賢瞭神社 - お参りすると絶対合格できるが・・・

@amenosou

賢瞭神社

とある田舎に3人の天才高校生がいた。

吉岡・井沢・国村の3人だ。


3人とも国内最難関の真都大学・医学部に合格できるだろうと言われている。

皆、天才にありがちな不安症な性格だ。

同じ性格だからこそ、3人は仲が良かった。


ある日、吉岡が「合格祈願をしに行こう。」と言い出した。

どうやら、絵馬を掛けると絶対に合格できるという神社が、県内にあるらしい。

人目につかない山の中にある神社なので、ほとんどその存在は知られていないが、

そのような噂を耳にしたことがあると言う。


「いいな、行こう。」


井沢も国村も賛成した。

3人の学力を考えると、本来の実力を発揮できれば真都大・医学部には合格できるはずだが、なにぶん不安症なので、神頼みはしておきたい。


1週間後、3人は神社があるという山の麓に集まった。8月の真夏日だ。

観光名所などでもなく、誰が管理しているのかもわからない山で、登山路なども整備されていない。


「ここ大丈夫なのか」


と国村が心配そうに言った。不安に駆られながらも、3人は山を登り始めた。


4時間ぐらい登っただろうか。


「多分この辺りのはずだぞ」


と吉岡が言った。

そして、緑の蔦が根深く絡まった鳥居を見つけた。

鳥居の近くの石碑には「賢瞭神社」と書かれている。

「賢い」という字に明瞭の「瞭」と書いて「賢瞭」と読むのだろう。


「ここだな。誰も管理してないな。」


吉岡が言った。人が来た気配が全く感じられない。


 鳥居をくぐって目線を先に向けると、大きな神社の建物と賽銭箱、そして鈴を鳴らすための紐が見える。


「ここまで来たからには、願掛けしておくか。」


吉岡はそういうと、財布から100円玉を取り出し賽銭箱に投げ入れた。

そして鈴紐を掴んで左右に揺らすと、「カランカラン」と鈴が鳴った。

鈴は錆びているようだが、独特の深みのある金属音が鳴った。パンパンと手を叩いて目をつぶり、願い事をする。

井沢と国村も吉岡に続いて、同じように鈴を鳴らして願い事をした。


「さて、次はいよいよ本題の絵馬だな。こんなところに絵馬なんてあるのか。」


井沢が言った。すると吉岡が答える。


「ここ見てみろよ。木の箱があるぞ。開けてみようか。」


吉岡が古い木の箱を開けると、そこにはいくつかの埃をかぶった絵馬が入っていた。


「お、あるじゃないか。」


3人ともリュックからペンを取り出し、絵馬に願い事を書いた。

もちろん願いは3人とも共通で、真都大学に合格することだ。


「でもどこに結べばいいんだ。絵馬が結んである場所が見つからないぞ。」


「あの木の枝のところに絵馬がかけてあるぞ。」


国村が指差す方を見ると、神社の主のような顔をした大木に絵馬がいくつか掛けられていた。3人は絵馬を大木の枝に紐で結びつけた。


「これで少しは安心だな。」


達成感と安堵感につつまれながら、3人は山を降りた。



半年が経った。



3人は受験を終え、全員が真都大学・医学部に合格した。

「いつもにも増して、実力を出し切れた感じがしたよ。リラックス出来すぎて自分が怖いくらいだった。」と吉岡が言った。


「俺もだ。あの神社の絵馬のおかげかもな。」と井沢が答えた。


「俺も異常に調子が良かった。本当にあの神社のおかげな気がするよ。」

国村も笑って答えた。


大学に入学してから、3人とも別のクラスやサークルに入ったので、

会う機会は減ったが、皆充実した生活を送っていた。

そして1年目の夏休み、吉岡と井沢は実家に帰った。


「大学に合格できたことだし、あの賢瞭神社にお礼参りに行かないか。」


と吉岡から井沢の携帯に連絡が来た。


「そうだな。ちょうど運動もしたかったし、山登りも兼ねて行くか。」


井沢も賛成した。



2人ともまたあの山をのぼり、賢瞭神社に行った。

そして、鈴を鳴らし、お礼の絵馬を書いて大木の枝に結んだ。

去年自分たちが書いた絵馬もそのまま残っていた。



それから3ヶ月が経った頃だろうか。

真夜中に突然国村から吉岡の元に電話があった・・。


「もしもし、どうしたこんな時間に」


「・・・・・」


「おい、どうした。なんだよ」


「虫が・・・!人の顔が生えた羽虫が部屋中にいるんだ!助けてくれ!」


「え、どういうことだよ」


「耳に入ってくるんだ・・・。や、やめてくれ!」


「しっかりしろよ、国村。おい!」


悲鳴がしたかと思うと、国村の声が全く聞こえなくなった。



それから2日後だった。国村が自殺したという知らせを聞いたのは。



井沢が吉岡に話す。


「国村と同じ授業をとっている友だちに聞いたんだが、なんでも少し前から、

精神的に不安定な状態になっていたらしい。目はうつろで、受け応えもまともにできない状態だったようだ。」


「いきなりだな。実家に帰ったすぐ後に会った時は、普通にコミュニケーションできていたし、健康そうに見えたんだが・・・」


「そうだよな。俺もそう思った。友人に聞いたが、特に何か問題を抱えていた訳でもなさそうだ。前期の大学の単位も普通に取れていたし、特に失恋したような話も聞いていないしな。家庭教師のアルバイトも真面目にやっていたようだ。」


「俺たち3人は性格も似ているし、俺と井沢が何も問題なく過ごせているのに、

何故、国村だけ急にあんな風になってしまったんだ。何が原因なんだろう。」


「俺たち2人と国村の違いを強いて言うなら、あの神社にお礼参りをしていないぐらいだが、まさかお礼参りをしなかったことへの祟りとかじゃないよな・・。さすがにそれは考え過ぎか・・」


