第五話  レド、ダケルと散歩する。


受付では受験番号と名前を伝えるのみで、何も試験に関する情報を得ることは出来なかった。


リサとクレインが広場に到着するとすでに50人程度の受験者が集まっていた。


1次や2次試験の時とは違い、ここまで残っている受験生は実力者ばかりだろう。


ここまで試験を通過してきているリサとクレインだが、二人は他の参加者に身体的に劣る部分が多い。特別な能力を持ってはいるがそれは大きなハンデであることは間違いない。


これまでの試験で自分が試験官達にどれだけ評価されているのか、どれだけ得点を得ているのか分からない。4次試験でできる限り高得点を狙いたい所であった。


チーム編成についてだが、他の参加者たちも自分の弱点を埋めることが出来る相手とペアを組んでいるものは多い。


遠距離での戦闘魔法を得意とするものが自身を守る能力を持つものと。

そもそも戦闘能力を持たない研究者志望の受験生は戦闘特化の受験生と組んでいるパターンなどである。



そんな中リサの視界にこの試験会場でもっとも会いたくない人間が映る。


(…うわっ……あいつはっ……!)


リサは急いでその人物から目をそらす。


リサの見ていた受験生の人垣の中に一際目立つ一人の色白の青年がいた。

色白の青年はスラリとした長身に銀髪に黒のメッシュという集団の中でも目を引く容姿をしている。


目を引く理由はそれだけではなく、青年は何故か剣の上に立ち宙を浮いているのだ。


「あっ…リオ!あそこにレド君がいるよ!おーい、レドくーん!」


(呼ばなくていい!呼ばなくていいってば!!クレイン!)


レドと呼ばれた銀髪の青年はすらりとした長身の人間ヒューマンだ。


彼はレド・ランパルト。

レドは大きな剣の上に乗り両腕を組み、その鋭い眼光でこちらを見下ろしている。


彼が乗る大きな広幅の剣は僅かな風の流れをまとっており、風の魔法力が付与されているのが見て取れる。


剣はその一本だけでなく彼の背後に9本の剣が浮遊しており、それぞれが旋回している。


これは全て彼のもつ異能の力、【飛空神剣ヴァリアルソード】によるものであった。


各魔法剣は違う属性を宿しているようで外見からそれぞれが一流の業物であることを物語っている。剣自体が業物ということもあるが、その剣一本一本に異様なほど手入れが行き届いているように見える。


「クレインか…田舎者のホビットが、気安く名前を呼ぶな。」


「またまたぁ、初等部から一緒に勉強した仲じゃないか!ねぇリオ?」


嬉しそうに話すクレインだが、リサがレドと目を合わせる事はない。


「…俺は知らないぜ、クレイン。こんな刃物オタクの顔なんてな。」


「俺様も知らんな、このような見るからに脆弱極まりない男などな。」


「もー!二人は仲良しなんだから!」


三人は同じ地区の学校の初等部からの知り合いであった。

しかし三人で話す時はクレインが間に入らなければ会話を成り立たせることが難しく、リサとレド二人ではそもそも会話することは無いほど仲が悪かった。


レドはリサに対して異様なほど敵意を向けることが多く、リサもレドのことをやたら偉そうで、「刃物に対して異常な執着を持つ変態」という認識であり、正直好きになれない。


そもそもリサはレドに向けられている敵意が自分の兄、リオに向けられている様に感じられることもあり、より一層相手にしたくない人物の一人であった。


「どこの誰かは知らんが、そこの貴様、雑魚の分際で4次試験まで進んだことだけは評価してやろう。最もこの俺様がこの試験を首位で通過するだろうが貴様は精々、最下位で無様に生き残り、参加証でも貰ってかえるがいいわ。」


「見ず知らずのお前こそこんな所に居ていいのか?ご自慢の剣に埃がついて悲しいだろう?早く帰ってママのハンカチで拭いてやれよ。」


「…貴様ァ…我が9本の神剣を愚弄するとは万死に値する…良かろう、我が【飛空神剣ヴァリアルソード】を披露してやろう。さぁ、剣を抜け。」


リサとレドのいつもの罵りあいは続く。


一見一触即発の雰囲気を醸し出している様に見えるが、その仲裁をするべき立場にいるクレインはまるでじゃれあう子犬を眺めているような、そんな表情をしてこちらを見ている。


