第六話  森の中の二人



「防衛隊士入隊試験、第4次試験をこれより開始する。呼ばれた者から付いてくること!」


そう叫んだのは1〜3次試験では姿を見せなかった顔に仮面をつけた試験官であった。

怪しげなデザインの仮面をつけながらに防衛隊士の軍服の間から見えるその筋骨隆々としたその体つきを見るに歴戦の防衛隊士であることが伺える。


その仮面の試験官が4次試験について簡単な説明を行った。


「その1,別室にて順番に転移の能力にて受験生を出発地点の森の中に転送する。」

「その2,物資を村へ配達し、出発地点に戻った時点で試験終了とする。」    以上。


(何よ…それ…。)


試験内容の説明が簡単すぎる。これでは準備や対策もあったものでは無い。


そもそもどうやってこの会場にいる100人を超える受験生の試験を行うのか、という疑問があったが遠方地に試験会場を複数用意している、という説明があった。


物資を届け、試験会場に戻ってくる制限時間は明日の夜明けまでとされた。

所持品は自由、武器・能力の使用も許可、戦闘が発生した場合相手を殺傷することも許可された。


そしてその結果、受験生が死亡するリスクがあることも。


「ええっ!おれ!死にたくねぇよ!」


ダケルはそう叫ぶがレドが視線を移すことはない。


「黙れ、駄犬。貴様はこの俺様と我が9本の神剣の後ろを、ただ馬鹿な犬の様に付いて来るだけで良い。散歩程度なら貴様でも出来るだろう?」


「俺はダ ケ ル だっつてんだろー!」


説明が不十分だと質問する受験生もいたが試験官から帰ってくるのはどれも曖昧な回答ばかりで、試験内容について教えるつもりがないのは明白であった。


(現地に着いてからの判断が重要になりそうね…。)


簡単な説明が終わると試験官達は配置に付き、受験生の転送が順次開始されていった。受験生はそれぞれ部屋に案内させられる。リサとクレインの順番は比較的早い。


「ではな、惰弱な男よ。お前と同じ学び舎で育ったなど虫唾が走る。俺様ですら低く見られてしまうではないか。貴様は生き残る為に惨めに這いずり回り、森の中で明日の朝を迎えるのがお似合いだ。」


「リオ。レドが頑張れだってさ」


「はいはい、お前こそ死ぬなよ?」


ダケルがいつの間にか掛けられた首輪でレドにズルズルと引きずられていく。


「クレイン、何が起きるか分からない。転移前から身構えておけよ?」


「もちろん、リオはどうするの?」


「あの力は使わない。森の中で使って山火事なんてごめんだからな」


「オーケー。」


リサの言う”あの力”とは兄の姿を擬態する幻術の力である【陽炎幻視エルリスファントム】ではなくもう一つの”力”である。

陽炎幻視エルリスファントム】はクレインにも教えていない。この場ではリオの持つ”力”と言えば後者のことだと十分に伝わる。


今一度、所持品、装備品を確認したリサとクレインは薄暗い廊下を抜け、案内された部屋に移動する。

そこで待っていたのは先ほどの仮面を付けた試験官であった。


「受験生番号48番、リオ・ドルス・リストヴァルと86番、クレイン・ホーカーで間違いないな?」


「はっ!」


試験官の問いにリサとクレインは敬礼と共に返答する。


「よし、両名共これより4次試験を開始する。この荷物を持て。これより転送を行う。」


村に届ける物資と共に、目的地の森や村の位置が記された地図を渡される。

転送の準備が整うと、仮面を付けた試験官がリサとクレインの額に両手を充てる。


目を閉じているが試験官の両手が薄く光っているのが瞼越しに分かった。

転移の力を見たことはリサもクレインも無かったがその力は心底羨ましいものである。


どれほど恵まれない環境に生まれようと転移の能力をもつというだけで大成出来てしまえるであろう汎用性を持つ力だ。

どの程度の量や距離を転移出来るのか不明であるが戦況を一変させうるこの力の特性上、試験官が仮面で顔を隠しているのも国防上やむを得ないことなのだろうか。


(…私なら、もし敵にいたなら真っ先に殺すわね。)


などとリサが考えていると景色が淡く歪んでいる。



身体がふわりと浮いたような高揚感に包まれ心地よいとも感じている。

それはまるで植物の種子が春風に乗り新天地を目指しているような柔らかさであった。


綿毛のような自分の身体の端に、別の綿毛が引っかかっている。


これはクレインだろうか?

森についたら…転送後すぐに…戦闘体制をとらなくては…。


森…戦闘……?

あれ何…だっけ…?


景色が揺れ…


て…













遠くから鳥の鳴く声が聞こえ、顔に落ち葉が当たる。


「……っ……なに……ここ?」


仰向けで倒れていることに気づいたリサだが、朦朧とする意識からなんとか覚醒する。

上を見上げると生い茂る緑の葉と枝、そして木漏れ日が差す景色が視界に入る。


どうやら試験会場の森の中についたのは間違いない。


(そ、そうよ!戦闘になる可能性が…!…な、何!?身体が動かないっ!)


