春を待つ 「春」「時間」「家の中の主従関係」 作・匿名
ご主人様はいつも私のことを「」と呼ぶ。いつも黒の大地に淡い白を散らした夜空のような面をつけている私の主。目と口の部分に申し訳程度に小さな穴があるだけのそののっぺりとした壁の裏の表情は、私にははっきりとは分からない。だけど、その名前を呼ぶ時、確かに、ご主人様はどこか楽しげに見える。
夏が来て、秋が来て、冬が来てまた夏が来る。季節は巡る。また今年も夏が来た。大抵、一日を城の食堂か大きな庭で他愛のない話をして過ごす。庭には、キキョウやアジサイ、ベニチュアなど季節の花が咲いていて空の青によく映える。夏は暖かくて好きだ。でもそう言うときまって主人様は少し寂しそうにした後に春の話を始める。なんでも、春はどの季節よりも暖かかい季節で、城の庭にも見たことないほどたくさんの花が咲いてそれは、それは美しい季節らしい。そして、話終わると必ず私のことを強く抱きしめてくれた。
秋は涼しくて好きだ。季節は巡った。夏はもう終わり今は秋。ご主人様は相変わらずゴワゴワとしたローブを羽織っているが、私のメイド服は長袖になり少し厚手のものに変わる。遠出の予定があるご主人様は、近頃その準備に追われていてあまり私に構ってくれない。どうやらかなり魔法を使う要件らしく、私も杖を磨いたり陣の準備を手伝ったりとてんてこ舞いだ。結局、秋も中頃になってやっと準備が終わった。やっと落ち着いて庭に目をやった時、花はすでにまばらだった。
冬、冬は寂しい。暗いし寒い。それに今年はいつも抱きしめてくれるご主人様がいない、秋の遠出の後、待てど暮らせど帰ってくることはなく、結局そのまま冬に突入してしまったのだ。あまりの猛吹雪に家の中まで雪が入り込んでくる。暖炉の火はとうに涸れてしまった。ご主人様はどうしているのだろう。寒い…抗いがたい眠気のなかで、太陽の暖かさとともに二人で過ごした日々が思い出される。現実と回想の境目が混ざり合って溶けていく
天窓からそっと陽の光が差し込み、城に残った雪を溶かす。そこに彼女の姿はなくかわりにいっぱいの桜の花びらのみがあった。冬が明けて最初の風が吹き込み、山上から花びらを散らす。春が来る。季節は巡る
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