第24話 エピローグ:これからも、ずっと。
雲ひとつない青空。
なのに日差しはどことなくぼんやりとしていて地表に柔らかく降り注ぐ。
「はるー!はやくしてー!」
「ちょっとまってー!」
のんびりとした麗らかな陽気とはうらはらに、数多家からは今日も忙しく千日の声が響いてきている。
「もう!早くして!遅れるよ‼」
ドアノブがカチャリと音を鳴らすと、中からは今日の準主役、卒業生の母が登場。
フォーマルなスーツに身を包み、胸の白いコサージュが映えている、とても五十代半ばとは思えない若々しさを保っている、今日も元気な母・千日。
そして後を追って、本日の主役!袴姿の娘・日和の登場。
こちらはまた、慣れない衣装にもたつく娘。
玄関では母が、少々イラついて娘の出番を待ち望んでいる。
「もう!早く出て!」と、もたついている娘の袖を掴み、グイッ!と強引に表に引っ張りだす母。
「引っ張らないで!」
母の強引さに、娘はカクンッ!とつんのめる。
「卒業式に遅刻なんて、有り得ないよ‼」
そう言いながら、母はバックから鍵をジャラジャラ!と激しく鳴らし立てて取り出し、カチャン!と忙しく戸締りをする。
すると、門に手をかけ編み上げのブーツを履き込んだ足を出しかけた日和が、はッ!と思い出し、母を呼び止める。
「ママ!パパは⁈」
鍵をバックに仕舞ったばかりの千日もまた、はッ!とした顔をして、慌てて再びバックから鍵を取り出し、一目散で家の中に戻っていった。
!・・・ん⁈・・・。
ふと、無意識に何かを感じ取った娘。
後ろを振り向き、辺りを見回す。
「・・・・・・・・・。」
が、視界から察する分には、とりわけなにか変わった様子もない、いつも通りの家の前の往来。
娘はすぐさま向き直り、なかなか戻って来ない母を大声で呼んだ。
「ママー!遅れるよー!っつーか、完全に遅刻だよー!」
すると奥からは、のんびりと構えた娘へのイラつきが募る母の雄叫びが響いてきた。
「遅刻だよって!あんたの卒業式よ!そう思うんならタクシーぐらい呼んどいてよ‼」
その声に、娘はやれやれと、両手を広げてアメリカナイズされたポーズをとって溜息をつく。
「ふー・・・やれやれだぜ・・・・・。」
‼
すると、またもや何かの気配を感じ取った娘。
今度はサッ!と素早く振り向き、目を皿のようにして辺りを隈なく見回した。
「・・・・・あ!」
その視界に飛び込んできたのは、道端の雑草の陰に身を潜めた、この辺ではお会い出来るのがかなり珍しい、黄緑色のアオガエルさん。
陽の光に照らされて、艶々と煌めくその肌に魅了され、日和は一歩、また一歩と、カエルさんに逃げられないように、ゆっくりと近づいていく。
「かわいぃ~。」
晴れの舞台の借り物の袴など気にもかけずに、日和はしゃがみ込んで黄緑色に輝くカエルさんに見とれる。
喉元をぷく~っぷく~っと膨らまし、「ケロロロッ。ケロロロロッ。」と、心地良い鳴き声で語り掛け、日和を魅了するカエルさん。
「フフッ。なんか、パパみたい・・・・。お前、そんなに警戒心ないと食べられちゃうぞ。」
そう静かに語り掛ける日和をまん丸な瞳で見つめ、カエルさんは再び喉元をぷく~っぷく~っと膨らまし、「ケロロロッ。ケロロロロッ。」と、語り返す。
ちっちゃくて、黄緑色の警戒心の薄いカエルさんに、日和は八年前に他界した父・一念を感じていた。
「パパ、見に来てくれたのかな?」
そう直感した日和はすくっと立ち上がり「どお?」とカエルさんの目の前で、袴姿の自分を魅せて回った。
「どお?パパ。かわいい?わたし、素敵?」
タクシーを呼ぶのも忘れ、カエルさんの前でくるくると回って晴れの姿を魅せつける、乙女チックな二十歳越え。
「なにやってんの?・・・・あんた。」
「お、おう⁈」
振り向くと、そこには冷めた目をした母・千日が、仁王立ちで娘を見据えていた。
「あ、えっと・・・・・パパにさ、晴れの姿を見せていたのだよ・・・。」
恥ずかしそうに、俯く日和。
すると俯いたその瞳に、無残にもシャカシャカ袋に入れられた父の遺影が飛び込んできた。
「ママ!これはいくらなんでもさー・・。」
すると千日、娘のその反応にシャカシャカ袋を高く掲げ、
「だいじょぶよ、ほら!ちゃんと紫の布で包んで・・・・・・。」
はみ出していた。
たしかに紫色の袱紗で包んではいたが、慌てて雑に包んだためか、一念の笑顔が半分覗いてた。
慌てて取り出し、ちょっと高くした太腿の上で改めて包み直す妻。
「そんなことより、タクシー呼んでくれたの?」と、家から出て来た時すでに、舞い踊っていた日和を問い詰めた。
その言葉に、再びはッ!とした顔をする娘。
顔にはすでに“忘れてました!”と、書かれてあった。
「もー!なにやってんの⁈ほんとに遅刻だよ!」
「大丈夫!ママ、大丈夫だから!」
なんだか母を宥める口調が、父に似て来た娘。
絶望する母に、娘はサッとスマートホンを取り出し、軽快な効果音を添えて掲げて見せた。
「テレレテッテレー♪スマートホン!」
ふざけた娘のそのジェスチャーに、思わずプッ!と吹き出す母。
その表情からは、すでに絶望感が消え失せていた。
「フッ。」
してやったぜ的な不敵な笑みを浮かべる娘。
娘は画面をタップして、スマートホンを耳にあてる。
「あ、もしもし、金瓶交通さんですか?配車をお願いしたいのですが・・・・・。」
「アプリじゃねーのかよ!」
母、すかさずお約束通りのツッコミを入れる。
そんな愉快な二人のうしろ姿を、まん丸の瞳でジッと見詰めるカエルさん。
なんとなく、笑みを浮かべるその顔と、二人を見詰めるその瞳には、どことなく懐かしさと温もりが透けて見えた。
千日と日和は、そんなカエルさんに見送られているとも気付かずに、あーでもない、こーでもないと、相変わらずな二人を見せつけ、卒業式へと歩みを進ませていった。
数多一念 時の旅 英 金瓶 @hanabusakinpei
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