Day 2-3 仮面の彼女と耳長の村

 欧米式なのか土間のようなところはなく、靴のまま部屋を進む。案内されたのはリビングのようで、4人用テーブルの前の椅子に案内された。とりあえず、リュックサックは床に置きつつ、そこに腰を落ち着ける。座ってみて初めて自分の脚の疲労に気が付き、そんなところから自分がどれほど動揺していたか把握した。

……情けない、と思わなくもない。

「✕✕✕」

 彼女は何かを言って、そのまま出ていってしまう。俺はその背中をぼんやりと眺めていると、あることに気づき飛び上がらんばかりに驚いた。幸いなことに、驚きのあまり声はでなかったようだ。

 彼女の腰辺りまで伸びた金髪は美しく、歩くのに従って行儀よく左右に揺れる。それだけで非常に目を奪われる光景ではあるが、問題はそこじゃない。つまり、何が言いたいのかというと――彼女の、耳が長い、のである。外側に向かってぴょこんと尖っており、白い肌に薄く透ける青い血管が作り物なんかではないことをまざまざと示している。先程は彼女の顔から目を逸らすのに必死で全然気が付かなかった。

 そのような人種を俺は現実で見たことあるはずもない。しかし、創作物の中でなら――人間離れした美しい容姿に長い耳。思い当たる答えはただ一つだけ。

 エルフだ。

 そんな、非現実的でどうかしているとしかいえない答えも、昨日からの自分の体験を踏まえてどこか腑に落ちるものがあった。


 呆然とした気持ちのまま、数十分は待っただろうか。重くのしかかり始めた疲労の余り、わずかにうとうとしているところに彼女は戻ってきた。手にはなにやら木製の箱を持っており、顔にわずかに汚れがついている。ちらりと耳を正面から確認しても、やはり長く尖っている。化粧をしているようでもないのに、明らかに肌と同じ色で、作り物ではないことを改めて確信した。

「✕✕✕」

 彼女は俺の正面に座り、持ってきた箱の蓋を開ける。彼女自身のことも気にはなるものの、こちらの箱も無視できない。

 箱の中には何やら複雑な文様が描かれた木製の……イヤリング? 一対のそれは耳たぶを挟んで付けられるような形になっているようだ。

「✕✕✕」

 彼女はその一つを手に持ち、自分の耳につけるような仕草をする。

 察するに、どうやらそれをつけろということらしい。

 訳が分からないまま、箱に残った一つを耳たぶに付ける。サイズとかは大丈夫なのかと思ったが、不思議と俺の耳にフィットし、軽く頭を振っても外れるような気配はない。彼女はそれを確認すると、もう一つを渡してきたのでそれも反対の耳たぶに付ける。

「よし。これで私の言葉は分かるかな?」

 彼女がそう言うので、俺は反射的に言葉を返す。

「ええ、分かりますけど……は?」

 ――言葉が分かる!?

「ど、どういうことですか?」

 驚愕のあまり立ち上がって彼女に大声で問いかけてしまう。

「落ち着いてくれ。とりあえず大丈夫そうだな。では、その箱の二段目のチョーカーも付けてくれ」

 慌てて箱の二段目を確認すると、そこにはイヤリングとはまた異なる模様が刻まれた木製のチョーカーがあったので、急いでそれを首に付ける。こちらも同じように不思議と俺の首に吸い付くようにフィットした。

「つ、付けました!」

 立ったまま、再度大きな声で彼女に話しかける。

「よし、こっちもいいな。これで君が何を言っているのかわかるぞ」

 彼女は一仕事終えたと言わんばかりに、腕を組んでうんうんと頷いている。そんな様子を見て、毒気が抜かれてしまった。

 俺は力なく椅子にへたり込む。もはや座っているというか、どうにか椅子に支えられているといった具合だが、とにかく彼女に話しかける。

「も、もう何がなんだかよく分からない……」

 心の底からの感想だ。彼女は苦笑いで返してくれる。

「そうだろうな。なにせ君は『迷い子』なのだろうから」

「迷い子ってなんですかー?」

 エルフらしき人々、急に言葉が通じるようになった謎、そしてここに来て新しいワード。もうどうにでもしてくれ、そういった思いがそのまま態度に出て、俺の言葉遣いは粗雑になる。

「ちゃんと説明するから安心してくれ。……だが、私も少し喉が乾いた。今から暖かい飲み物でも淹れてくるから少し待っていてくれないか?」

「はいー、だいじょうぶですー」

 疲労のあまりか、混乱のあまりか、若干頭痛もしてきた。雑に了承すると、彼女は再び立ち上がって、どこかに行ってしまった。


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