も一回、死んでみますか?

 全員が言葉もなく青ざめたところで、メリアンが口を開いた。


「わたくしからもう一つ。ティアレアが魔法をぶちかます直前で、『あんたのせいでひどい目にあったじゃない!!』と言いました。おそらくですが、彼女にも過去の記憶があるんじゃないかと思いますの」

「そう言えば…、それもおかしな話だな」


 ジャックも同意する。あの時は泡を食って考えなかったが、確かにそうだ。記憶がなければあの言動はおかしい。


「ひどい目にあった、と言ったという事は、彼女にはわたくし達が死んだ後の記憶もあるのかも知れませんわね。全てが無になって一人取り残されたのか、あるいは、死に至ったのは一部の人間でその後、責任を問われたり重罪人として裁かれたりしたのかも知れませんわ」

「ふむ…。それは聞いてみたい気がするな」

「殿下。好奇心は猫をも殺すと言う言葉、覚えておいてくださいませ」


 目を輝かせたルイに、アデルが瞬時に釘を刺す。メリアンは尻に敷かれるルイを横目に苦笑しながらも、顔を上げた。


「わたくしも知りたいとは思いますが……それを知る前にまた死にそうなので、ひとまず横に置いておきましょう。ところで魔法陣なんですが、どなたか彼女が落ちてきた時の魔法陣を覚えていますか?」

「見る前に消えていたかな…」

「私もみたけれど、魔法陣にまで気が回らなかったわ」


 ジャックはどうかと思い首を回すが、ジャックも首を横に振った。


「俺も、細部までは覚えていない。人が落ちてきたのを見て焦っていたし、それ以上に、」


 そこまで言って、ジャックは言葉を詰まらせメリアンを見た。キョトンとしたメリアンをみてジャックはぼっと顔を赤らめた。『それ以上に、道の向こう側にいたメリアンに気を取られていた』などと言えるわけがない。


「い、いや!ええと、暴走した馬車に引かれそうになっているメリーをみたから、その、全部覚えるまでに至らなかった」

「ああ、そうでしたね、そういえば。でしたら、ジャック。何か携帯できる記憶装置とか録画装置みたいな魔道具はありますか?」

「記憶装置?」

「ええ。まずもう一度過去に戻ってみようと思いますの」

「……つまりもう一度死ぬってこと?」


 ジャックが眉を顰めてメリアンを見ると、メリアンは仕方ありませんでしょ?とばかりに肩をすくめる。


「どうせ死ぬなら私も一目見てみたいんだが?」

「時が戻ったら、それも覚えていないんですのよ、ルイ様?」


 ルイがまたしても首を突っ込んで来るが、アデルがキュッと腿をつねり、黙らせた。


「もし魔法陣からティアレアがいた元の地点が判明することができれば、リバースの魔法を使って押し返すことができるかもしれないからですわ」

「「「「えっ?」」」」


 メリアンがしれっとしてそういうと、皆が目を丸くした。


「リバースといっても時間を戻すわけじゃありません。郵便物でよく使うでしょう。届け先不明のお手紙が送り主に戻ってくる魔法。アレの応用ができるんじゃないかと思いまして」

「ああ、アレか…だがあれは送り主がリターンの魔力を支払わない事には、郵便物は亜空間で迷子になる…まあ、異生物廃棄処分としてなら、それでも俺は全然構わないが」


 ジャックの異生物廃棄処分発言に皆が「え、」という顔をするが、メリアンがほほほ、と笑う。


「最終的にはそれでもいいんですが、」

「「「ええ!?」」」


 いいのか!?と無言でそばにいた人間はメリアンの言動に目を見開く。


「だって、人類壊滅の危機と危険異生物の保護、どちらを優先するかと言われたら……ねえ?殿下?」


 とメリアンがにっこり笑うと、ルイは頬を引き攣らせて押し黙る。「アデルが二人いるような気がする」と呟いて、扇子で殴られていた。


「保護したところで、彼の方はジャック以上の魔力の持ち主でしょう?うまく飼い慣らせるかと言われたらどうでしょうか?そしてそのまま人類滅亡の危機に陥ったら?まあ、その時はまたループ地獄に逆戻りし、この会話を再度繰り返さなければならないわけなんですが、その前にわたくしの気が狂い二度と修復できなくなるかも知れませんわねぇ?」


 そう言われれば、ルイも口を閉じるしかない。


「何処のどなたがティアレアをここに召喚したのかわかりませんけれど、やはりここは、きっちりと責任はとってもらわなくては。魔法陣が現れたと言うことは、召喚の可能性が高いでしょう?それならば届け先不明として、ティアレアが現れた瞬間を狙って魔法陣を書き換えて押し戻してしまえば良いのです。まあ、あの魔法陣も大概なサイズのものでしたけど、それほど魔力はいらないはず」


 要は、召喚者に魔力の代償をさせる事で、無理なくティアレアは元いた世界に戻る事になる。もしこの世界の人間が召喚したのなら、――とても脅威な人物になるでしょうが――国際法で許可のない召喚をした事で、理由によっては処分を考えなければならないし、今後の対処も同時にできると言うことだ。


