Day 3-1 外様と半端者
「そろそろ起きてくれないか、エニシ?」
そんな声が聞こえた気がして俺はゆっくり目を開ける。視界に入ってくるのは、過度に美しい少女――エルファだ。すぐ横の大きな窓から差し込む陽光に照らされ、神々しさすら感じるが……はっきり言って起きた瞬間の光景にしては心臓に悪い。
「っお、おはよう」
一瞬息を飲んでから、なんとかそう返す。エルファは俺が眠っているベッドに腰掛けて、顔を覗き込んでいるようだ。
「うん、おはよう」
彼女は笑いながら立ち上がる。少しだけ距離ができたことで、内心の動揺を落ち着けることができた。
「ん……あ、晩ごはんかな?」
ぐぐっと身体を伸ばしてから、のんきにそんなことを聞いてしまう。陽光が差し込んでいる状況からしてそんなことがあるわけないのだが、残念ながら寝起きの俺は、そこまで頭は回らない。
「ははは! もう朝ごはんだよっ」
実に楽しそうに彼女は大きく笑う。その光景を眺めながら、ぼんやりとする頭でその言葉の意味を考える。
「……もしかしてずっと眠っていた?」
ようやくそんな結論に至り、恐る恐る確認する。もし、本当にそうなら中々に失礼なことをしてしまっていることになるのだが……。
「ああ。会合から戻ってきたら眠っていて全然起きないんだから。晩ごはんは私一人で済ませちゃった」
くすくすと笑いながら彼女は手元に口をやる。本当にそれは絵になるが、そこまで美しさが際立つと現実味がない光景だった。
「そっか……ごめん、手間をかけさせて」
「いいさ。さあ、顔を洗っておいで。終わったらご飯にしよう。色々決まったから説明しながら、ね」
意味深な言葉だが、とにかく言う通りにしよう。
彼女に案内してもらった洗面所は、鏡の前に一つの木を滑らかに削った大きな深皿が置かれているというものだった。どうやらぶら下がっている紐を引くと深皿に水が貯まる仕組みのようだ。
ちょっと覚悟をして紐を引いたが、出てきた水は驚くほど清涼な見た目で、思わずじっと見てしまった。濁りなど一切なく、そのまま飲水にしても良さそうである。そういうわけでばしゃばしゃと顔を洗ったついでに、口に含んで軽くゆすぐ。やはり見た目どおり、ミネラルウォーターのような澄んだ味わいだった。というか湧き水か何かをそのまま使っているのかもしれない。
ここまでしてちょっと軽率だったと反省する。ここは日本じゃないんだ(加えて言えば地球ですらない)。いくら見た目がきれいだからって、煮沸もせずに口に入れるなんて、少し気が緩みすぎているな。
「おっ、そこに座ってくれ」
リビングに行くと、昨日と同じところに座るように促される。テーブルの上にはかなり豪華(と思われる)料理が並んでいる。赤いトマトのようなものが浮いたスープ、瑞々しい濃い緑色の野菜サラダ、蒸した鶏のような白っぽい肉。パンは恐らく水分を極力抜いた黒パンのようなものだろう、ぱっと見ただけでも尋常ではなく硬そうだ。
「さあ、召し上がれ」
「いただきます」
反射的にそう言って手を合わせてしまい、慌ててエルファの方を見る。宗教的なものとかは大丈夫だろうか?
しかし、彼女は気にした風もなく、小さな皿に載ったものをつまむ。そして、サラダの上にぱらぱらとその塩のようなものを掛けながら小さく呟く。
「森の恵みに感謝します……よし、食べようか」
それが彼女達の食前の挨拶なのだろう。郷に入っては郷に従えということで、明日からはそのようにしてみよう。しかし……家族がたくさんいると、あの塩らしきものをたくさん掛けることになるのだろうか。
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