17枚目 スマッシュヒットは不規則に
「…いや、違うか。んん…」
都会の喧騒から離れた、蛙声が大合唱で響く田舎の夜。
トモノリは待ちくたびれていた。
文豪は、己の脳内にある物語を砥礪しているのだろう。
軽く見積もっても2時間は、グゥッと眉間に皺を寄せ腕を組んだまま思案している様子を、机から見守っている。
檻の様な格子柄をこさえられているトモノリは、原稿用紙としての役目を、天命を果たそうとしている。しかし同紙並びに、彼も自身の力ではそれを
全うする事が出来ない。
大人間が利用しないと、何も始まらないし終わる事もない。
「ダメかな…違う違う…面白くない、かな…」
目の前に広がる、日本庭園に生えた松の木を眺めながら独り言を呟いている。
とは言っても夜中の真っ暗な庭である。
風情も機微も判別できない。
辺りには街灯やコンビニエンスストアは無く、夜空の星が肉眼で確認できる。
とても令和とは思えないほど、俗世間と隔離されている生活がなんとも文豪らしい。
こんな口吻じゃ、今日も筆は進まないかもな。
こう行き詰まると、しばらくこのままだ。
僕らは所詮紙だ。無機物じゃ到底考えつかない、とびっきりブッ飛んだ設定の
物語を構築しているに違いない。
「んー、寝ようかなー」
トモノリは大きく欠伸をかき、瞼を閉じる。
蝋燭の火と文豪の情熱は未だ煌煌と燃え、暗い畳部屋を照らす。
「…グォォッ…ンガッ!ん、エッグ、タルト…」
またそれから2時間経過しただろうか。
原稿用紙はいびきも寝言もヨダレも垂らし、ぐっすりと眠っている。
しかし、一向に文豪は休もうとしない。
時折、不必要に伸びた髪を掻き毟るが、座布団から尻は浮かさない。
連日連夜、机に向かい胡坐をかき脳内宇宙で、創作世界の登場人物らを動かすのだ。
「…これじゃいかんっっ!!!!!!!!!」
座りっぱなしで、ストレスが溜まっていたのか。
それとも満足のいく話が組み上がらなかったのか。
突然、トモノリの顔面を掴み、クシャクシャのグシャグシャに丸め固める。
「んがっ、ぎ…ぎゃぁあああっああっあぇあっうぅぁああっっ!!!!!!!」
睡眠中に身体中を痛めつけられ、感情の迷子になる原稿用紙。
「イタイタイッタイ!ちょっと!タイタイタイタイタイタイタェェ!!!!!」
鬱憤を晴らす様に、横長の紙一枚を握力の限り潰す。
トモノリの顔パーツや、身体の部位はほぼ1か所に集約された。
これ以上小さくならないと悟ると、無情にノールックで屑篭に投げ込まれる。
この距離から外さずに入れるとは、もしや文豪は野球かバスケットボール経験者なのやもしれん。
しかし原稿用紙にまでなったのに、天命を果たさず居眠りとは。
愚かな、初心を取り戻して、やり直しだね。
・罪状:怠惰
・死因:ショック死
・来世:トイレットペーパー
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