第2話 2019年―②
何口か無言で啜り上げ、額にうっすらと汗が滲んできたころ、空っぽだった胃袋もようやく満たされ始め、二人に会話の余裕がもどる。
「パパ、どこ行っちゃったんだろーね。」
先送りにしていた問題に日和が切り込む。
「さぁー・・・。」
口をモゴモゴさせながら首を傾げる千日。
思考はまだ、目の前の饂飩と食べ終わった後のスケジュールといった、主婦的な考察にあるようだ。
「さぁーって・・・、パパどこ行ったか気にならない?」
思惑と違った母の返事に、少々の不満をチラつかせた娘。
「え?・・・う~ん・・・。」
不満げな娘に少々困惑気味な千日は、その場凌ぎにテキトーに返事をしてしまう。
「なんか急用でも出来たかね。」
「急用って?」
間に合わせのテキトーな返事と知ってか知らずか、娘、即座に鋭く食い込む。
「え?・・・。」
その話、いまじゃなきゃダメ?と、思いながら言葉に詰まる母。
「だけど、パパなのにおかしいよね。私たちに何も言わないで出ていくなんて。」
なるほど。
一念さん、娘さんに絶大な信頼があるようですね。
一方の奥さんは、娘に言われて初めて気付いたようですが。
「そう言われればそうだね。おかしいね。パパなのにね。」
妻・千日、娘・日和の言葉に夫への厚い信頼を思い出し、箸が止まる。
「パパ、なにか言ってなかった?」
更なる娘の事情聴取。
「なにかって?」
「聞いたんでしょ?パパの声。」
「うん。」
「それって、パパがなんか喋ったから聞こえたんだよね?声。」
そう言われればそうだ。
娘、鋭い!
「そっか!」
わが子ながら、千日も娘の名推理に感心している。
が、夫が何を言っていたかは思い出せないちょっとポンコツな四十後半お年頃。
「思い出してママ!謎の解明はママの記憶にかかってるよ!」
いつの間にやら、伸びたうどんを僅かばかり放置して、日和は名探偵になりきっている。
「うーん。思い出せって言われてもだよー・・・。」
やはり、ふんわり漂うポンコツ風味四十後半五十前。
しかし、千日も風呂場という密閉空間で《まぜるな!危険!》の文字を纏った諸刃の剣を片手に朦朧としながら死闘を繰り広げている最中での出来事。
聞こえたというよりは、外からの聞き覚えのある声に耳が反応したと言ったほうが正確な状況。
意識して記憶に刻んだものではないのだから思い出すのは容易いことではない。
それでも、娘にせがまれ眉間にしわ寄せ、出来る限りの記憶の奥底を深く探る。
「あ!」
!なんか思い出した!
きっと、頭の中にある引き出しを、何個も何個も開けては閉め、開けては閉めと繰り返して、やっと見つけたキーワード。
人間諦めてはいけない。
母、がんばった!
「Tシャツ!確かTシャツって言ってた。」
「Tシャツ?・・・こんな真冬に?」
「あ、あとそれだ!真冬にTシャツ!」
「真冬にTシャツ?・・・なんだ?それ。」
うん。たしかに。
これから更に寒さが厳しくなろうというこの年の瀬に、Tシャツって。
小鼻を膨らませ、私はやってのけた!的な達成感満載のようですが、そのキーワード本当に正しいのでしょうか?
絞りだされた母の手掛かりに、名探偵日和の頭上にはまたも大きな疑問符が浮かぶ。
一生懸命記憶を絞り出してくれたお母さまには申し訳ないですが、旦那さんの捜索はここまででしょうか・・・。
それでもなお、頭を悩ませ推理する名探偵日和。
でしたが案の定、すぐに「わかんない!」とあっさり諦め、僅かに残った伸びたうどんを一口で攫って「ごちそうさま!」と両手を合わせる探偵気取りだった娘。
食器を流しに置いた後、リビングのソファに体を沈め、父の行方を思案し始めるのかと思いきや、興味はすでにスマホいじりに移行していた。
はい、父の捜索終了。
先の予感、的中。
いつの世も、この年頃の子は次へ次へと目まぐるしく興味を移す。
しかし、そうもいかないのが妻、千日。
懸命に絞り出された謎な手掛かりもほぼ役に立たず、心にはモヤモヤが残り腑に落ちない様子。
「ねえ、はるー。」
「んー?」
“パパなのに”このワードを胸につかえさせたままの千日は、さっきまでの勢いはどこへやらの、気のない返事をする探偵娘に父の再捜索を依頼する。
「ねぇ。パパに電話してみてくんない?」
その手があるじゃん!
振り向いたへっぽこ探偵の顔には、そう書いてあった。
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