第七話 任務か、命か、罠か、
丘の上に佇む村は人口50人程度の小さな村であった。
外壁などはなく、遠目にも放牧された牛や羊による畜産と、丘の斜面を利用した農作で生活を営む小村だった。
森の中とはうって変わって初春のやわらかな日差しが差し込む気候の良い立地に構えられた生産性の高そうな村の様子が分かる。
そこに見える放牧されている牛達、農耕に勤しむ人々も裕福とは言えないまでも見るからに瘦せこけたものはおらず、十分に生活出来ているように感じられた。
見たところ安定した村といった感じでこれといった特徴は無いように見える。
建て替えの途中だろうか、家の再建を行っている家々が多い。
今回の試験の為に準備されたというよりは長年ここで生活している村を試験会場に選んだという所だろうか。
リサとクレインが村を尋ねると体格の良い男性が出迎えてくれた。
「おや!物資を運んできて下さった方々ですかな!これはこれは、助かります。」
「失礼します。本部の指示でこちらの村に物資を運んで参りました。代表の方は居られますか?」
若手を取りまとめる兄貴分といった風体だろうか。焼けた肌と引き締まった肉体から農民でありながら強い男をイメージさせる。
自分が代表だ、という男性に物資を渡し、グイグイと引っ張られるように案内された部屋で所定の手続きを進める。
その間、代表の男性は気さくに話かけてくれるがリサとクレインはこれから何が起こるのだろうと気が気でなかった。
(何が仕込んであるのかしら…?この試験…。)
そう、二人は試験開始からここまで、これといった事件、イベントが何も起こらないことに困惑していた。
このアイラス・ル・ビア王国の防衛隊士入隊試験の最終試験、第4次試験の内容がこんな子供のお使いのような内容で終わるはずが無いと。
そんな二人の思惑通りか、新たな課題を抱えて別の村人が現れてた。
「た、頼む!あんたら防衛隊士さんだろ!」
部屋に入ってくるなりそのいかにも農民といったいで立ちの中年の男性は半ば無理やり話を進め始める。
「俺の息子と娘が森に勝手に入っていっちまったきり帰らねぇ!もうすぐ日が暮れちまう!手ぇかしてくれ!頼むよ!」
リサとクレインは呆気に取られていた。
村人達の演技には確かに妙に切羽詰まったものを感じる。
この試験の為に劇場の役者でも雇っているのだろう、とリサは考える。
この役者の演技は一流、だがなんだこの試験内容は?
誰が考えたのかは分からないがあまりにもチープ、安っぽい展開だ。
散々期待させておいて、これ。見掛け倒し。張子の虎のようなもの。
上等な素材を使って作った料理に出来の悪い調味料で味付けをしたかのような残念な感覚に見舞われる。
防衛隊士入団試験 4次試験に似つかわしくない安直な展開にリサの眉は少し歪むが今は、一度状況を整理し回答する。
「申し訳ありません、村の方。我々は服装こそ防衛隊士のものを纏っておりますが、これは仮の身分によるもの、指示を超えた活動は認められていません。」
「そして我々は今は急ぐ身でありますゆえ…申し訳ありませんがお力になれそうにありません。何よりも、あの森の魔物程度でしたら村の皆様でも十分に対処可能と思われます。」
リサはあくまで紳士的に、そして自分たちの誠意が伝わるように回答する。
村人達の感情を逆なでする必要は無いからだ。
「物資を届けて時間までに帰還する」という指示が達成できなくなるリスクを負ってまで子供を助けるつもりなど当然無い。どちらかと言えばこの「子供を探しに行く」という行為に参加することがこの試験の罠の一つのように感じられる。
「頼むよ!防衛隊士さん!最近あの森には山賊が最近でやがるんだ…俺たちじゃ手に負えねぇよ!」
山賊、という新しい単語に少し考えさせられるがリサとクレインの回答は変わらない。
重ねて安っぽい試験の内容に困惑すら覚える。
「…それでもお引き受け出来かねます。可能な範囲で皆様で捜索と、そして近隣の街で防衛隊士か自警団に助けを求めることを推奨します。」
10才の息子と8才の娘、髪は二人とも茶色だ、服の色は土色だ、などと外見の特徴を聞かされても今のリサ達からすれば全てどうでも良い情報だ。
その後も散々食い下がられたが、リサは窓から見える太陽が少し傾いたように感じた。
これ以上時間を浪費する訳にはいかない。
そもそもリサとクレインの目的は村人の子供を助けることではない。
そして山賊や魔物を倒すことでも無ければ食料を村に届けることでも無い。
最終目的は防衛隊士の入隊試験に合格することであり、その他はその手段に過ぎないのである。
山賊から子供を救出する行為は確かに英雄的に見えるだろう、防衛隊士としては模範的行為と言っても良い。
しかし現状、不合格となる条件は何が判明している?