リサは仰向けのまま慌てて周囲を確認する。

するとなぜか視線の下の方にクレインの顔があった。


「………へっ?」


もっとも、普段と違うのはリサの上で横になり胸に顔をうずめたクレインの姿だった。


「ク、クレイン!?お、お前っ!!?」


しかしクレインは動かない、どうやらまだ意識を取り戻していないようだった。

スヤスヤと子供の様に眠り込んでいる。


リサは胸はそれほど大きくないと思っていたが、クレインの小さな頭であれば動かないようにする程度にはあるということが分かった。


「あっ!…え…えー、あー、コホン…。」


一瞬、自身の兄であるリオ・ドルス・リトヴァルに似つかわしくない、情けない声を上げそうになったリサだったが自身のもつ【陽炎幻視エルリスファントム】が発動しているか念入りに確認した。


リサからしてみれば恥じらうべき今の状況も【陽炎幻視エルリスファントム】によって五感を狂わされたクレインからしてみればリオ・ドルスの固い胸筋で枕されているだけという状況なのだ、と意識し直し、冷静を装う。


息を整えクレインの寝顔を観察してみる。


(…小人族ホビットといっても、結構重いものなのね…)


リサは女性と男性の体積当たりの重量比率の違いだろうか、などと考えていたが今はそんなことをしている場合ではない。

そもそも今はどことも分からぬ森の中。


改めて【陽炎幻視エルリスファントム】を使い、リサはクレインを起こしにかかる。


「おい、クレイン。起きろ。動けないぞ。」


「…え?…あぁ!?リ、リオ!ご、ごめんっ!そのっ…僕っ!」


薄ら眼のクレインは5、6秒掛けて覚醒すると、急いで跳ね起きた。


「落ち着け、森の中だ。転送されたみたいだぞ。」


「えっ?そ、そうだね…これが転送かー…ふーん…これはちょっと難ありだね…。」


(…何をオドオドしてるのよバカ!こっちまで恥ずかしくなってくるじゃないのっ!)


物体を転送するという強力な能力を持つ仮面の試験官だが、強力な能力であるが故にデメリットも存在するようだった。少なくとも今の自分達の経験からすると転送された人間は転送先で一定時間意識を失うことは間違いない。


近くに敵性生物が居れば命を奪われていたのだ。無視出来るデメリットでは無い。


そのデメリットのおかげでリサ達は戦闘体制どころか周囲の状況すらつかめていない。


「…!そうだ!…森についたんだね!」


「そう言っただろ?俺もついさっき気が付いた」


「それにしても暗いね、生えている植物も王都の周りのものじゃないみたいだよ。」


幸い空が十分見える程度には木々の間に余裕はあった。


転送されてからまだそれほど時間が立っていないように見える。

空から昼間のような明かりが差している。


足元には転送された際に出来たであろう魔法陣のような紋様が浮かび上がっている。

ここがスタートであり、ゴールでもある。

今は動作していない様だが帰還する際は二人でこの陣に乗り念じること、と説明があったのを思い出した。


試験前に渡された地図に従い現在位置と方角を算定する。

森の中でのこういった作業は小人族ホビットのクレインが適任であろうことは分かっていた為、リサは取り立てて口は出さない。


クレインの移動ルートの選択に恐らく間違いはない。

彼が長年過ごしてきた森の中とは作りは異なるが基本的な知識は十分通用するだろう。


待ち伏せに逢いやすい地形、猛獣のマーキングルートの回避、食人植物の好む土壌などリサには無い知識をクレインは多く持っていた。


(あのオカマラルゴに渡さず、クレインと組めて正解だったかしら…?)


しかしラルゴのおかげでクレインとペアになれたといっても過言では無い、ここはむしろラルゴに感謝すべきかもしれない。


道中、リサとクレインが懸念していた戦闘もそれなりの回数が発生していた。


ただし出現するのは、ゴブリン、コボルト、マタンゴ、プラントイーターなどいわゆる下級の魔物が小さな群れをなしているのみであった。

街の自警団程度でも対処可能な程度の魔物しか出現せず、リサは寧ろ違和感を覚える。


リサの剣撃とクレインの【植物操作グリーンメイカー】の力で植物を操作し、簡単な妨害を行うだけで難なく対処することは可能だった。


魔物の対処が本来の目的で無いのでリサ達は深追いはしない、する必要もない。

野生の生物はどちらかの命が尽きるまで争うことはまず無い。

相手の力量が伝わり、その結果得られる食料が割りに合わないと感じれば恥も外聞も無く逃走する。


リサ達ともそれで利害は一致している。


クレインが安全な道を選定しているおかげもあるのかも知れないが、全体的に敵のレベルがこうも低いとその捕食者にあたる魔物の強さも知れているだろう。この様子では脅威になる強さのものがいるのかどうかも怪しい。


「クレイン、どう思う?」


「順調…すぎるね、ここまで来ると。」



安全なルートを選定して通過してきた為時間がそれなりに経過していた。

往復する時間を考慮し、出発地点には日が暮れるまでには帰還出来る程度の速度で移動して来たつもりだった。


試験で高得点を得る為に、やはり村へ食料を届けるタイムを競うべきだったか?と頭に過るリサだったが、今から方針を変えても恐らく良い結果には繋がらないだろう。


「見えたね。あれかな?」


「そうだな。」


森の切れ目から丘に佇む村が確認出来る。恐らく目的地の村で間違い無いだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る