Day 3-3 外様と半端者

 俺が右往左往していると扉の向こうから声がかかった。

「……準備をするから少し待って」

「あ、はい」

 反射的に返事をすると、中からどたばたと音がする。彼女にも色々あるのだろうし、何をしているのかはあまり詮索しないようにしよう。

 少しだけ待っていると、「……いいよ」という小さな声がした。俺はごくりと生唾を飲み込みつつ木製のドアの取手に手を掛ける。

「失礼します……」

 そう言いながら取手を引いて中へ入る。そこには、昨日と同じようにフードにマスクという姿の彼女がいた。

「こちらにどうぞ」

 やはり昨日の丘での様子とは違い、かなり静かな雰囲気だ。彼女は玄関ドアのすぐ近くにあった扉を開けて中に入っていく。俺もその後についていくと、そこは巨大なワンルームだった。エルファの家とは違い、いくつかの部屋があるのではなく、キッチン、リビング、寝室全てが一つの部屋に収まっている。ドアから入ってすぐのところがリビング部分のようで、小さめのテーブルに急遽用意したのであろう簡易的な椅子と、ちゃんとした椅子がある。

 こちらに、と彼女はちゃんとしている椅子の方に座るように促すが、何となく抵抗があったので俺は簡易的な椅子の方に座った。もちろん座った途端に壊れるというようなことはなく、簡素ながらもがっしりした作りだ。

 その様子を見て、彼女はあまり気にした風もなく俺の正面の椅子に座る。机を挟んで俺たちは向かい合うが、何を話してよいか分からない。が、とりあえず口火を切る他にない。

「えっと……今日からよろしくお願いします」

 そう言いながら頭を下げるが、彼女からは何も返事がない。居心地が悪くなった俺はとりあえず頭を元に戻す。しばらくの沈黙の後、彼女は話を振ってきた。

「……エルファからはどこまで聞いたの?」

「えっと、村の名前がオーフォの村、森の民で長耳族、会合でここに住むことになった、俺が迷い人……くらい?」

 質問が漠としているので、とりあえず思い出した順番に聞いたことを話す。

「それだけ?」

「うん」

 再度の沈黙。彼女の表情は読むことができないが、どこかその沈黙は重いような気がした。

「……私のことは?」

 聞きたくないことを聞かないといけない、そんな絞り出すような声を聞いてしまうと俺としても慎重に答えざるを得ない。

「何か事情があるというだけ」

「……」

 仮面に阻まれて彼女の表情は見えない。しかし、怒っているであろうことは俺にでも分かった。

「……そう。じゃあ私から説明するから。聞いたらすぐにエルファのところに行くといいよ」

 どういうことだ、俺の頭をそんな疑問が占領しているところで、彼女は仮面を外す。そこから出てきたのは、やはり人間的に美しい顔。しかし、赤鉄の瞳はとても悲しそうに歪んでいて俺の方まで悲しくなってしまう。そして、彼女は昨日は外さなかったフードをゆっくりと――まるで強い抵抗があるかのように――脱ぐ。肩の辺りで切り揃えられた白銀の美しい髪が軽く揺れ、こんな状況であっても目を奪われてしまう。

 そんな中で、彼女とエルファ達との違いに気がついた。もちろん髪の色も瞳の色も全然違う。エルファも道中で遭遇した村民達も綺麗な金髪碧眼だった。

 しかし、それよりも目立つ特徴がある。それはだ。左の耳はエルファ達と同様に長く尖っている。他方、その右耳は――俺と同じような普通の耳だった。

「私の右耳、皆と違うでしょ」

「……違うね」

 そうとしか返せない。しかし、その違いが重大な意味を持っていることくらいは想像がついてしまう。

「私は森の加護を失った森の民。この右耳と髪の色はその烙印……森の生を司るエルファ達と違って、私は森の死を司る『森の死神』」

「しにがみ」

 人生で初めて言う単語かもしれない。

「……そういうわけだから、エルファの元に戻りなさい。あの子の家には客室があるでしょうからそこで住むのがいいんじゃないかしら?」

 彼女の顔は相変わらず悲しそうだ。そんな顔は見たくない――そんな思いもあって俺は疑問を口に出していた。

「なんで?」

「え?」

「ごめん、君の説明だと俺がここに住んじゃいけない理由がさっぱり分からなかった」

 彼女は眼を丸くする。

「え、話、聞いてた?」

 俺の言葉は予想外だったのか、その話し方に、言葉も分からず丘の上で話していたときの面影が覗いていた。

「ちゃんと聞いてた。森の死神だから云々」

「そう、し・に・が・み」

 言葉通じていないのか、という表情とともに、噛んで含めるように言う。もちろんそんなことはない。

「うん。それで?」

「それでって言われても……」

 彼女は俺がそんな返しをするとは思っていなかったようで、悲しい表情はどこへやらおろおろとし始める。しかし、言うべきことを俺は伝えなければならない。

「俺は君たちの文化とか考えとか良く分からない。死神だかなんだか分からないけれど、俺にとって君は命の恩人の女の子っていうだけ」

「……」

「全然、状況が良く分からないけれど……少なくとも俺は君のことを変だとも、おかしいとも思わない」

「……うん」

 彼女は小さく頷く。それを確認してから続ける。

「だから、君さえ良いのならこのままここに住まわせて欲しい。ちゃんと受けた恩は返す……そういうのは君たちの伝統の教えにはないのかな?」

 エルファが口にしていた言葉を思い出しつつ、ちょっとだけ冗談めかしてそういうと、彼女はうつむいてポツリと呟く。

「……そっか。あなたにとってはおかしくないんだね」

「ここに住んでもいいかな?」

 大事なことだからきちんと確認しておこう。

「……あなたが、私と一緒でイヤじゃないなら」

 まだ彼女はそんなことを言う。

「俺はむしろ君と一緒で嬉しい」

 心からの言葉だ。

「そ、そっか……じゃあ、いいよ」

 彼女は少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

「よし!じゃあよろしく!俺は素雪縁だ」

「エニシ? 私は……フィーネ。ただのフィーネ」

 俺は右手を前に出すと彼女は恥ずかしそうにしながらも、しっかりと握ってくれた。その照れながらはにかんでいる顔を、俺は一生忘れないだろう。


 

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