安堵

「ただいま!」

応答は、無い。

靴を脱ぐのももどかしく、子供みたいに玄関先で脱ぎ散らかす。

とりあえず、彼の薄汚れた白いスニーカーはあったから、部屋の中にいることは間違い無いだろう。

そう思いながら、僕は急いでリビングへと向かった。

エアコンだけは、朝から付けっぱなしにしていたおかげで部屋の中は快適な温度に保たれていたものの、電気も点けず、薄暗い部屋の中、少年は朝と同じ場所に座っていた。

「良かった…」

自分でも驚くくらい、少年の無事な姿に安堵していた。

電気を点けると、少年は眩しそうに目を細めて、僕を見て、口を開きかけた。

きっとまた、あの言葉を言うつもりだ。

そう思った僕は、とっさに彼の頭を抱きしめた。

「良かった。キミが無事で。」

「…なんで?」

腕の中から少年が僕を見上げる。

相変わらず、冷え冷えとした、体。

表情の無い、顔。

その中で、硝子玉の目だけは、僅かに驚きで見開かれているように思えた。

だが僕はその事よりも、彼があの言葉以外の言葉を発した事の方に驚いていた。

出会って以来、あの言葉以外の言葉を彼が口にするのは、初めてだったから。

「なんでって…当たり前じゃないか、そんなこと。」

確かに。

何故か?と問われると、明確な回答は見つけられない。

だって彼は、未だ名前も知らない、会ったばかりの、言わば『赤の他人』なのだから。

それでも、たとえ『赤の他人』であろうとも、事切れているより無事でいることを願い、喜ぶのは、人の性のようなものではないだろうか。

「ボクを殺さないの?」

硝子玉の目が、真っ直ぐに僕を見つめる。

ボクは逆に、その目に問いかけてみた。

「キミはそんなに、殺されたいの?」

「わからない。」

まっすぐに僕を見つめていた目が、伏せられる。

けれど、その硝子玉の目の中に閉じ込められている『哀しみ』の色は、昨日より心なしか薄くなっているように、僕には感じられた。

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