「まあ関係ないとは思うが、なんか不安ではあるな。念の為、毎年実家に帰った時はお礼参りするようにしよう。また次の夏も一緒に賢瞭神社に行かないか?」


「ああ、そうだな。分かった。」



そして次の夏がやってきた。実家に帰った吉岡と井沢は、神社に行くために、またあの山を登る。



2人が山を登って3時間ぐらい経った時、井沢が口を開いた。


「お前は大学のテニス部で鍛えてるから、体力あるな。俺は最近全然運動してないから、ちょっと疲れたよ。すぐ追いつくから、ちょっと先行っててくれよ。」


「ああ、分かった。ゆっくり来ていいぞ。」

と吉岡は答えた。


吉岡が先に賢瞭神社に辿り着いた。相変わらず人の気配はなく、

緑の蔦が絡まった鳥居が口を開けている。

神社の建物の鈴紐を掴んで左右に揺らすと、

「カランカラン」というあの懐かしい鈴の音が鳴る。

パンパンと手を叩いて目をつぶり、合格のお礼をする。

そして木箱から絵馬を取り出し、お礼のメッセージを書く。


「悪い、待たせたな。」


と井沢が20分くらい遅れて到着した。

井沢も木箱を開け絵馬を取り出すと、お礼のメッセージを書いた。

大木の枝を見ると、2人が書いた2年分の絵馬が変わらず枝に結ばれていた。

別の枝には国村が書いた絵馬1つも変わらず結ばれているのが見える。


「国村の絵馬も、ちょっと見てみるか・・・」


「ああ。ちょっと怖いな・・・。」


井沢は、恐る恐る国村の絵馬が結ばれた枝に近づく。そして絵馬を手にとった。

“真都大学医学部 絶対合格。国村 浩介”と書かれている。

2年の月日が経って多少絵馬の色味が変わっている気はするが、それ以外に不自然な点は特にない。


「良かった。ちょっと安心した。呪いの印とかが付いていたらどうしようと考えてしまったよ。」

と井沢が少し冗談っぽく微笑を浮かべながら言った。


そして2人は、さっき書いた絵馬を、これまでと同じように大木の枝に結んだ。


「これで1年は安心して過ごせるな」と吉岡が言った。


2人は山を下りた。


それから3ヶ月が経った。


真夜中に井沢から吉岡に電話があった。

吉岡は嫌な予感がしつつも電話をとる。


「・・どうした?」


「・・・・」


「おい、大丈夫か?」


「腹が裂けてる。早く元に戻さないと・・。」


「なんだって!?怪我したのか??」


「でも血が出てないんだ・・。」


「救急車呼ぶか?」


「助けてくれ・・」


俺は救急車を呼び、井沢の家に駆けつけた。


アパートに着くと、すでに救急車が到着していて、救急隊員が作業をしていた。


「僕が電話した吉岡です。井沢はどうなんですか?無事なんですか?」


「井沢さんは、亡くなっています。首を吊って自殺されていました。」


「なんだって!そんな・・・井沢まで。。」


俺は、悲しみよりも、得体の知れないものへの強い恐怖を感じた。


「井沢はお腹が裂けたと言っていました。その痛みに耐えかねて命を絶ったんでしょうか?」


「いえ、お腹の方は、特に異常はありませんでした。

首吊りによる呼吸停止が直接の死因のようです。」



一体何が起きているのか。本当にあの神社の祟りか何かなのか?だとしても、井沢は吉岡と同じく、あの神社にちゃんとお礼参りをしたはずだが・・・。