「まぁまぁ、二人とも挨拶はその辺にしておいてさ。」


「えっ!?今の挨拶だったんッスか!?」


その時、レドの後ろにいた獣人の青年が声を上げた。


金色のトゲトゲしい髪型をした獣人の男性はバツが悪そうに前に出た。

外見からして耳や爪、牙、尻尾から推察するに犬に近い獣人族に見える。


「そういえば気になってたんだよね!レド君のパートナーの人だよね?なんていうの?」


いつもは人を寄せ付けないレドだが、その後ろをついて来ていたこの一人の獣人の青年のことをリサも気になっていた。


「知らんな。」


「は?」

「…えっ!?」

「おいぃ!?」


レドが間髪入れずに答えるとクレインや獣人の青年が同時に声を上げる。


「さっき教えただろ、お前!そもそもお前からパートナーに誘って来たんだろぉが!」


「えっと、パートナーなん…だよね…?」


レドは青年の名前を覚えていないことなど気にする様子もない。

むしろ今彼の今興味があるのは彼の愛剣に乗った落ち葉をどう払うか、剣が汚れていないかだった。


「勘違いするな、そもそも貴様を誘った理由はあの会場で最も使い物にならなそうな男だとこの俺様が判断してやったからだ。」


「はぁ!?」


獣人の青年が間の抜けた返事をするがレドは無視して、続ける。


「貴様が最も役立たずで、脆弱で、矮小な存在だと俺様が判断したから選んだのだ。」


「この4次試験で俺様を最大限引き立たせ、俺様こそがもっとも優秀な存在だと試験官どもに認知させる。その引き立て役として貴様を選んでやったのだ。」


「まぁ、貴様は何も苦労せずしてこの試験トップの成績で合格することが出来るのだ、精々光栄に思うことだな!はーっはっはっは!」


(あぁ…やっぱり嫌いだわ…。この男。)


流石のクレインも苦笑いを隠せない。

等の獣人の青年は口は動いているが何も言葉を発せず、ただ動いているだけ。


「…まったく…。」


「おおっと、もう一人あの控え室に居たな!この獣人を上回る役立たずが、もっとも!その男を連れていては流石の俺様の力をもってしても不合格となってしまうからな!はぁーはっはっは!」


レドがリサを剣の上から見下しながら大きな声を出して笑っている。

相手をするのが面倒なのでリサは無視して獣人の青年を見る。


正直獣人の身体能力は侮れない。獣人の青年の体型を見るに”使えない”と表現するには無理があるだろう。


「ひ、ひどくないッスか!?」


彼のポテンシャルはさておき、いわゆる若者言葉、”小僧感”とでも言おうか。

彼より年下であろうリサから見ても”弱そう”という感覚は分からなくもない。


「じゃ、じゃあ改めて名前教えてよ?」


「は、はいッス!俺、ダケル・ザーシュって言うっス!」

 

「…駄犬…?あ、いやすまない、ダケルか。」


「フハハハ!駄犬!しかも雑種とはな!全く以て貴様にはお似合いだな!」


「駄犬でも雑種でもねぇ!俺はダケル・ザーシュだってんだろぉ!!」


「雑種とはなんだ!俺の一族はあの有名な…!おおっっと!こいつは秘密だったぜ…!あぶねー!お前ら今、俺をハメようとしやがったなコノヤロー!ゆるさねーぞ!」


あの馬鹿レドが弱い、というのは”頭”が、という意味なのかもね…。)


その時試験官の吹く笛の音が鳴り響いた。


その笛はこれまでの試験の区切りで使われていたもので、この音が鳴るということは4次試験の開始を意味する。


座って居たものは立ち上がり、戦士の目には闘士、魔術師の身体には魔力が漲る。

周囲の様子をもう少し確認しておきたかったリサだが、それももう難しい。


馬鹿レドの相手で時間を無駄にしたわね…!)


「よし…クレイン、いけるな?」

「当然。」


「来い、駄犬。散歩の時間だ。貴様を頂点に立たせてやろう。」

「だから俺はダケルだっていってんだろー!」


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