碌に情報を出さない憎たらしい試験官の説明から得られた不合格となる条件は二つ。
①”物資を届けられず”
②”明日の夜明けまでに出発地点に戻らないこと”
の2点である。
何を以て加点されるのかも不明である。よってこの2点だけは絶対に守らなければいけないものだ。前者は既に達成したものの後者は安全ルートを通りここまで来たリサ達にあまり余裕のあるものでは無い。
もし山賊との戦闘となり時間を浪費した結果、日没までに出発地点に戻れなくなる可能性は高い。ましてやリサかクレインのどちらかでも負傷すればその可能性は更に高まる。
今の状況を考えればあえてリスクを背負う必要はどこにも無い。
日が落ちてしまえば夜の森を移動するのはクレインの知識や経験を以てしても困難だろう。
命を捨てる覚悟で強行で移動するか、試験を諦め森の中のセーフポイントで明日の日の出を待つしか無くなる。
よってこの村人からの依頼は、子供の命という耳障りの良い餌でリサとクレインの命と時間を危険に晒すように誘導するトラップであると。リサとクレインはそう解釈せざるを得なかった。
村人を振り切り、急いで帰路に着くリサとクレインだが微妙に後味の悪いことは間違い無い。
その証拠に二人の口数は少ない。
「…勝手に話を進めてしまって悪かったな。」
「いや、あれで正しい。僕も同じ考えだったからね。リオはたまに突っ走るから心配しただけさ。」
クレインは寧ろ安堵したような表情を見せる一方、リサは少しムッとする。
「何より僕たちはこんな服を着ているけど防衛隊士じゃない。今は合格することだけ考えよう。それだけさ。」
リサはつまらなさそうに生返事するが、その足取りに軽さは無かった。
(…行方不明になった兄妹…ね…。)
リサの脳裏ぬ浮かぶのはあの日の光景。
焼ける屋敷に逃げる二人の子供、それを追う幾人もの追手たち。
リサは頭に浮かぶ雑念を払うべく金色の長い髪を左右に振ると、今リサがするべきこと、そして向かうべき森を見据えて歩き出した。
村から離れて行くリサとクレインの後ろ姿を遠く丘の上から見る人影があった。
「…行きましたか?」
「ええ何の問題もなく、奴らは只今森の中へ消えました。」
「宜しい、では万事滞りなく。」
そう話すのは先ほどリサ達の応対をしていた村の代表の男と子供の救出を依頼した男の二人であった。
しかしその様子は先ほどまでと何か異なる。二人の男からは見るからに精気が感じられず冷たい瞳でリサ達が消えた森の方角を見つめている。
村人たちはリサたち二人が完全に森の中に消えたことを確認すると機械のようにクルリと振り返りその場を後にした。
この二人の男が立っていた丘の上は村の入口からは死角となり、リサ達からは見えなかった位置である。
煙こそ立っていないが、この場所に立ち込めているのは焼けた異様な匂い。
そして残されているのは焼けた家々、血のついた壁、引っ搔いた様な跡、折れた剣、矢の跡、”何か”をまとめて焼いた様な痕跡だけであった。
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