井沢は死んで、なぜ俺は生きているのか、と吉岡はそればかりを考えていた。


それから数週間が経った。


吉岡は大学に行く気力もなくずっと休んでいたのだが、さすがにそろそろ行かないとまずい。

今日は教養で履修している音楽の講義がある。出席も足りていないので、心のリハビリもかねて行くことにした。



講義が始まった。教授が話す。


「先週までで、必要な内容はあらかた話したので、今日は少し雑談をしようと思います。皆さんはf/1のゆらぎという言葉を知っていますか?これは、世界的にも議論が続いている不思議な概念なのですが、f/1のゆらぎ音を聞くと、人間の生体に快適感やリラックス効果をもたらすと言われています・・・。」


人間をリラックスさせる不思議な音か・・・・。


その話を聞いた時、吉岡は重大なことに気がついた。


・・あの神社の鈴の音だ。あの鈴の音を聞くと、なんとも言えない不思議な安心感に包まれた。


まるで全てを受け入れ許されているようなそんな異常な感覚だ・・・。


f/1のゆらぎ音の特徴と、とてもよく似ている。


もしかすると賢瞭神社の合格の秘密は、絵馬ではなく、鈴から発生するf/1の揺らぎ音にこそあるのではないか。


鈴の音を聞くことで、異常なリラックス状態になり、3人とも大学受験で本来の実力以上のものを出すことができた。


これがおそらく、賢瞭神社の秘密なのではないだろうか。


では何故、鈴の音を聞いた後に国村と井沢は不可解な形で命を絶ってしまったのか。


これは想像だが、「禁断症状」に近いことが起こっていたのではないか。例えば麻薬などは、使用した直後は快楽に包まれるが、効果が切れると、幻覚や幻聴を伴う激しい禁断症状に襲われるものだ。


鈴の音に強い依存性があり、定期的に鈴の音を聞かないと、激しい禁断症状に襲われてしまうということが考えられる。


国村は最初のお参り以来、神社で鈴の音を聞いていないし、井沢はこの前のお礼参りの時、絵馬は書いていたが、鈴を鳴らし忘れていた。


国村や井沢の現実離れしたような発言からみても、幻覚や幻聴のような現象が起きていたのは間違いない。


この手の幻覚や幻聴は、人のトラウマがベースになるという説もある。

国村は、幼い頃にスズメ蜂に襲われたことが原因で、虫を見るだけでアレルギーが起きていたし、井沢は確か、腸閉塞のような病を過去に患い、生死の境をさまよったことがあると言っていた。


それが幻覚や幻聴の正体なのだろう。


結局、鈴を毎年鳴らしている吉岡だけが、禁断症状に陥らずに生きられているという訳だ。


それから吉岡は、毎年必ず神社に訪れ、鈴を鳴らし続けている。


吉岡にとって、それは依存であると同時に、生存でもあった。


生きるためには、永遠に鈴を鳴らし続けないといけない。



2年後



二人の作業着を着た男が山を登っている。そして賢瞭神社の鳥居の前で足を止めた。


「こんなところがまだ残っていたとはな。」


「ああ。この辺で登記されてる神社でも、賢瞭神社なんて名前は見たことないな。

国道の開通には影響ないだろうが一応報告しておくか。」


その後、国道の開通は正式に決定し、賢瞭神社の取り壊しも決まった。


もう誰も、あの鈴の音を聞くことはできない。


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