彼の正体

「答えたくないなら、答えなくていいけど。」

そう前置きをして、僕は彼の硝子玉の目をまっすぐに見る。

「大人としての義務を、僕には果たす責任があると思うんだ。だから、聞くよ。」

彼は頷きもせず、僕の目をじっと見ている。

「キミの名前は?」

彼が口にした名前は、僕と同じ名前だった。

まさかの、同姓同名?!

嘘をつかれているのかとも思ったが、僕だって彼に名前を告げてはいない。

僕がいない間に部屋中を漁っていれば、それはいくつかは僕の名前が書かれたものが出てくるかもしれないが、部屋を漁られたような形跡は、素人目には皆無だ。

それに、彼が僕に嘘をついて、何のメリットがある?

名前を言いたくなければ、黙っていればいい。

だって僕は最初に、言っているのだから。

答えたくなければ答えなくていいって。

「そう。じゃ、キミ、ご家族はいる?」

彼は黙ったまま、僕を見ていた。

硝子玉の目の中の『哀しみ』の色が、みるみるうちにまた濃さを増してくる。

しまった、この質問はNGだったか。

そう思った時。

彼が口を開いた。


「ボクを殺さなくていいの?」


ああ、どうして今まで気づかなかったのだろう。

この瞬間に、僕はやっと気づいたのだった。

彼の正体に。


椅子から立ち上がり、ダイニングテーブルの端を回って、座っている彼の隣に立つ。

優しく抱きしめた彼の体からは、初めて会ったあの日に感じた冷気は、もう感じられない。

ただ、人間特有の温もりも、まだ感じることができない。

彼は、僕だ。

あの日、母さんに止められて殺し損ねた、僕自身だ。


 『冗談だろ。気持ちわりぃな。』


そう、好きな人から言われて絶望的になった、僕自身だ。

だから、僕は殺そうとしたんだ、僕自身を。

同性しか愛せない、僕自身を。

そして、ノーマルを装って生きる事を決めたんだ。

でも、殺され損ねてしまった彼は、ずっと僕の中で生きていた。ひっそりと息を潜めて。

そして、僕が彼女と迎えた結末に耐え切れなくなって、姿を現したのだろう。

今度こそ、殺されるために。


「ほんとは、生きたいんだろう?」


彼を抱きしめながら、僕は言った。


「ずっと、生きたかったんだよな?傷ついてもいいから、正々堂々と生きて行きたかったんだよな?」


彼を抱きしめている僕の腕に、滴がポタリと落ちた。

何滴も、何滴も。

彼の硝子玉の目からは、次々と涙が零れ落ちていた。

その滴は、『哀しみ』の色をしていた。

きっと、滴が全て流れ出してしまえば、大丈夫だ。

何の根拠も無く、僕はそんなことを思った。

思いながら、彼が落ち着くまで、抱きしめ続けていた。

気のせいか、彼の体からは、少しずつ温もりが感じられるようになっていた。

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