 その前に召喚した人物が魔力欠乏によってミイラ化してしまうかも知れないが、それはそれ。自業自得というものだ。


 メリアン的にはティアレアが元いた場所に戻れば問題はない。国家滅亡の危機は去り、メリアンのループ地獄も終わる。ジャックが致命的な犯罪に手を貸すこともない。


「わたくしもティアレアを異生物バケモノ扱いしてしまっていますけど、考えてもみたら彼女の方こそいい迷惑でしょう?本来いた場所で家族も恋人もいたかも知れませんし、幸せに暮らしていたところ、無理矢理引っ張り込まれたのかも知れません。わたくしの最初の記憶では、彼女がこちらに来た際なんの記憶も持っていなかったと聞いています。だからこそあの強欲成金エセ教皇が我先に乗りだし、彼女にティアレアという名を授けたのです。それにもしも召喚ではなく、なんらかの原因で異世界転移をしてしまったのであれば、空間に異常があるとみなされますから、国際問題として各国との話し合いも必要になりますでしょう?」

「強欲成金エセ教皇」

「ふむ」

「なるほど」

「全てあやつの責任にしても問題ないんじゃないか?」


 周りの大人が目を丸くした。


「ガーラント侯爵令嬢は16歳だったかな?」

「ええ。今現在はそうですわね。とは言え、事件当時は17歳でしたけど」

「政治学も学んでいたのか?」

「いえ…。残念ながら退屈な淑女科と宗教学科ですの。本当なら魔法学科に入りたかったし、剣術も学んでみたかったのですが。わたくし、今はこんな淑女然していますけれど、実はかなりおてんばでしたの。わたくし自身7歳までの記憶はありませんけど、どうもメイドや家令の話では家を抜け出して平民の子供達とよく遊びまわっていたそうです。12歳になるまで神殿に閉じ込められていましたが、家に戻ってからというもの、父が教養をつけさせるために父の経営する商会にも顔を出していましたし、学者や教師を我が家に招待して貴族の間では聞かないような話や諸外国の出来事も耳に挟んでいましたわ。商人達と討論ディベートも良くしましたの。その時に商売のなんたるかについて学んだり、駆け引きや領地経営のノウハウについても学びました。婿をとるとはいえ、わたくしは侯爵家の一人娘ですから、今後必要になりますし」


 過去を振り返り遠い目をしたメリアンを皆、唖然と見つめた。


 何処から突っ込むべきか。深窓の令嬢だの真珠姫だのと噂されている令嬢が実像は負けん気が強く、かなりの頭脳派でお転婆だったなど。しかも7歳までの記憶がないとか、どんな波瀾万丈な人生を送ってきたのだろうかとメリアンを知らなかった人々は首を傾げた。


「……ひょっとして、銀の風切鳥シルバーバードのメリーか?」

「あなた、今更気づいたの?」


 ライオットがあれっという顔で呟いたのに対し、ジャクリーンがニコニコ顔で頷く。


「シルバーバード?」


 ルイが首を傾げ、アデルが思い出したように手を打った。


「聞いたことがありますわ。銀の風切鳥シルバーバードのメリーは市民の救世主として神出鬼没の少女だという話。あれはメリアンのことでしたのね?」

「魔導士たちの中では銀の風切鳥シルバーバードのメリーは戦乙女と呼ばれています!ですがその時を最後に姿を消したとも」

「ああ、貧民街の爆破事件で人々を助けて歩いた小さな天使の話か!あの子供が教皇にケンカを売ったという話は聞いた事があるぞ」



 アデルと魔導士の言葉に記憶があったのか、ルイも気がついたようだ。だがメリアンは頭を左右に振った。


「そんなはずはありませんわ。あの事件は私が原因だと聞いております。覚えていないことなので何をしたかは不明ですが。そのため5年も神殿に監禁されて、魔力路に魔石を埋め込まれ、洗脳まがいのお説教を毎日聞かされたんですわ。おかげさまで無信教になりましたの」


 自虐気味にメリアンが鼻で笑うと、ルイがその顔から笑みを消した。


「なんだって?神殿に監禁?そんな話は聞いたこともないぞ。それにガーラント侯爵令嬢が原因ってどういうことだ」

「教皇曰く、わたくしに悪魔が憑き、貧民街を襲ったそうですわ。悪魔的な残虐さで貧民街を襲い瓦解させたと。それで、処刑されるところを教皇が陛下に延命を懇願し、救出したのだと」

「そんな話は聞いたことがないし、教皇が陛下に頭を下げた?はっ!!天地が逆さになってもそんなことは起きんな!」


 大人たちがガタガタと席を立った。怒りで魔力が漏れている。今度はメリアンが目を丸くした。


「ふざけた真似をしてくれるな、ブタが。その話、詳しく教えてくれるか、ガーラント侯爵令嬢。これは悪質な冤罪であり、嘘八百なでっち上げだ。これはあの豚を処分し神殿の力を削ぐ良い機会かもしれん」

「それに合わせて、ルイ殿下。ここにもう一つ。今朝方、メリーが妊婦を助け盗人を捕まえた時、同時に起きたことなのですが。この書類を見ていただきたい」


 ジャックが差し出した書類は、今朝捕まえた自爆未遂の男から取り押さえたものだった。そこには、人身売買の証拠となる名簿とそれの購入者、聖魔術の魔法陣などの販売書と領収書などだった。


「これは……アルフレッド・ジ・ハール・ミズレール14世?って、現教皇か!」


 それは、現教皇が人身売買に手を出し、なおかつ販売禁止の魔法陣を貴族や他国に個人的に売り付け金品を手に入れていた紛れもない証拠だったのだ。



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