無敵
「一番有り得るのは、俺が篭絡されてそいつに教えたということだろうな」
ジャックが頭を掻きむしりながらそう言った。聖魔法と違って神聖魔法など誰もが学ぶ魔法ではない。神殿ならば、知識として聖女たちが覚えるのかもしれないが、魔力量からして普通の人間に使えるものではないからだ。
皆が青い顔をして俯いた。誰もがそう考えたからだろう。そのつもりがなかったとしても国の崩壊に加担したとなれば、ジャックは反逆者になってしまう。
神殿との確執を考えると、ますます魔力は悪とみなされるだろうな、とメリアンも考えつく。「おお、神よ!」と嬉々として言う教皇が目に浮かぶようだ。まあ、その前にみんな死んでるかも知れないが。初回では神殿が力を無くし、教皇がその地位から退いたのは胸のすく思いではあったが、そこで勤める聖女や神官たちまで連座させるのは心苦しい。
自分が死んだ後どうなったのか見たわけではないが、あれだけ大きな魔法陣だったのだから、無事で済むわけはないだろうし、何より女神自身が『やり直せ』とメリアンを甦らせたのだ。
つまり、あの地点で少なくともこの国は終わったと言うことで。
でも待てよ、とメリアンは首を傾げる。
それほど教皇が神に近しい存在だったのなら、なぜ教皇を不死にして甦らせなかったのか。自称神の
だけど神様は、教皇に不死の命を与えなかった。ティアレアを聖女にした教皇に対して怒りを覚えているのか、それともやはり、色々黒い事をやらかしてる教皇は女神と全く繋がっていないのか。大いにありうる。どちらかといえば、悪魔と交信していると言った方が頷けるくらいだ。
やっぱり神殿は信用ならない。
一度目の生の時に神殿、特に教皇への信用は遥か地中に埋めたから、元々信頼も信用もしていないが、女神の存在はメリアンの中で疑う余地のないものになっていた。何度も死に戻りを繰り返しているのだから、何かしら人智を超えた存在に翻弄されているのだ。それが『神』であろうと『魔』であろうと。
「ねえ、つまり、ジャックは神聖魔法である
「ああ。魔法陣自体は知識としてある。使えるかどうかは別にしてな」
「へえ。すごいのね」
「……知ってるだけで使えないがな」
「あんな複雑な魔法陣を理解できるだけすごいと思うわ。わたくし自身、魔石に妨害されて使える魔力にムラがあったから、どこまで行けるのか試したりして魔力枯渇でよく倒れたりしていたの。だからちょっと大きな魔法陣は怖くて使えなかったし、基本を理解するだけでいっぱいいっぱいだったわ。ジャックの書いた論文や魔法哲学書、研究百科をこっそり読み漁ってね。自分の魔力さえ安定していれば試すのに、と何度羨んだかわからなかったわ。それでも到底あなたの領域には達せなかったみたい。悔しいわ」
普通の人間では魔力が圧倒的に足りないため、誰も使える者がいないというわけだ。たとえ魔族ですら
意外と脳筋タイプなんだなと王太子が呟くが、メリアンは気にしない。ジャックは視線を泳がせ、「ど、どうも」とボソボソと礼を言った。赤くなった顔が可愛いとメリアンは微笑ましく思って、にっこり微笑んだ。
すっかり二人の世界を作っているジャックとメリアンを、生温い目で皆が見守っているのを二人は気づいていない。
魔導士宮の中で、団長と副団長はジャックの両親であるものの、実質の長はジャックなのだそうだ。何せ国一番の魔力の持ち主で、魔道具の作成も魔法陣の製作や取り組みもジャックがやっているらしい。
ただ、ジャックはまだ(ぎりぎり)10代で魔法バカなせいで社交にも慣れていない。王宮魔導士団長ともなれば社交界にも顔を出さなければならず、他の魔導士や神殿から揚げ足を取られないよう、ジャックの両親が代理として携わっているのだそうだ。目下の目標は婚約者を立てる、ということなのだがジャックは興味がなくその話も暗礁に乗り上げている状態。最も神殿と相反する立場にあるということで、なかなか後ろ盾になるような人物(貴族)が見つからないということもあるのだが。
例の
それは、構築された魔法陣を魔力ごと飲み込んでしまう闇結界なのだが、そこに居合わせた人の魔力も全て吸引し飲み込んでしまう為、下手をすれば
魔力を全て抜き取られた後に残るのは、乾涸びたミイラだけ。しかしその体も飲み込まれてしまった場合、魂ごと暗黒の中で迷子になる。つまり魂は天界に戻れず、生まれ変わることもない。それこそ死ねない状態になり、魂だけが暗黒の中で彷徨うことになる。しかも使い手がその結界に呑まれたら、それこそ被害は魔素がある限りとどまる事なくただ拡大していくだけ。国どころか世界が消える。
「最も
「なるほど……」
そんな時に、聖魔法を使う少女が空から落ちてきたのだから、ジャックが興味を持つのもわからないでもない。そして、魔力量もジャックを上回るのだとすれば、あれこれ試してみたくもなるだろう。
そしていつの間にか魅了され、全てが狂っていったのか。
「となると、ジャックが彼女に近づくのも危険ですね」
「そういうことになるな。俺も常に状態異常無効化のアクセサリはつけているし、魔法耐性もそれなりにつけているつもりだったが、神聖魔法に抗う方法は無いのかも知れん」
「では、わたくしが参りましょうか?」
「アデル!?」
そこへ驚くべきことに、アデル公爵令嬢が名乗り出た。
「わたくしは魅了魔法を持っていますし、魅了される事はありませんわ。危険なのはもちろん承知ですけれど。ジャック、貴方の魔道具で魔法無効化の手枷などはありませんの?」
「それも考えた。だけどあの女、この尋問室の中から、メリアンの姿を見かけた途端、結界を破るほどの魔法をぶっ放しやがった。それで、俺たちは一度死んだんだ」
「壁ごと外に吹き飛ばされて、瓦礫と共に崩れ去りましたわ」
「……嘘でしょう?」
アデルが唖然とする。
「まあ、ジャックより魔力が多いとなれば当然と言えば、当然か」
「つまり枷はかけられない、ということ?」
「詰んだな」
「聖魔法は人々を癒す魔法だと教えられているし、防ぐ意味がなかったからな。アンデッドや魔獣ならまだしも……吸収できるような代物があれば、大丈夫なんじゃじゃないのか?」
「暗黒結界ですら不発だったってことは、それも難しいな。まさに神の御業というか……創世主の力に抗えるものがあるのか」
まるで羊の群れの中に舞い降りた狼のようなものである。いや、羊とドラゴンくらいの差があるかも知れない。
まるで対策案が出てこない状態にメリアン達は頭を抱えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます