「リボン」「曇り」「最後の流れ」 作・俗物
私は今日あの人に告白する。
あの人と出会ったのは二年前のことだった。高校一年の夏、私とあの人は出会った。よく晴れた夏空、私は友達に連れられて高校の野球部の練習試合を応援しに行った。街の外れの市営球場は両校の学生と、野球好きのおじさんたちでそれなりに埋まっている。私達はその中で外野の一角に席を取った。友達の絵里は自分の彼氏に対して黄色い声援を送っていた。でも、私はそんな気分にもついていけなくて、ただぼんやりと暑いなあなんて思っていた。
「うわ、すごい。博志が打った! ねえ、香奈~、試合見てる?」
「え、あ、うん。見てるよ~」
その時、カキーンと、金属バットの小気味良い音がした。素人の目から見てもわかるほど、完璧な打球は白球高々舞い上がり、私達の座ってる後ろに落ちてきた。
「キャッ、あぶない」
「絵里、大丈夫?」
「うん、すごいホームランだったね」
「あの打ってる人って誰なの?」
「ええと、ちょっと待ってね。あの人は三年の浅田先輩だよ。確か、外野でめっちゃすごいんだって。プロも注目しているんだって」
「そうなんだ」
まだ、この時の私はただ単にすごい人なんだな~くらいにしか思わなかった。結局、試合は浅田先輩のホームランが決勝点となって2❘0で勝利した。
試合後、彼氏の博志に会いに行く絵里についていって、野球部に挨拶に行った。隣を見れば、絵里はさっそく彼氏といちゃついている。別に羨ましいなんてことはないけれど、ただ、それでも気になるものは気になるのだ。
「あ、えっと、君が香奈ちゃん?」
「あ、そうですけど、浅田先輩ですか?」
「お、名前知ってくれていたんだ?」
「あ、その、さっき友達から聞きました」
「あはは、正直だね」
「その、先輩は私に何か御用ですか?」
「うんと、ほら、さっきのホームラン、危なくなかったかなって」
「い、いや大丈夫ですよ。その、それよりも、格好良かったです!」
「ありがとうね」
「おーい、浅田、ミーティングだぞ」
監督の呼び出しとともに浅田先輩は立ち去った。絵里も戻ってきて、私に話しかける。
「香奈~、話聞いてるの?」
「あ、うん、ごめん。絵里、今日誘ってくれてありがとう。絵里のおかげで私、知っちゃったかも」
「え、何言ってんの~、まさか先輩に恋したの?」
「うん」
「え、まじか」
学校に戻ってから、私は花嫁修業ならぬ彼女修業を心掛けてみた。絶対にあの人を振り向かせてみせる。恋に恋してしまったのだ。
「浅田先輩、付き合ってくれませんか!」
「うーん、えっと、ちょっと待ってほしい! その、嬉しいんだけど。今は地区大会があって、まだ答えは出してあげられない」
「じゃ、じゃあ地区大会勝ったら付き合ってくれませんか。私、その、応援しますから!」
「嬉しいな、君の為にも負けられないな。でも、俺にはまだ野球をやるという使命があるんだ」
「そうですか……じゃ、じゃあ先輩、その、一つおまじないをあげます!」
「うん?」
数日後、夏の地区大会もまた見に行った。一回戦、二回線と順調に勝ち上がる。だが、地区大会の決勝はあいにくの曇り空。嫌な感じとともに、私達の高校はずるずると負けそうになっていた。1―4、少し厳しいスコアかもしれない。今日は絵里の彼氏である博志のソロホームランはあったけど、勧進雄浅田先輩から快音は聞こえない。隣で絵里はどんどん顔が曇っていく。私だってそうだ。でも、私はまだ信じていた、最後に流れが来るという事を。9回裏、先頭打者は久しぶりにヒットを打った。相手のピッチャーも動揺したのか、続く打者にはワイルドピッチ。その次は送りバントでワンアウト、二塁三塁。続く三番打者は内野フライ。ここで、今日当たっている博志に回ってきた。絵里は最高潮のテンションになった。
「ねえ、香奈、追いつくんじゃない?」
「そうだね! 勝ってほしいな」
明らかに流れは来ていた。空の雲はさらに厚く、夜と見間違うほどに暗くなる。ここで相手のベンチからサインが出る。そう、申告敬遠だ。そして、ツーアウト満塁、打者は今日不調の浅田先輩。もう、周りも願うしかない。皆がそう思っていた。ただ、私だけは信じていた。最後の打席、浅田先輩のバットにはリボンが結ばれていた。相手のピッチャーが投げた第一球、高めのストレート、カコーン、金属の音がした、そして、球はフェンスを越える。
「や、やった! 先輩が決めてくれた!!」
絵里は涙を浮かべながら喜んでいた。私も目じりに涙をためながらハイタッチした。ダイヤモンドを回る先輩は明らかにこちらを見てくれていた。曇り空から陽の光が差してきた。
その後、チームは甲子園に出場した。私と絵里は現地まで見に行ったが、チームは準々決勝で負けてしまった。その後、先輩はドラフト3位で関東のチームに指名された。二年がたって、今日は私達の卒業式。絵里と博志は近くの大学に通うらしい。私は関東に進学する。
「また会おうね!」
そんな言葉を残して、私は飛行機に飛び乗った。羽田空港の到着口には、サングラスとマスクで変装した先輩が待っていた。今や先輩は期待の若き主砲だ。
「先輩!」
「待っていたよ」
そういって、先輩はポケットからリボンを取り出した。私はそれを見て涙が出てきた。これは嬉しいほうの涙だ。そして私は先輩に駆け寄り、二人は一つになった。風が舞い、リボンは空に浮かんでいった。
『先輩がプロ野球選手になって、私が卒業したら、そのときまた答えを教えてください』
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