「春」「時間」「家の中の主従関係」 作・阿

 とある雨の日、一匹の猫を拾った。別に猫を飼いたかったわけではない、でもかわいそうだったから。






 拾って数日のうちに愛着がわいてしまった。猫と触れ合う機会なんてそうそうなかったから、いろいろ調べているうちにこの子の可愛さに見とれてしまっていた。最初は保健所に連れて行こうと思ったが、自分で育てることを決意した。この子は世界一可愛い。






暇があればこの子と遊ぶことばかり考えている。幸いなのか独り身なため、仕事以外は大抵この子との時間に費やした。最近は私が笑うとこの子も笑顔を返してくれているような気がする。それに出会ったころよりも何倍も触れあってくれる、それを見て私はもっと笑顔になる。そういえばこの子の名前を考えた。よろしく、アイ。






 アイが私の顔をなめてきた。私のこと好きなのかな、と思い冗談で私のこと好きなのと聞いてみたら、可愛い鳴き声で返事をしてくれた。言葉を理解してないとわかっていても嬉しくなってしまう。どんどんアイのことを好きになってしまう。






 休日はほとんどアイと過ごしている。春夏秋冬どの季節でも常にそばにいる。アイと一緒にいる時間は満たされる、その感覚がとても気持ちいい。もしかしたらアイといるだけで人生が終わってしまうかもしれない、というか終わってもいいかもしれない。そのくらい幸せに感じる。ずっと一緒にいたい。








 今までの人生の中で一番楽しかった、幸せだった。アイのことはペットなんか思ってもいない、家の中の主従関係なんかない、家族として接してきた。だから今が一番つらい。見え切った別れを必死に見ないふりしていた自分が憎い。幸せにのろけて嫌なことから目を背け続けた自分が悔しい。


アイのことは今でも好きだ。だからこそ会いたくなんてなかった。本末転倒だとは自分でもわかっているはずなのに、心の底からそう思ってしまう。こんなにもアイを憎んでしまうぐらいだったら、出会わなきゃよかった。    

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