終の夜空に笑う 「リボン」「曇り」「最後の流れ」 作・常夜
「終焉」が始まったのは一日中曇りの日からだった。何の変哲もない前日が過ぎ、夜になり、そして夜が明けると「終焉」はそこで僕ら人類を待っていた。
原因不明の突然死。通常ではめったに起こらないそれは、平然と僕らを襲っていた。ある人は睡眠中に。ある人は運転中に。ある人は料理中に。ある人はぼんやりとしている中。ありとあらゆる状況で「終焉」は世界中の僕らを死に叩き落した。こんな状況だから、当然社会は麻痺していった。至る所で火事や暴動がおこった。いつ死ぬか分からない。そんな恐怖が人々の中で蔓延していた。
ただ、僕はそんな気が狂いそうな状況の中、何も思わなかった。ぼんやりと日々を過ごす自分にとって生も死も何ら意味を持っていなかったからだ。それでも、一つ気がかりなことはあった。
「彼女」は無事だろうか?
「彼女」は僕の幼馴染のことで、幼いころから病弱だった。そして、いつのころからか「彼女」は病院の一室に閉じ込められるようになった。最後に「彼女」に会ったのは一ヵ月前。チューブが体の至る所につながれていた「彼女」は僕に気づくことが無いまま、ぼんやりと宙を見つめていた。医者は会話ぐらいならできると言っていたが、僕はそれを断った。なぜそうしたかは今でも分からないが、特に理由などなかったのだろう。
そして、今日。ニュースを見ながら昼食を食べる僕の両親が「終焉」に呑まれた。あっという間で、反応する暇もなかった。悲しいことだと思いながら、どこか心の中でなぜか解放感も感じていた。どちらにせよ、僕を縛るものはもうない。何をしようが、いずれ死ぬ。なら、最後はせめて思うがままにしよう。そう思った僕は外に転がっていたバイクに乗り、「彼女」がいる病院に行った。自転車のようにはうまく乗れなかったが、気にはしなかった。
病院は僕が思っている以上に地獄だった。あっちこっちで死体が積み上げられ、悲鳴や泣声が絶え間なく続く。そんな病院を潜り抜けて、「彼女」の病室に向かった。病室の前では、ぼろぼろの看護師や医者が走り回っていた。それを気にせず、僕は病室の中に入った。
病室の中で「彼女」は一年前と同じ姿でいた。機械は彼女が生きているかのように動いていた。
「やぁ、久しぶり。」
僕の声が白い病室に響く。「彼女」は目線をこちらに向けて静かにほほ笑んだ。
「うん、一ヵ月ぶりかな。」
あの時、気づいていたのか。少し恥ずかしく思いながらも僕は「彼女」と話をした。「彼女」の話。僕の話。そして「終焉」の話。長くはなかったと思う。この話の間誰も病室には来なかった。やがて話が終わると、今度は沈黙が部屋を覆った。「彼女」はやがてぽつりと言った。
「星を見に行きたかったな。」
星。廊下しか見えないこの病室からは決して見えないもの。かつて僕と「彼女」は流星群を見に行こうとした時がある。その時は曇りで見ることが構わず、いつかまた見に行こうと誓って終わった。それは今まではもう叶わないと思っていた。そう、今までは。
「じゃあ、見に行こうよ。」
僕の言葉に、彼女はすこし目を見開いた。
「どうせ、こんないかれた世界じゃ、みんなすぐ死んじゃうんだ。なら、最後はやりたいことを一つぐらいしようよ。後悔なんて死んでからすればいいさ。」
続けて言う僕に、彼女はかすかに笑った。
「そうだね。」
その後、僕は「彼女」を病室から連れ出した。外ではさっきまで動いていた看護師や医者が動かなくなっていた。死体を踏み分け外に出て、捨てられていた車に乗った。父親がかつてしていた運転をとりあえず真似するようにして、ゆっくりと進み始めた。道路は炎上している車や死体、爆発で空いた穴などが多くあったが、気にせず通り抜けた。途中で食料や「彼女」のための服を何着かとり、ついでに髪につけるリボンもプレゼントのつもりでとってきた。「彼女」はそれを受け取ると少し恥ずかしそうに髪につけた。とても似合っていた。
その後町を抜けて誰もいない道を何日も走り続けた。そこら中に車があったから燃料には困らなかった。夜は車のシートを倒して二人で眠った。「彼女」の病状は少し回復したように見えたが、それもいつか終わるだろうと思った。
そして、街を出て七日目の夜に僕たちは目的地にたどり着いた、かつて流星群を見ようとした山。車を止め、「彼女」を背負って草原の上に運び寝かせて自分も寝転ぶと、たくさんの星が見えた。
「綺麗だね。」
僕は言う。「彼女」は何も言わなかった。ゆっくりと「彼女」の手を握ると、ひんやりとしていた。
「そっか。」
答えはない。かすかに風の音がする。虫の鳴き声が聞こえて、僕たちはそれに包まれる。
「実はさ、ずっと君のことが好きだったんだ。君の喜ぶ顔も、泣いた顔も、怒った顔も、全部が好きだった。」
答えはない。ずっとずっと言えなかった言葉。それが今さらになって口を出てきた。
「君はどうだったんだろうね…。」
答えはない。でも、それでいいと思った。きっと「彼女」も気づいていただろうから。
そのままぼんやりと星を見ていると、突然流れ星が見えた。一つ星が落ち、そしてまた星が落ち、そしてまた…。
流星群だった。そうか、今日がまたその日だったのか。僕は流星群を見て笑った。
「ほら、流星群だよ。あんなに君が見たかったものだよ。」
涙が零れ落ちる。落ちる星の数が増えるにつれて零れる涙の数も多くなっていた。流星群が見えている間、僕は「彼女」に語り掛けた。もうわかっているのに、もう気付いているのに、それでも語り掛け続けた。
やがて、最後の流れ星が消えて、再び夜には静かに輝く星だけが残った。ずっと続いてほしかったのにと恨めしく思ったが、満足感もあった。ただ、「彼女」にも見せてあげたかった。そんな後悔が頭を過った。風が再び吹き始めて、そして僕は急激な眠気を感じた。そっか、もう僕の番か。「終焉」が僕にもめぐってきた。抗う気力もなく、眼を閉じそうになる。そんな時だった。
「ありがとう。」
消える意識の中、はっきりと「彼女」の声が響いた。驚いて目を開けそうになる。「終焉」が一瞬退くのを感じた。しかし、すぐに僕を飲み込もうとしてきた。でもそんなことはもうどうでもよかった。僕は僕の答えを知れたから、それで満足だった。
そしてまた僕はゆっくりと目を閉じた。
2021.8.8.九州大学文藝部・三題噺執筆会 九大文芸部 @kyudai-bungei
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