Day 3-2 外様と半端者

「それで、昨日の会合の件だけど、皆、賛成してくれたよ」

 エルファはパンをスープにひたしてから口に運ぶ。結構重要なことをあっさりと言っているが、彼女からすれば別に当たり前のことが当たり前に決まった、という程度のことなのかもしれない。

「そっか、安心したよ」

 俺も彼女の真似をして黒パンを食べる。見た目とは裏腹にかなり酸っぱいスープをしっかり吸って、パンも柔らかく食べられる。

 うん、酸辣湯みたいで美味しい。胃が荒れないかちょっとだけ心配だけど。

「ただ、少し問題がある」

 彼女は厳粛に告げ、それと共に空気が少し引き締まったような気がする。俺は持っていたパンを皿の上に戻して、背筋を伸ばし彼女に続きを促す。

「問題、とは?」

 俺は異分子なのだ。どのような艱難辛苦無理難題があっても何もおかしくはない。俺の人生いままで、胸を張って『生きてきた』と断言できるほどのもののわけもないけれど、それでもこの命を捨てるのは嫌だ。

「私の家には置いておくことはできないから、別の者と同居してもらうことになった」

 そんな俺の覚悟とは予想外の言葉が降ってくる。エルファの眉は綺麗にひそめられているものの……あまり問題というほどのことではないように思えた。

「私個人としてはこのままここに居てもらって問題ないのだが、こんな私とて未婚の女子だ。流石に一つ屋根の部屋というのは、という意見が結構あってな」

 俺個人の感覚からしても、何ともまともな意見だ。むしろエルファが不服そうなのが不思議である。

「まあ、そりゃあそうじゃないか」

「しかし、実は家に余裕がない。どこの家も満室なのだ」

「……野宿? せめてどこかの軒先だけでも貸してもらえると……」

 流石に今後しばらく野外生活ということだと結構心に来る。しかし、村に住まわせてもらうというだけでありがたいのだ。あのまま例の丘にいたら、そう遠くない内に野垂れ死んでいただろう。文句なんて言うはずもない。

「まさか! 流石に『迷い人』の君にそんなことをさせない。それこそ伝統に反する。というか、ちゃんと家はあるんだが……」

「何か問題でも?」

 そういう口ぶりだった。馬小屋とか? でもこの森の中の村に馬がいるとはあまり思えないし、それを家と評することもないだろう。

「いや、昨日の仮面の彼女の家さ」

 瞬間、俺の頭には昨日のシーンが思い出される。朝焼けに照らされた彼女の美しい笑顔。

 少しだけドキリと心臓が跳ねた。

「……何かあるのかな?」

 恐らく平静な声で聞けたと思う。エルファは話を続ける。

「いや、君には気にもならないことだろう。完全に我々の事情だ」

 我々の事情。

 そして彼女が仮面にフードと言う出で立ちの理由。昨日言っていた込み入った話。

 ここまで聞いて、これらには何か繋がりがあるという確信を持った。

「じゃあ気にしないよ」

「そして、まだ彼女に何も言っていない」

「……そっちの方がよっぽど問題じゃないかな」

 彼女が断る可能性が普通にあるのでは。というか彼女は昨日の会合には出ていなかったのだろうか。

「まあ、それは私がなんとかするよ。それにあの子の性格からして断るようなことはまずないよ」

 そう言ってからエルファは止めていた食事を再開する。俺もそれに合わせて取り分けられたサラダに手を伸ばす。

 大丈夫なのだろうか、そんな疑念を覚えながら見た目の割に淡白な味わいの野菜サラダを咀嚼した。


 食後、俺は荷物を持ってエルファに付いて外に出ていた。向かっている先は村の奥。朝早い時間ということもあり、村民達が何やら仕事の準備をしている。エルファと俺に気づくと彼らはにこやかに手を振ってくれた。どうやら穏やかな人達というのは本当のようで、俺もそれに合わせて手を振り返す。もちろんというべきか、皆、外に向かって長い耳を持っていた。思わず自分の耳を触ってしまったが、生憎、ただの丸耳である。

 エルファに先導されて到着したのは村の端も端。すぐ目の前には森が広がっている。他の家々からは相当離れており、エルファの家からは30分以上は歩いたと思う。その家は他のものと遜色が無いほど綺麗ではあるが、木の板ではなく、丸太をそのまま使ったログハウスのようになっている。

 明らかに他とは違う異質な気配。『排斥』。そんな言葉が脳裏をよぎるが、どうだろうか。

 エルファはどこか手慣れた様子で扉をそのままどんどんとノックする。彼女の家には呼び鈴のようなものはないようだ。

「……だれ?」

 間違いなく仮面の彼女の声。しかし、丘の上であったような溌剌とした雰囲気は無く、むしろ冷たいように思える。本当に昨日のあの子と同一人物なのだろうか。

「私だ。昨日の『迷い人』を連れてきた」

「……なんでこんなところに?」

「会合で、ここに住んでもらうことが決まった」

 先程までの冷たい声が一気に変わる。

「な、なんで! 彼にはもっとちゃんしたところを……!」

「お前の家だって十分綺麗だろう?」

「そうじゃなくて!」

「いいから、決まったことだ。異議があるなら改めて会合を開く。無論、お前にも参加してもらうことになるが」

「……分かった。異議はない。もちろん彼が良いと言っているならだけど」

「彼は問題ないと言っている」

 言っていないが、別に問題はないので特に口は挟まない。

「……そう。じゃあ、行って」

「ああ。たまには私の家にも顔を出せ」

 しかし、エルファのその言葉には返事がない。

「ふう……とりあえず許可が出たぞ」

 そういってエルファは少し疲れたようにしながら俺の方に顔を向ける。

「……え、大丈夫なの?」

「大丈夫だ」

 彼女は力強く頷くが、今のやり取りを聞いていると不安しかなかった。

「ま、後はよろしく。困ったことがあればすぐに家に来ていいからな」

 エルファはそう言って来た道を戻っていく。残された俺はどうしていいか分からず、ただ戸惑うばかりだった。


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