ボクを殺して

ふと視線を感じて振り返ると、少年がじっと僕を見つめていた。

「なんだ、シャワー終わったなら声かけてくれれば…」

言いかけて彼の姿に気付き、僕は目を疑った。

彼は、今僕が洗濯しているはずの彼自身の服を着ていたのだ。

嘘だろ。

だってまだ、洗濯機は動いているのに。

いや、途中で止めて出したとしたって、まだ乾いているはずがない。

でも、僕の目の前にいる彼が身に付けていたのは、間違いなく、僕が洗濯機に放り込んだはずのもの。

薄汚れた白いシャツに白い半パン、薄汚れた白いソックスだった。

「…もしかして、着替え持ってたり、した?」

我ながら、バカなことを聞いているな、とは思った。

あり得ないのだ。

彼が何一つ持っていなかったことは、彼をここに連れてきた時に既に分かっている。

それでも聞かずにいられなかったのは、自分の目が信じられなかったから。

だが、そんな僕の動揺にも構うことなく、彼は硝子玉のような目で僕を見つめたまま、言った。


「ボクを殺して」


とっさに、まな板の上に出したままの包丁を体の影に隠す。

そのまま彼に近づき、キッチンから遠ざけるように誘導すべく軽く触れた彼の肩は、やはり服越しでもわかるほどに冷え冷えとしていた。

「ちゃんと温かいシャワー浴びたのか。全然温まってないじゃないか。風呂、沸かしてやれば良かったなぁ。腹減ってるだろ?ちょっと待ってろ。」

彼をダイニングテーブルの椅子に座らせ、急いでキッチンに戻って包丁をしまう。

ひと息ついたところで鍋に湯を沸かしながらスープを温め直し、素麺が茹であがったタイミングでスープを大きめのお椀に入れ、その中に素麺を入れて、リビングで大人しく座っていた彼の前に出した。

「とりあえず、食え。な?」

人間、腹が満たされれば、悩みの半分くらいは消えてなくなるものだ。

冷えた体が温まれば、更にまたその半分くらいは、消えてなくなるかもしれない。

彼が何故そんなにも殺されたがっているのか僕にはわからないが、とりあえず今は、少しでも元気になって欲しい。

少なくとも、この硝子玉の目に、『哀しみ』以外の感情が戻るくらいには。

この時僕は、会ったばかりの名前も知らない少年に対して、こんなことを思っていた。



彼はそれから黙々と僕の作った素麺入りスープを平らげた。

その間に僕は洗濯物を干したのだか、やはり彼の服も洗濯されていた。

されてはいたが。

驚くほどに、汚れは全く落ちていなかった。

一緒に洗濯した自分の服の汚れは落ちていたのだから、洗濯機の性能の問題でもないし、洗剤のせいでもないはずだ。

もしや、もともとこんな色なのか?

納得のいかないことばかりが増える中。

リビングに戻ると、腹が満たされて眠たくなったのか、彼はうつらうつらと、船をこいでいた。

疲れきっていたのかもしれない。

体も。心も。

「おいで。」

眠たそうな彼の手をひき、彼女が使っていたベッドに彼を寝かせた。

すぐに眠りに落ちた彼が、その日起きてくることはなかった。

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