心配
朝起きたら居なくなっていたりして。
それで代わりに、彼女がいたりして。
そんな淡い期待も空しく、起きてリビングに行くと、既に彼は起きていた。
「おはよう、早いな。」
「ボクを殺して」
どんなに物騒な言葉でも、こう何度も聞いていると、人間馴れてしまうものらしい。
「朝メシ作るけど、何がいい。僕はパン派なんだけど。」
何も言わず、彼は黙ったまま僕を見ている。
「じゃ、パンでいいな。」
久しぶりの、二人分の朝食作り。
彼女といる時、朝食作りは僕の担当だった。
食パン二枚をトースターに放り込んで、フライパンでベーコンを焼きつつ、卵を2つ、割り落とす。
朝食の定番、ベーコンエッグだ。
おっと、確かウインナーも残っていたはず。
あの年頃の少年ならば、食べ盛りだろうから、ベーコンエッグだけじゃ、物足りないかもしれない。
おかしなことに、ただ二人分の朝食を作る、それだけのことが、何故だか僕にはひどく懐かしく、楽しいことに感じていた。
「はい、どうぞ。」
少年は、硝子玉の目を、僕から目の前の朝食へと移す。
「卵焼きは一応、塩コショウしてあるけど、薄かったら…」
僕の言葉が終るのを待つことなく、少年は食パンの上にベーコンエッグを器用に乗せると、そのままかぶりついていた。
少年らしく、豪快に。
その姿に、僕は少しだけ安心した。
そして、思い出した。
僕も昔は、彼と同じ食べ方をしていた事を。
久しぶりに僕も、パンの上にベーコンエッグを乗せて、豪快にかぶりつく。
なんだかいつもの朝食よりも、数段美味しい気がした。
食べることは、生きることだ。
彼は本当に殺されることを望んでいるわけでは、ないのかもしれない。
「どこにも行くとこがないなら、ここにいてもいいけど。絶対、変な気は起こすなよ?とりあえず、僕が帰るまでは、変な気は起こすなよ?まぁ、帰りたくなったら帰るのは構わないけど。」
ダイニングテーブルの椅子に座ったまま、感情の無い硝子玉の目で僕を見る彼に、僕は何度も言い聞かせて、会社へと向かった。
彼のことは心配ではあったが、そう何日も休むわけにもいかない。
だがやはり、仕事中も彼の事がどうしても気がかりで、僕は定時になると早々に仕事を切り上げ、会社を出た。
「なんだ、今日は彼女とデートの約束でもあるのか?」
などという同僚の言葉には、曖昧に頷いておく。
婚約の話はしていなかったものの、彼女の話はたまにしていたから。
最寄り駅で電車を降りた僕の足は、自然と走り出していた。
湿気のまとわり付くような空気の中でのダッシュなんて、何年ぶりだろうか。
運動部でもなかった僕は、走ることだってそれほど好きではなかったが、それでも僕を走らせていたのは、あの少年の存在だった。
彼は、無事でいるだろうか。
変な気など、起こしていないだろうか。
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