性型のようだ。弓矢を持っている。

「早く勝負しょうぶをつけないと、マモノが出るわ」

「分かっている。こい。フェブ!」

 カードを右手に持つミズチ。そのそばに、鎧姿の男性が召喚された。剣を持っている。

 カンサ同士の戦いが始まった。

「さっさと、やられなさい!」

「できない相談だ!」

 叫ぶ二人を、周りの紫色の人たちが不思議そうに見つめていた。すぐに、興味を失ったように歩き出す。

「あなたの願いはなんなの?」

「お前の知るところではない!」

 戦いが長引いたことで、コウモリのようなマモノが現れてしまった。ミズチは、それを悔やんでいた。いやな予感の正体ではないか。オレのせいだ、と。

 謎の女性は、無言でその場をあとにした。

 ミズチは、追いかけない。目の前のマモノに集中していた。

 建物や信号機が壊れた。マモノを追い詰めるフェブ。

 そこに、男性が現れた。

 道路標識を金属音とともに両断したのは、フェブ。

 その男性は、鎧姿の人物を、フェブを見ていた。剣で道路標識を斬ったことに驚いているようだ。

「どういうことだよ、これ」

 フェブが戦うのは、コウモリのようなマモノ。ガシャガシャと音が鳴る。周りにいる紫色の誰もがそれを見ていない。当然だ。イマジン空間やマモノ、カンサは普通の人間には見えない。

 街路樹がいろじゅを縦に両断した。

 都会の街中で建物や信号機が壊れて、男性だけがあたふたしている。

「お、おい。大変なことになってるぞ」

「新たなカンサ使いか」

 ミズチが言った。同い年くらいに見える男性も、色が変わっていない。そのことが何を示すのかは、聞くまでもなかった。

「監査?」

「この状況でとぼけるとは、骨のありそうなやつだ」

「あんた、何者だ」

「オレはミズチ。楠堂くすどうミズチ」

「名前じゃなくてだな」

 話しているあいだにも、戦い続けるように命令されているフェブ。コウモリのようなマモノを追い詰めていた。

 そのとき、マモノが近くの紫色の人に襲いかかった。近づかれた人は、うなだれている。舌打ちするミズチ。

「ちっ。しくじったな。フェブ」

「だ、大丈夫ですか?」

 マモノに構わず声をかける、命知らずな男性。そして、うなだれた人から返事はない。

「こいつ!」

 少し大きくなったマモノに殴りかかる男性。当然、まるで効いていない。

 ミズチが、表情を変えずに淡々と告げる。

「マモノはカンサでしか倒せんぞ」

「もしかして、あれがカンサ。ジャニュ」

 男性が、ポケットから取り出したカード。それ右手に持つと、光がほとばしった。

「これが、カンサ。名前は、ジャニュか」

「あいつ」

 男性のすぐそばに、カンサが召喚しょうかんされた。

「いけ! ジャニュ!」

 男性のカンサ・ジャニュはマモノのほうへと走る。ガシャンガシャンと音が鳴りひびく。

「縦か? いや、横だ!」

 横薙よこなぎの斬撃でコウモリのようなマモノをはらうジャニュ。深く決まった。その一撃が致命傷となったことは、ミズチの目にも明らかだ。

 起こった爆発に驚いている男性を尻目に、ミズチは苦い顔をしていた。

「うわっぶねっ」

「マモノを倒しやがった」

 フェブが消えた。ミズチがカードをしまったからだ。

 男性も同じようにカードをしまう。ジャニュが消え、辺りの空間が元に戻った。

 紫色だった辺りが、いつもの夕暮れ時の色になる。

 そして、空間が元に戻ると、壊れていたはずの建物や信号機などが元に戻っていた。イマジン空間での破壊は、現実世界に影響を及ぼさないのだ。

「こっちにこい」

「言われなくても」

 ミズチと男性は、近くの喫茶店に入る。飲み物を注文した。きょろきょろする男性の態度について、ミズチは何も言わなかった。

「お前に聞きたいことがある」

「お前じゃない。とりあえず、名前から。おれはアラタ。兜山かぶとやまアラタだ」

楠堂くすどうミズチ」

「ミズチか。って、さっき聞いたぞ。これからよろしくな」

 屈託くったくのない笑顔で言い切ったアラタ。

 何も知らない様子のアラタを見かねて、ミズチが説明する。

 それが、すべての始まりだった。

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